北極星(ポラリス)に手を伸ばす

猫丸

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第二章 バヤールの町

16.それぞれの後悔

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 罪が確定したというのに、部屋は変わらず豪華なままで、食事もちゃんとでてきた。一応警備のものは扉の前にいたが手錠は外された。

 部屋の扉がノックされ、顔を上げるとギーがひょっこり顔を出した。
 
「リュカ、お疲れさまー」

 人を気絶させて罪人にまでしたのに、全然悪びれる様子はない。

「ギー!? どういうこと!? これって……」

「あっはっは、ごめんごめん。 でも悪いようにはならなかっただろ? 説明はこちらの方からするよ」

 認識阻害魔法をかけて、ギーのあとから入ってきた人物。
相手の顔も何もわからないまでも、そんなことをしそうな人物の心当たりは一人しかいない。
 
「……チェイスさん? ですか?」

「おお、さすが優秀だな。 一発で見破るとは。 これじゃ認識阻害魔法も意味ないな」

 そう言って魔法を解除する。

「いえ、そんな見破ったわけではなくて……って、え!? 陛下!?」

 思わず頭を垂れて最敬礼をするリュカ。チェイスさんの正体は陛下、ということは今回の一件は陛下の策略だったのだろうか。

「君も座りなさい」

 フレデリック王が優雅に座ると、リュカにも椅子を勧めてきた。戸惑いながら着席すると、王はぽつりぽつりと話し始めた。

「きみを助けるのが遅くなって申し訳なかったね……」

 リュカは伏せていた顔を上げて王の顔を見る。ひげに覆われた顔の中に疲れの表情が見えた。
 フレデリック王は確か50代だったはずだが、不思議ともっと年老いて見えた。

「バージルから再三に渡り申し入れがあったのだが、あの2人の争いに口を挟む気力がなくてねぇ。 私の方も色々あって……いや、だからといって君を放置してしまったことが許されると思っていないんだが……私が腑抜けている間に気がついたら、君のことは手出しができない状態になってしまっていたんだよ」

 どこか遠くを見ながら、思い出すように話していた。

「陛下……」

「君も知っての通り、エティエンヌは魔術の名門だ。 あの屋敷には想像よりも多くの……それこそ王城よりももっと多くの魔法が施されていてね。 多分、エロアも全てはわかってないんじゃないかな。 君もあの建物内部にいたからなんとなくわかるだろうが、正直なところ、あの内部には立ち入りができないんだよ。 それを言い訳にずっと関わらずにきたけど…でもエロアが魔塔のトップになって、自らの過ちにやっと気づいたんだ。 それでも君をアイツから逃がすのに、ここまで時間がかかってしまって……いや、ちがうな。 君が自力で逃げ出してくれたから、やっと引き離すことができるんだ。 我々はそのお陰でやっとアイツと戦える。 本当に申し訳なかったね…」

 そう言って王は頭を下げた。

「いえ、陛下!! そんな……」

「今は罪人という不名誉な形でしか君を自由にしてあげられなくてすまない。 だが、北の地はここから急いでも半月以上は移動にかかる。 エロアも謹慎中は手出しができないだろう。 エロアの息のかかった者も、身動きが取りづらいはずだ。 それに行く時は魔物討伐の第2次隊と一緒だ。 このギーも、ヴェルマンドの跡取りも一緒だから、大丈夫だろう」

「えっ?」

 思わず視線をギーに向けると、ギーはにっこり笑ってウィンクをした。

「ギーは私の手のものだからね。 だが君たちが友人であることには変わりがないから、これからも変わらず付き合ってくれ。 あぁ、それから。 君は北に着く前に隊を離れなさい。 そこからは一人になるが、自由に好きなところへ行くといい。 さすがに、王都パライソへ戻るのはおすすめしないが、だがあの魔法陣でエロアの追跡からは逃れられるだろう?」

「それは…?」

「時期を見て、君の持っていたものはレプリカだったと公表するよ」

「陛下……」

「君くらいの能力があればどこでだって生きていかれるだろう。 はぁ……魔塔は惜しい人物を失うことになるが……それもまた私の怠慢のツケだな…これから私は頑張って戦うよ。 もし王宮が一掃されたら、またここへ戻ってきてくれるかい?」

「それは……」

「いや、返事は聞かないでおこう。 私の勝手な希望にすぎない。 どうも最近人との別れに感傷的になりすぎていかんな。 後がつかえているからこれで失礼するよ」

「あの、陛下!! ………助けてくださって、ありがとうございました!!」

 自らが動いたおかげで、皆が助けてくれた。そしてここから、エロアから逃がそうとしてくれている。
 立ち上がり扉へと向かうフレデリック王に深々とお辞儀をする。
 扉の前でふと立ち止まり、振り返って言った。

「………ケイスは……彼の最後はどんなだった?」

 何かをこらえているかのように絞り出されるか細い声。

「えっ?」

 一瞬誰のことかすぐにはわからなかった。ケイスはエロアの一番上の兄の名だった。リュカと同じように奴隷魔法を描かれ、枯れ木のようになくなっていった人物。

「ごめん、君もあそこでのことは思い出すのもつらいのに…………ケイスと私とバージルは仲のいい友達だったんだ。 小さい頃、よく王宮の中でかくれんぼをして遊んだんだよ。 皆、私を見つけられないのに彼だけはすぐに私を見つけてくれてねぇ……『ケイスじゃなくてチェイス(意:ハンター)だな』って笑ったもんだよ……」

 目が潤んでいるように見えた。
 
「……ケイスさんは……本当に身体がしんどいときも、最後まで笑顔を絶やさない…すばらしい…人でした……」

 次は自分の番だ、という恐怖であまり思い出さないようにしていた記憶を掘り起こされ、ぽろぽろと涙が溢れた。
 
「そうか……つらいことを思い出させてすまなかったね。 でも、ありがとう。 彼は本当にチェイス(意:すばらしい男という意味のスラング)だったんだね」

 去っていくフレデリック王の背中がかすかに震えているように見えた。




 続けて入ってきたのはバージルだった。少し目の縁が赤くなっていた。 
 
「すまないね。 色々君を傷つけてばかりで、本当に私は父親失格だな……」

「父親……」

「君に感謝を伝えなきゃいけない場面で、君をひどく傷つけてしまったこと。 どうか謝罪させて欲しい。 そして10年前、ヴァレルの命を助けてくれてありがとう。 あと、肩も治してくれて本当にありがとう」

 そう言って深々と頭を下げた。

「いえ、僕はなにも…できなくて…ヴァレルに怪我をさせてしまって…」

「あの時、廊下で僕の怒鳴り声を聞いていたのだと知ってね、本当に後悔したんだ。 リュカ、君がいなければ、みんな死んでたかもしれないのに、僕はなんてことを言ってしまったのだ、と。 思えばあの時から君は私に対してよそよそしくなった。 始めはヴァレルのケガを心配してのことだろうと気にもとめてなかったが…… エティエンヌへ行ったあと、しばらくして君が『ヴェルマンドへは帰らない』と言った時に、はじめて僕はそこまで君を傷つけたのだと自らの過ちを後悔して…… 決して君がどうなっても良いというつもりではなかった。 その……いいわけになるけど、あの時、家門内で色々揉めていてね。 ヴァレルには何としても騎士になれる可能性を残す必要があった。 ヴェルマンドの跡取りとして健在である必要があったんだ。 そして君の方は、あれだけの魔力を発現させたから間違いなく前途は明るいだろうと思った。 だからついあんな言葉を……いや、何をいっても取り返しがつかないことはわかっているが……本当に申し訳ないかった。」

「バージル様……」

 バージルは、奴隷魔法のことを知らないのだろう。エロアに言わされていた言葉も、リュカの言葉だと今でも信じているのだ。だから拒絶されて、近づけなくなった。
 今回、エロアの元を逃げたがっていると知って全貌がわからないまでも、それがリュカのためになるならば、と王に協力したのだろう。

「あと、私は魔術にはまったく疎くて、更に君を苦しませてしまった……私が君を預けたのは、ケイスだったんだよ」

「え……?」

「ケイスがエロアに任せたら大丈夫だというから、安心してたんだ。 エロアは年も離れていてケイスの弟という認識しかなかったけど、ケイスは信頼できる男だからね。 彼が言うなら大丈夫だろう、と。 エロアがあんな汚い男だとは思わなくて……しかもケイスが病気だったなんて全く知らなかった……」

 頭を抱えて後悔するバージル。
 
「いえ…ケイス様は病気では……いっ」

 背中が熱を持って痛んだ。これ以上真実を言うことはできないのだろう。顔を歪ませ背中に手を回すリュカにバージルは顔を上げて、慌てた。

「大丈夫か? アイツの言う通り、本当にどこか悪いなら、屋敷で治療するか? 陛下はエロアとひき離すと言って聞かなかったが……領地にいれば安心だろ? もし万が一エロアと鉢合わせてしまっても、私が守るから」

「だ、大丈夫です」

「医者を同行させるか?」

「いえ、本当に大丈夫ですので…すみません…」

 そんなことでは解決しないのだ。

「何か力になれることがあったら遠慮なく言ってくれ。 せめてもの償いをさせてもらえたらありがたいよ」

「ありがとう…ございます……」

「疲れてるのに申し訳なかったね」

「いえ……あの……一つ聞いてもいいですか?」

「なんだい?」

「なぜ、僕を引き取ってくださったんですか?」

「あぁ、それは……ごめん。 僕は理由はわからないんだ。 妻が、サラが君を引き取ったんだ。 当時僕は騎士として働いていてね。 僕が屋敷に戻ったら、既に君がいたんだ。 サラは君を『ルー』と呼んで幸せそうにあやしていたよ。 もともと彼女は身体が弱かったから、僕たちに子供ができるとは思っていなかった。 だから出生がわからなくても彼女が望むなら、と。 その後君に弟が必要だといい始めたのもサラだ。 もちろん僕は最初は止めたよ。 でも彼女は頑として譲らなかった。 「もし自分が死んだとしてもそれは運命だ」と言ってね。 もう今となってはわからないけど、彼女にはなにか見えてたんだろうか。 ひょっとすると、自分の死も見えていたのかも知れないな。 もっと色々聞いておけばよかったよ。 後悔しかないな…… もう血は薄れてしまったようだけど、彼女の先祖には予言者もいたらしいよ」

 小さい頃は大きくたくましい存在だったバージルが、小さくなった気がした。

「そうなんですか……」

「だから君もヴァレルもサラの忘れ形見だから、大切に思っていたつもりだったんだけど……いやもうやめよう。いっても仕方のないことだ…」 

「今、ヴァレルはどうしてるんですか?」

「あいつは謹慎中に登城したから、当然自宅謹慎が伸びて屋敷で大人しく…?…大人しくはしてないけど、とりあえず、屋敷に籠らせてるよ。 一緒に来るって言って聞かなかったんだが、今度謹慎を破ると第2次隊と、リュカと一緒に北へいけなくなるって脅してね。 向こうについたら君が自由になることは陛下から聞いたが……どこにいてもいいから、時々でもヴァレルと会ってくれると助かる。 あの子も君の言うことなら聞くと思うよ。 あと、あの子からこれを君に渡してくれ、と預かっているんだ。 直接渡したくてずっと持っていたみたいだけど、タイミングが合わなかったらしい。 北に行くのに使ってもらえると嬉しいと」

 差し出された包みを開けると、中には魔道具屋でみたマジックバッグが入っていた。それも一番大容量の。

「こんな高いもの……」
 
「私じゃなくて、ヴァレルからだよ。 さて、すぐ帰ると言いながらすっかり長居してすまなかったね。 疲れてるだろう。 ゆっくり休みなさい」

「バージル様……」

 名を呼ぶと、ぴくりと反応し、少しさみしそうな表情を浮かべた。

「不甲斐ない父親で申し訳なかったね。 陛下からは『地獄の中を生きてきたはずだ』としか教えてもらえなかったけど……君が話したくないことを聞き出すつもりもないけど……ただ、それでも……それでも、生きていてくれてありがとう。 ……長旅だ。 しっかり体調を整えなさい」

 部屋に一人残されて、リュカはみんなの告白を噛み締め、安堵の涙を流した。
 
 
 
 
 

 

 
 
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