北極星(ポラリス)に手を伸ばす

猫丸

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第一章 王都パライソにて

8.すれ違い

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 そんなヴァレルとのやりとりがあっても日々は変わらず過ぎていく。
 エロアが自分と結婚したがっているというのは初耳だった。次に囲い込まれる時は、エロアの一番上の兄のように自分も魔力を吸い取られるだけのただの養分になるのだろうか。早く解除する方法を見つけなくては。
 そして、ふと思う。この魔法が解除できたら、ヴァレルと共に歩む未来もあるのだろうか?ヴァレルは大切な存在だけれど、恋愛感情なのかはわからない。ずっとエロアから逃げたいと願うばかりで、誰かと共に歩く未来を想像したことがなかった。
 だが、気がつけば視線はヴァレルを探してしまうし、時々王宮の敷地内で会って視線が合うだけで、自然と笑顔になっている自分がいた。
 
「リュカ! 今日仕事何時まで? この後夜ごはん食べに行かない?」

 訓練場の横の小道を魔塔へと向かってギーと一緒に歩いていると、少し離れたところからヴァレルが声かかけてきた。

「あ、えっと今日は…」

 ちらりと手にもっている薬草の箱に目を落とすと、ギーがそれを取り上げていった。

「いいよ、リュカ。 僕が変わってあげるから、行ってきなよ。 君、昨日も遅くまで仕事してたし、薬屋に行きたいっていってただろ?」

「薬屋? リュカ、やっぱりどこか悪いの?」

 話しながらリュカのおでこに自らのおでこを当ててきた。とっさのことで避ける間もなかった。

「ちがっ!! ちょっ、ヴァレル!! 顔が近いっ!!」

 真っ赤になって抵抗した。そんなリュカを暖かく見守るギーだった。

 ◇


「で? なんでアルシェ隊長とギーさんがここにいるんですか? てか、ギーさん、リュカの仕事変わってくれたんじゃ?」

 ヴァレルと一緒に薬屋に寄り、先日来た街の食堂『ヤドリギ』に来ると、店内にヴァレルの上官で、第二騎士団第一部隊隊長アルシェとギーが先に来てすでにエールを飲んでいた。
 二人の姿じっとりと恨めしそう見て不快感をあらわにするヴァレル。

「あの後エロア師団長に会って聞いたら、あの仕事は急ぎじゃないんだってー。 楽しそうだから、俺たちも一緒に飲もうと思ってー♡ ね、リュカもいいだろ?」

 すでに出来上がっているのか、いつもより更に陽気なギー。アルシエ隊長とは顔を知っている程度で、仕事の用事以外で話したことはないが、ギーがいればなんとかなるだろう。それにヴァレルと二人よりも人数が多いほうが気が楽だ。ヴァレルは少し不満そうだったが、結局四人で飲むことになった。

 リュカとヴァレルの分のエールも頼んで雑談に花が咲く。とはいえもっぱらリュカは聞いているだけだったが。
 接点のなさそうなアルシェ隊長とギーの気易い会話に、ヴァレルも不思議に思ったのか質問をした。

「隊長とギーさんって元々知り合いだったんですか?」

「ん? あぁ、アルシェ兄貴と俺、同じルコス村出身なの。 あ、『兄貴』って言ってもホントの兄貴じゃないけどさ。 兄貴は村の英雄なんだよ。 兄貴が騎士団で活躍してくれたから、田舎の村出身の俺にも魔塔で働くチャンスが巡ってきたし、今回の魔獣の凶暴化の件も、兄貴が奏上してくれたおかげで討伐隊の派遣が早く決まったんだよね」

「ルコス村って、ルコルコの実が穫れる…北の国境近くの?」

 ヤドリギに来る前に聞いた村の名前。薬屋に寄ったものの、やはりルコルコの実は入荷していなかった。
 そんなに被害がすごいのだろうか?

「あぁ、そう、その村。 この間も議題に上がってたけどさ、魔獣が凶暴化してるらしくて。 先発隊が行って頑張ってくれてるから、今のところ被害は最小限で抑えられてるんだけどさ」
 
「原因もわからないし、そろそろ第二次隊が編成されるかもしれないから、まぁお前も準備しとけよ?」

 アルシェが、エールを飲みながら、ヴァレルに向かって顎でくいっと合図した。 

「え? ヴァレルも行く可能性があるの?」

 リュカの顔色が変わる。思わず詰め寄ると、ヴァレルの顔がほんのり赤くなった。
 
「そりゃ騎士団だし……」

「そんな、危ないところになんて!! ヴェルマンドの後継者なのに! バージル様はなんて!?」

 火熊に襲われたときの光景がよぎる。
 そもそも貴族の後継者は王宮警備や近衛がメインの仕事である第一騎士団に入ることが多いのに、なんでよりによって一番危険な第二騎士団に配属されたのか理解できない。
 
「はぁ!? てめぇ、騎士団の仕事舐めてんのか!? 危ないから行かないとか、んな通りが通るわけねぇだろ!? 助けを求めてるやつがいるんだぞ!?」
 
 リュカが思わず発した言葉にアルシェが即座に反応した。大きな声に思わず周囲の客も振り返ってアルシェを見た。ギーがアルシェをなだめたが、リュカはヴァレルを見たまま言い返す。
 
「でもヴァレルはまだ入ったばかりだ!」

 あの時のような思いは二度としたくない。ヴァレルにもしものことがあったら、自分は生きる希望すら失ってしまう。
 ヴァレルならわかってくれるだろうと見つめるが、ヴァレルも首を横に振った。
 
「リュカ? 家とか父上とか関係ない。 俺は騎士になると決めてこの仕事についたわけだし、第二騎士団に入ったのは俺の希望だ。 第二騎士団は、魔物討伐とか戦争に行くのが主な仕事だとはわかった上で入ってるんだ。 子供じゃないんだし、危ないとかそういうことで簡単に放り投げられることじゃないだろ? 俺は自分の発言に嘘はないよ。 騎士になったのも、この間リュカに言った言葉も、軽々しく言っているわけじゃない。 俺なりに覚悟があるから言ったんだ」

 頭ではわかってる。だが、感情が追いつかないのだ。リュカだって、魔法師としてポーション作りの傍ら、治癒魔法などでケガ人を治療してきたことがある。
 その中でも第二騎士団は魔獣を相手にすることが多いため被害がひどいのを見てきた。中には命を落とした者も。

 表情がこわばっているリュカを見て、ギーが空気を変えるように言った。

「とはいってもさ? 魔獣討伐も戦争も死のうと思って行くわけじゃないからさ? 五体満足で帰ってくるために訓練しているわけだし。 ね?」
 
「甘っちょろいこと言ってんじゃねぇよ。 自分だけ安全なところにいて、他人が危険なとこに行くのはかまわないとか、俺、そういう考え方、でーっきれぇ!!」

「兄貴、なにもそこまで言わなくても…」
 
「俺達はこの仕事に誇りを持ってやってんの!! 覚悟のないやつが騎士になんじゃねえって話だし、関係ないやつが横からちゃちゃいれんじゃねぇ、って話だよ!!」
 
 アルシェは、歯に衣着せぬ言葉でリュカに追い打ちをかけた。

「すみません…僕、帰ります…」

 自分の分を少し多めに払って席を立つ。
 
「リュカ!!…待って!!」

「来るなっ!!」

 ヴァレルが追ってきたが、それを拘束魔法を使って制す。まさかリュカがヴァレルに対して魔法を使うと思わなかったのだろう。こわばった表情のまま、ピタリとヴァレルの動きが止まった。リュカはそんなヴァレルに背を向けて一目散に駆け出した。
 
 アルシェが言っていることは正しい。だがヴァレルがケガをするということは、自分の人生も否定されている気分になるのだ。リュカを守るといいながら、なぜそれを理解してもらえないのか。勝手ないらだちが募る。

 そして、気づいた。
 10年間、どんな苦しいことも「ヴァレルのため」と自分に言い聞かせて耐えてきた。この奴隷魔法もすべて。
 たとえそれが本人の意志とは関係ない思い込みであったとしても、そう思わないと耐えられなかった。自分のためだったら生きていられなかった。

 だけどそれはヴァレルに勝手な理想を押し付けていただけなのかもしれない。

「はぁ……」

 息が少し切れて、立ち止まる。自分がずっとすがっていたのは偶像のヴァレル。そして、きっとヴァレルも幻想のリュカを思っているのだろう。
 
「くそっ……!!」
 
 どうにもならないとわかりつつ、背中に手を回し皮膚を掻きむしる。
 これさえなければこんな地獄から抜け出すことができるのに。
 自らの皮膚に爪を立て、血も涙も流したとて、やりきれない感情しか残らない。
 命を断つことでしか自分が自由になる術はないのだろうか。
 寮へと帰る道すがら、川がたくさんの水をたたえ、静かに流れていた。
 
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