北極星(ポラリス)に手を伸ばす

猫丸

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第一章 王都パライソにて

7.プロポーズ

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 街にある『ヤドリギ』という店に二人はいた。
 あまり外で食事をしないリュカが、唯一何度か来たことのある店。

 1階が食堂で、2階が冒険者や旅人が泊まれるような宿泊施設になっている。
 食堂の隅の席に座りながら、エールとこの店名物の金毛羊ゴールド・シープの腸詰めとロースト、緑猪グリーン・ボアのシチューを頼む。
 
「待たせてごめんね」
 
 先に届いた木製のジョッキを合わせて、ヴァレルが口火を切った。
 
「いや、仕事上がりで疲れているのに、僕の休みに合わせてもらってごめん……あの、これ入団祝いなんだけど……」

 ヴァレルに合わせて頼んだけど、お酒は久しぶりだ。一口飲むと、口の中に苦味が広がった。なんだか間が持たないような気がして、すぐに先程買った贈り物をヴァレルに渡す。

「俺に? 嬉しい! 開けてもいい?」

 一瞬驚いたようだが、破顔して笑うヴァレルに、リュカはうなずく。
 包みを開いて出てきたのは、ヴァレルの瞳の色と同じブルーの守護石の付いた革紐でできたブレスレット。

「その…怪我しないように、って思って…お守りなんだけど……ごめん。こんな安物……つけないかな……」

 リュカにとってみればそれなりにするものだったが、考えてみたら名門ヴェルマンド家の嫡男なのだ。魔道具やなどではなくて、宝石商から買うべきだったのかもしれない。ヴェルマンドの大きな屋敷を思い出して、少し恥ずかしくなった。
 
「ご、ごめん。 やっぱり別のもののほうがいいかな……」

 何も言わないヴァレルに困って思わずブレスレットを取り返そうとしてみれば、その手を握られた。
 
「違う。 嬉しくて……ありがとうリュカ。 一生大切にする」

「一生だなんて…」

「リュカが、つけてくれる?」

「ん…」
 
 ヴァレルが左腕とブレスレットを差し出してきた。ヴァレルの視線が熱っぽくて、緊張する。手元が震えてなかなか結ぶことが出来ないでいると、ヴァレルは空いている方の手でブレスレットの石に触れ、そして、結んでいるリュカの手を優しく撫でてきた。

「ヴァ、ヴァレル…縛れないよ…」

「いいよ、ゆっくりやって」

 手はリュカの手に触れているのに、じっとリュカを見つめているのがわかる。ますます緊張で手がしっとりとした。
 
「そうじゃなくて…」

 やっとの思いで付け終わるとちょうど、料理が運ばれてきた。

「ブルーは俺の瞳の色だね。 黒はいれてくれなかったの?」
  
 ブレスレットの付いた腕で嬉しそうに振って、でもちょっぴりすねたようにヴァレルが言った。
 黒はリュカの瞳と髪の色。自分の色の贈り物は恋人や好きな人にあげるものだ。そう簡単に渡せるものではない。
 
「こ、恋人に誤解されるとまずいだろ?」

「リュカ、恋人いるの? あ、もしかして…噂の?」

 急にヴァレルのまとう空気がひんやりしたものになった。今ヴァレルは『噂』と言った。想像以上に早くヴァレルの耳に入ったのだと、気分が沈んだ。軽蔑されてないだろうか。 
 
「ち、ちがくて! 僕じゃなくてヴァレルの話だよ! 師匠は、師弟関係なだけであって、その…なんでもないから…」

 思わず口をついて出てくる嘘。ヴァレルにそんな目で見られたくはなかった。
 実際には身体を繋げていても、それは恋人だとかそういった甘いものではない。生き伸びるための苦渋の選択だった。

「ほんとに? 信じていい? …ねぇ、リュカ? 俺、恋人なんていないよ。 昔から言っているだろ? リュカと結婚するって」

「はは…いつの話だよ、それ。 兄弟は結婚できないじゃないか」

 思わず視線をそらして、エールを口にする。昔の話だ。あの時と今とでは状況は異なるが、リュカができる返事はこれしかなかった。

「でも血の繋がりはないだろ? それに、リュカの籍が抜けたら兄弟じゃなくなるから、結婚できるだろ? 籍を抜くと同時に、婚姻届けを提出すればいい」

「ヴァレル? それって…」

 なにも言わないから知らないんだと思っていた。

「今日、リュカが父上のところに行ったことも、養子縁組解消届けを持っていったことも知ってる。 ずっと、エロア師団長からリュカの籍を抜くようにヴェルマンドに圧力がかかっていたことも。 エティエンヌがずっと、リュカと結婚したがっていたことも…」

「え? 結婚? 師匠が僕と?」

 寝耳に水だった。養子縁組ではないのか?

「知らなかった? エロア師団長はずっと、リュカと結婚したがっていたんだよ。 でも騎士家系のヴェルマンドと魔法師家系のエティエンヌがくっつくと、権力が偏りすぎるからって、陛下がずっと却下してたんだ。 でもエロアが師団長になってからますます権力が増していて…今回の件は、外堀埋められちゃったあとだったから、陛下としても、ヴェルマンドとしても拒否できなかったんだ」

「そう…なんだ…」

「ねぇ、リュカ? もっと俺を頼ってよ。 今度こそ俺が守るから、だからなにがあったのか教えて? 10年前、怪我の後、気がついたらリュカがいなくて、俺、気が狂いそうだった。 全然会いにも来てくれないし、父上に聞いても、『リュカはヴェルマンドに帰る気がないだけだ』としか言わないし。 どこにいるのかも全然分からなくて。 リュカが魔塔を出入りするようになってはじめて、エティエンヌにいることを知ったんだ」

「僕…は…」
 
 狭い檻の中で生かされていた自覚はあったが、エロアに聞かされていた話とは少し違うのかもしれない、と思った。リュカに諦めさせるためにエロアが作った作り話。
 だがそれを言おうとすると、この10年の話をしようとすると、呼吸が詰まったようになにも言葉が出てこない。普段は見えないはずの背中の魔法陣が熱くなるのを感じた。
 ヴェレルがリュカの言葉を待っている。

「リュカ、ずっと小さい頃から、俺はリュカと結婚するつもりで生きてきた。 それは会えなくても変わらなかった。 言いたくないなら、聞かない。 だけど、俺とのこと、真剣に考えて」

「僕、は……ぐぅっ……」

「え? リュカ? 大丈夫? 顔色が悪いよ?」

 呼吸がままならない事に気づいたのか、ヴァレルが慌て始めた。エロアの話をしようとすればするほど、心臓のあたりをぎゅっと掴まれるような痛みを感じた。
 違うことを考えなくては。

「だい…じょうぶ…、すぐ…収まるから…さわがないで…」

 呼吸を整え、マジックバッグの中から固形ポーションを取り出し、噛み砕く。口の中に広がる苦味はエールで流し込んだ。

「薬? リュカ、どこか悪いの? 医者、呼ぶ?」

「大丈夫…だから…お願い…」

 オロオロするヴァレルをなだめて、頭の中を空にし、呼吸に集中する。
 だんだん顔色が戻ってきたのを見て、ヴァレルも落ち着きを取り戻した。

「びっくりさせて、ごめん。 もう大丈夫だから、食べようか?」

 少し脂汗は出ていたが、ムリヤリ笑顔を作って、他愛もない話をしていく。エロアに関わる話を出させないように、会話には気をつけて。

 ヴァレルもなにかを察したのか、ムリには聞いてこず、自分の話をし始めた。
 怪我をした後、奇跡的に障害も残らず、騎士になれたこと。訓練も試験も大変だったことなどを笑いながら。

 そうはいっても、最年少で首席合格なのだ。大変だったこともあっただろう。一緒に住んでいれば、支えてあげることもできたのに、ヴァレルは一人で乗り越えたのだ。
 あんな小さかったヴァレルがこんな立派になって誇らしかった。このままずっとヴァレルには笑っていてもらいたい。

 そして、リュカは思った。リュカの戦いに、ヴァレルを巻き込んではいけない。
 王を動かすくらい、エロアの力は強大になっているのだ。

「ヴァレル、左手だして?」

 ブレスレットを結んだ左手首に触れながら、目をつむり、呪文を唱える。浮かび上がる魔法陣。すっと魔力がブレスレットに入ってくのがわかった。

「今、リュカの魔力入れてくれたの?」

「気休めかもしれないけど、守護の魔法入れておいたから。」

「リュカの魔力、キラキラ金色できれい。 ありがとう」

 見た目にはなんの変化もない。だがヴァレルには、そう見えるのだろうか?お世辞でも嬉しい。兄としてなにかしてあげられるのも今日で最後かもしれないも思うと、ヴァレルの笑顔をこの目に焼き付けておきたいと思った。
 
 時間はあっという間だった。
 そろそろ帰らなくては…とリュカが時間を気にし始めた頃、ヴァレルがいった。

「ねぇリュカ、さっきの冗談じゃないから。 小さい頃から俺は結婚相手はリュカって決めてるから、だから真剣に考えて? 」  

「えっと……」

「10年ぶりだし、急で戸惑うかもしれないけど、時間もないし、俺を信じて欲しい」

「ありがとう……でも……僕は……」
 
「………誰か好きな人がいるの?」

 ヴァレルの声が低くなって、空気がピリつく。
 
「違う!! そうじゃない!! そうじゃないけど……」 
 
「リュカ、あの書類が出されたら、ヴェルモンドは手出しができなくなるんだ。 悠長な事は言ってられないんだよ? ねぇ、俺はそんなに頼りない? お願いだから、もっと俺を頼って? 俺はリュカの為なら何だってするんだから」

「…ありがとう。 はぁ…ヴァレルは、すごく立派で素敵になったね……」

 弱々しく微笑むと、ヴァレルはこれ以上言ってもダメだと思ったのか、口をつぐんだ。
 そしてリュカは誰かに助けを求めることができないと知りつつも、そう言ってもらったその言葉だけで心が少し楽になった気がした。今すぐにでもすべてを吐き出して助けを求めたい気持ちを、魔法陣の熱を背中に感じて耐えながら。



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