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第一章 王都パライソにて
4.10年ぶりの再会
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封筒に入った書類を抱きしめ、寮へと向かう。
足元が揺れている気がするのはこの受け取った書類のせいか、魔力が消耗しているせいか。
自分の周りが再び闇に包まれて行き場がなくなっているような恐怖を感じた。
時折木によりかかり、持っていた固形ポーションの端切れを口に含み奥歯で噛み砕く。
(余計なことを考えるな。生きていればチャンスは巡ってくる。今はわずかでも魔力を戻さなくては)
その回復にはひたすら身体を休め、自らの中に残る魔力のかけらを大きく育てていくしかない。
自分に言い聞かせる。
その場にいれば、泣き崩れてしまいそうだった。まだ勝負は終わっていない。
気力を振り絞り、逃げるように部屋を後にしたため、軽く拭いただけだった後孔から再びとろっと液体が溢れ落ちた。だがもはやそれを浄化魔法できれいにする気力もない。頭を空にして、心を無にしてやりすごす。
「リュカっ!!」
もうすぐ寮にたどり着くという時。
リュカは自分を呼ぶ聞き慣れぬ声が聞こえた気がして、びくりと肩を震わせた。
辺りはすっかり真っ暗くなっていて、寮の玄関付近だけが明るい。
顔を上げてみると、魔術師寮の前から走り寄ってくる大きな身体。昼間走ってその姿を見に行った相手。
リュカの動きがとまった。疲れすぎていて幻まで見始めたのだ。膝から崩れ落ちそうになる身体を気力でなんとか踏みとどまらせる。
早く部屋で寝よう。魔力が戻ればこの幻影も消えるはず。
頭を振って、その幻のいる寮の入口の方へと歩いていく。みるみる近づく距離。
「リュカっ!! 会いたかったっ!!!!」
その相手にかつての面影を見つけた瞬間、リュカは大きな身体に抱きしめられた。持っていた書類がくしゃっとしわになったがそれを気にする余裕もない。
ぬちゃりと後孔が音立てた。リュカの頭の中はパニックだった。
「ヴァ…レル…?」
「うん!! 俺!! リュカ、俺、騎士団に入団したんだ! 魔力が少ないからリュカと一緒の魔術師団には入れなかったけど、でもこれからはリュカと同じ場所で働ける!!」
屈託のない笑顔をまっすぐに向けてくるヴァレル。金髪のキラキラした髪が外灯の光を反射し、闇の中で輝いている。
ヴァレルの体温は暖かかった。冷えたリュカの身体をすっぽり包みこんでいた。かつてと全然見た目は異なるのに、急速に過去の幸せな時代に戻った気がしてほっとした。久々に感じる人のぬくもり。
その安心感にリュカの身体の力が抜けていく。
「え!? ちょっ!! リュカ!?」
耳元で大声で呼ばれても、反応する気力もない。意識が闇に包まれていった。
◇
夢を見ていた。
リュカはヴェルマンド領の湖畔で8歳のヴァレルとともにピクニックをしていた。周りに乳母やメイドや騎士がいて、皆で和やかにおしゃべりをしていた。懐かしいあの光景。
ヴァレルが何かをいい、自分に抱きついてきた。その勢いにひっくり返りながら、皆で笑い合っている。
それに対してなにか返事をして、皆がにこにこ見守っている。
あぁ、あの時ヴァレルは確かこういったのだ。
「将来、リュカと結婚する。 お嫁さんになって」と。
そして乳母が答えた。
「本当に仲のよろしいことで。 でもリュカ様はヴァレル様のお兄様ですからね。 兄弟は結婚できないんですよ」と。
「いやだいやだ」と泣くヴァレルを抱きしめ、「きっと、ヴァレルにはもっと素敵な人が見つかるよ」と伝える。
「いやだ…リュカだけがいればいい…」べそをかきながら、抱きついてくるヴァレルを、リュカはギュッと抱きしめた。元孤児であるリュカ。母を失ったヴァレル。二人はなにをするにでもいつも一緒だった。
ヴァレルがどこまで本気でそんなことを言っていたのかはわからない。
二人は血の繋がりはないし、男同士でも結婚はできる。でも仲の良すぎる二人が、若気の至りで過ちを犯さないようにと、乳母が釘を差したのがリュカにはわかっていた。
本当に幸せな瞬間だった。恋愛感情はよく分からなかったが、リュカにとってヴァレルはかわいくて愛おしくて、すべてを投げ売ってでも大切にしたい存在だった。ヴァレルが「一生一緒にいて」というのなら、それもいいな、と思うくらいに思っていた。
だが、言った乳母の思いも理解していたから、あの時は曖昧に笑って誤魔化した。だがこんなになってしまうのなら、あの時、素直に自分の気持ちを言えばよかった。
苦い過去の記憶。だが、幸せな最後の記憶。
この後起こるのだ。最悪の事態が。
なぜあの時怯えて林から出てきたうさぎを見つけて、追いかけてしまったのか。きっとヴァレルのプロポーズに対する照れ隠しもあったのかもしれない。
声にならない声で必死に訴える。
「早くそこから逃げろ!」と。
だが、必死の訴えも虚しく、その時は訪れた。
湖畔の隣の林が揺れた。
うさぎを追っていた二人の足が止まった。
あたりに響き渡る獣の咆哮と、人々の叫び声。
平和な景色が一変する。
人はとっさの時にどれだけ動けるだろう?普段から備えていないものは、逃げることすらままならない。
突然林から現れた火熊に、護衛の騎士達は剣を抜いた。だが、いかんせんリュカたちのほうが獣の近くにいた。
火熊は、その目をギラつかせてリュカとヴァレルの元に突進してきた。
護衛の騎士たちも慌てて駆け寄るが野生の速さにはかなわない。
背後にいるヴァレルを確認しながらも動けないリュカ。
振り上げた手が振り下ろされる瞬間、リュカは両手を広げて背後の大切な弟をかばった……つもりだった。
だが、振り下ろされた手はリュカに当たることなく、手前に飛び込んできた物体に当たり軌道がそれた。
「ヴァレル!!」
リュカの後ろにいたはずのヴァレルが前に飛び出し、火熊の手に当たりふっ飛ばされた。
飛んだ先には幸いヴェルマンドの騎士達がいた。
火熊は、リュカを見た。興奮している。血走った真っ赤な瞳に、よだれをだらだら垂らしていて、呼吸荒い。
騎士たちがヴァレルの状態を確認しているのが視界の隅にが見えた。肩から血を流し、上半身が鮮血に染まっている。意識があるのかは分からない。
ぶちっ
頭の中でなにかが切れる音がした。なにかはわからないけれどもリュカには確かに聞こえた。
そして湧き上がる魔力。
それまでリュカは魔力があると言われたことはなかった。だが、確実にその瞬間、リュカの身体の中に魔力が湧き上がった。そして怒りまかせにした攻撃イメージが形となり、白い閃光となって目の前の火熊を吹き飛ばした。
リュカの魔力が目覚めた瞬間だった。
◆
そして景色が変わる。上半身を包帯ぐるぐる巻きでベッドに寝ているヴァレル。隣にはリュカがいた。
左肩が大きく傷ついていた。神経まで到達していて、障害が残るかも知れないと医者が言っていた。騎士になるのは無理だろう、と。
傷による発熱。おでこに置かれた布はすぐに熱くなる。試しに発現したばかりの魔力で治癒魔法ができないものかとイメージしてみるが、知識のないリュカには感覚が掴めない。少し手が熱を持ち、ピリピリした。その程度だった。
リュカは傷を避けてヴァレルの胸に軽く触れ祈った。
―――― どうか神様。ヴァレルの怪我を直してください。代わりに僕がその痛みを背負います。だからどうかヴァレルから剣を、未来を奪わないで。
時間を忘れるくらい必死に祈った。
気がつくと、ヴァレルの熱が下がっていた。少しメイドに任せて義父に報告に行く。
ノックをしようとした時、養父バージルの怒鳴り声が聞こえた。
「ヴァレルはヴェルマンドの次期当主だぞ? お前達は何を犠牲にしてでも、ヴァレルを守らなければならなかった」
怒りをたたえた養父の声が低くはっきりと聞こえた。
「も、申し訳ありませんでした。 まさかヴァレル様がリュカ様の前に飛び出すとは思わなくて…」
「言い訳をするな!! 実際に大ケガをしたのはヴァレルだ。 ヴァレルに障害が残ったらお前達はどう責任を取るつもりだ!? この騎士の家門で!!」
リュカの手が扉から離れた。
(そうだ…なぜ僕じゃなくてヴァレルが…)
自分にとって大切な存在が大怪我をしたというショックに、養父の発言が更に重くのしかかってきた。
実子であるヴァレルは家門にとっての宝だ。立派な騎士となってこの家門を導いていかなきゃいけない。なのにヴァレルに庇われ、更に大ケガをさせてしまった。
そっと扉を離れ、ヴァレルのもとへと戻る。申し訳なくて養父の顔は見れなかった。
「ヴァレル……僕が、一生守るから……兄として一生支えるから……だから早く目を覚まして……どうか早く元気になって……」
「リュカ……」
「ヴァレル!? 気がついたっ!?」
「違う……俺はリュカを兄だなんて思ってない……リュカは兄じゃない……」
呼びに行ったメイドとともにバージルが部屋へ飛び込んできて、リュカの場所は奪われた。
それからしばらくして、きちんとした会話もないまま、リュカはバタバタとエロアに引き取られていった。
はじめはただ魔力コントロールを教わるだけだと思っていた。ヴァレルを治す治癒魔法を知りたかった。早く魔法を覚えて、ヴェルモンドの、ヴァレルの役に立つ人間になりたかった。
だから必死にエロアの言うことを聞いて学んできた。だが身体に魔法陣を刻まれ、ヴェルマンドに戻らないよう命令された。
はじめて養父に「ヴェルモンドには帰りません」と言わされた時、ヴァレルが恋しくて気が狂いそうだった。寂しくて恋しがって泣くリュカに、追い打ちをかけるように、ヴェルマンドと縁が切られたことを告げられた。「もうお前の帰るところはなくなったのだ」と。
今となってはそれは嘘だったことがわかっているが、当時のリュカは絶望した。そんなリュカをエロアは厳しくしつけた。
誰も会いにも来てくれない。助けに来てくれない。
自分の世界がエロアだけになった時、リュカは泣くのをやめた。
ただひたすらヴァレルが元気でいること。そしていつか自由になれる日を夢見ることだけが生きる理由になった。
足元が揺れている気がするのはこの受け取った書類のせいか、魔力が消耗しているせいか。
自分の周りが再び闇に包まれて行き場がなくなっているような恐怖を感じた。
時折木によりかかり、持っていた固形ポーションの端切れを口に含み奥歯で噛み砕く。
(余計なことを考えるな。生きていればチャンスは巡ってくる。今はわずかでも魔力を戻さなくては)
その回復にはひたすら身体を休め、自らの中に残る魔力のかけらを大きく育てていくしかない。
自分に言い聞かせる。
その場にいれば、泣き崩れてしまいそうだった。まだ勝負は終わっていない。
気力を振り絞り、逃げるように部屋を後にしたため、軽く拭いただけだった後孔から再びとろっと液体が溢れ落ちた。だがもはやそれを浄化魔法できれいにする気力もない。頭を空にして、心を無にしてやりすごす。
「リュカっ!!」
もうすぐ寮にたどり着くという時。
リュカは自分を呼ぶ聞き慣れぬ声が聞こえた気がして、びくりと肩を震わせた。
辺りはすっかり真っ暗くなっていて、寮の玄関付近だけが明るい。
顔を上げてみると、魔術師寮の前から走り寄ってくる大きな身体。昼間走ってその姿を見に行った相手。
リュカの動きがとまった。疲れすぎていて幻まで見始めたのだ。膝から崩れ落ちそうになる身体を気力でなんとか踏みとどまらせる。
早く部屋で寝よう。魔力が戻ればこの幻影も消えるはず。
頭を振って、その幻のいる寮の入口の方へと歩いていく。みるみる近づく距離。
「リュカっ!! 会いたかったっ!!!!」
その相手にかつての面影を見つけた瞬間、リュカは大きな身体に抱きしめられた。持っていた書類がくしゃっとしわになったがそれを気にする余裕もない。
ぬちゃりと後孔が音立てた。リュカの頭の中はパニックだった。
「ヴァ…レル…?」
「うん!! 俺!! リュカ、俺、騎士団に入団したんだ! 魔力が少ないからリュカと一緒の魔術師団には入れなかったけど、でもこれからはリュカと同じ場所で働ける!!」
屈託のない笑顔をまっすぐに向けてくるヴァレル。金髪のキラキラした髪が外灯の光を反射し、闇の中で輝いている。
ヴァレルの体温は暖かかった。冷えたリュカの身体をすっぽり包みこんでいた。かつてと全然見た目は異なるのに、急速に過去の幸せな時代に戻った気がしてほっとした。久々に感じる人のぬくもり。
その安心感にリュカの身体の力が抜けていく。
「え!? ちょっ!! リュカ!?」
耳元で大声で呼ばれても、反応する気力もない。意識が闇に包まれていった。
◇
夢を見ていた。
リュカはヴェルマンド領の湖畔で8歳のヴァレルとともにピクニックをしていた。周りに乳母やメイドや騎士がいて、皆で和やかにおしゃべりをしていた。懐かしいあの光景。
ヴァレルが何かをいい、自分に抱きついてきた。その勢いにひっくり返りながら、皆で笑い合っている。
それに対してなにか返事をして、皆がにこにこ見守っている。
あぁ、あの時ヴァレルは確かこういったのだ。
「将来、リュカと結婚する。 お嫁さんになって」と。
そして乳母が答えた。
「本当に仲のよろしいことで。 でもリュカ様はヴァレル様のお兄様ですからね。 兄弟は結婚できないんですよ」と。
「いやだいやだ」と泣くヴァレルを抱きしめ、「きっと、ヴァレルにはもっと素敵な人が見つかるよ」と伝える。
「いやだ…リュカだけがいればいい…」べそをかきながら、抱きついてくるヴァレルを、リュカはギュッと抱きしめた。元孤児であるリュカ。母を失ったヴァレル。二人はなにをするにでもいつも一緒だった。
ヴァレルがどこまで本気でそんなことを言っていたのかはわからない。
二人は血の繋がりはないし、男同士でも結婚はできる。でも仲の良すぎる二人が、若気の至りで過ちを犯さないようにと、乳母が釘を差したのがリュカにはわかっていた。
本当に幸せな瞬間だった。恋愛感情はよく分からなかったが、リュカにとってヴァレルはかわいくて愛おしくて、すべてを投げ売ってでも大切にしたい存在だった。ヴァレルが「一生一緒にいて」というのなら、それもいいな、と思うくらいに思っていた。
だが、言った乳母の思いも理解していたから、あの時は曖昧に笑って誤魔化した。だがこんなになってしまうのなら、あの時、素直に自分の気持ちを言えばよかった。
苦い過去の記憶。だが、幸せな最後の記憶。
この後起こるのだ。最悪の事態が。
なぜあの時怯えて林から出てきたうさぎを見つけて、追いかけてしまったのか。きっとヴァレルのプロポーズに対する照れ隠しもあったのかもしれない。
声にならない声で必死に訴える。
「早くそこから逃げろ!」と。
だが、必死の訴えも虚しく、その時は訪れた。
湖畔の隣の林が揺れた。
うさぎを追っていた二人の足が止まった。
あたりに響き渡る獣の咆哮と、人々の叫び声。
平和な景色が一変する。
人はとっさの時にどれだけ動けるだろう?普段から備えていないものは、逃げることすらままならない。
突然林から現れた火熊に、護衛の騎士達は剣を抜いた。だが、いかんせんリュカたちのほうが獣の近くにいた。
火熊は、その目をギラつかせてリュカとヴァレルの元に突進してきた。
護衛の騎士たちも慌てて駆け寄るが野生の速さにはかなわない。
背後にいるヴァレルを確認しながらも動けないリュカ。
振り上げた手が振り下ろされる瞬間、リュカは両手を広げて背後の大切な弟をかばった……つもりだった。
だが、振り下ろされた手はリュカに当たることなく、手前に飛び込んできた物体に当たり軌道がそれた。
「ヴァレル!!」
リュカの後ろにいたはずのヴァレルが前に飛び出し、火熊の手に当たりふっ飛ばされた。
飛んだ先には幸いヴェルマンドの騎士達がいた。
火熊は、リュカを見た。興奮している。血走った真っ赤な瞳に、よだれをだらだら垂らしていて、呼吸荒い。
騎士たちがヴァレルの状態を確認しているのが視界の隅にが見えた。肩から血を流し、上半身が鮮血に染まっている。意識があるのかは分からない。
ぶちっ
頭の中でなにかが切れる音がした。なにかはわからないけれどもリュカには確かに聞こえた。
そして湧き上がる魔力。
それまでリュカは魔力があると言われたことはなかった。だが、確実にその瞬間、リュカの身体の中に魔力が湧き上がった。そして怒りまかせにした攻撃イメージが形となり、白い閃光となって目の前の火熊を吹き飛ばした。
リュカの魔力が目覚めた瞬間だった。
◆
そして景色が変わる。上半身を包帯ぐるぐる巻きでベッドに寝ているヴァレル。隣にはリュカがいた。
左肩が大きく傷ついていた。神経まで到達していて、障害が残るかも知れないと医者が言っていた。騎士になるのは無理だろう、と。
傷による発熱。おでこに置かれた布はすぐに熱くなる。試しに発現したばかりの魔力で治癒魔法ができないものかとイメージしてみるが、知識のないリュカには感覚が掴めない。少し手が熱を持ち、ピリピリした。その程度だった。
リュカは傷を避けてヴァレルの胸に軽く触れ祈った。
―――― どうか神様。ヴァレルの怪我を直してください。代わりに僕がその痛みを背負います。だからどうかヴァレルから剣を、未来を奪わないで。
時間を忘れるくらい必死に祈った。
気がつくと、ヴァレルの熱が下がっていた。少しメイドに任せて義父に報告に行く。
ノックをしようとした時、養父バージルの怒鳴り声が聞こえた。
「ヴァレルはヴェルマンドの次期当主だぞ? お前達は何を犠牲にしてでも、ヴァレルを守らなければならなかった」
怒りをたたえた養父の声が低くはっきりと聞こえた。
「も、申し訳ありませんでした。 まさかヴァレル様がリュカ様の前に飛び出すとは思わなくて…」
「言い訳をするな!! 実際に大ケガをしたのはヴァレルだ。 ヴァレルに障害が残ったらお前達はどう責任を取るつもりだ!? この騎士の家門で!!」
リュカの手が扉から離れた。
(そうだ…なぜ僕じゃなくてヴァレルが…)
自分にとって大切な存在が大怪我をしたというショックに、養父の発言が更に重くのしかかってきた。
実子であるヴァレルは家門にとっての宝だ。立派な騎士となってこの家門を導いていかなきゃいけない。なのにヴァレルに庇われ、更に大ケガをさせてしまった。
そっと扉を離れ、ヴァレルのもとへと戻る。申し訳なくて養父の顔は見れなかった。
「ヴァレル……僕が、一生守るから……兄として一生支えるから……だから早く目を覚まして……どうか早く元気になって……」
「リュカ……」
「ヴァレル!? 気がついたっ!?」
「違う……俺はリュカを兄だなんて思ってない……リュカは兄じゃない……」
呼びに行ったメイドとともにバージルが部屋へ飛び込んできて、リュカの場所は奪われた。
それからしばらくして、きちんとした会話もないまま、リュカはバタバタとエロアに引き取られていった。
はじめはただ魔力コントロールを教わるだけだと思っていた。ヴァレルを治す治癒魔法を知りたかった。早く魔法を覚えて、ヴェルモンドの、ヴァレルの役に立つ人間になりたかった。
だから必死にエロアの言うことを聞いて学んできた。だが身体に魔法陣を刻まれ、ヴェルマンドに戻らないよう命令された。
はじめて養父に「ヴェルモンドには帰りません」と言わされた時、ヴァレルが恋しくて気が狂いそうだった。寂しくて恋しがって泣くリュカに、追い打ちをかけるように、ヴェルマンドと縁が切られたことを告げられた。「もうお前の帰るところはなくなったのだ」と。
今となってはそれは嘘だったことがわかっているが、当時のリュカは絶望した。そんなリュカをエロアは厳しくしつけた。
誰も会いにも来てくれない。助けに来てくれない。
自分の世界がエロアだけになった時、リュカは泣くのをやめた。
ただひたすらヴァレルが元気でいること。そしていつか自由になれる日を夢見ることだけが生きる理由になった。
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