北極星(ポラリス)に手を伸ばす

猫丸

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第一章 王都パライソにて

3.エロアの命令

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 やっと解放された時、リュカは浄化魔法を使う気力もなくなっていた。後孔から白濁した液体を垂れ流し、ベッドに横たわる。
 魔力放出を伴うこの行為は、終わった後、頭に靄がかかったようにぼんやりしてしまう。
 
(これじゃ、愛人って言われても仕方ないよな…)

 ギーには『違う』と言ったが、実際やっていることは愛人と変わりない。リュカはため息をついた。
 
 エロアと身体をつなげるようになったのはここ数年のことだ。
 しつけという名目で痛めつけられていた身体が、別の意図をもって触れられるようになったのはいつからか。
 エロアの瞳の中に宿る情欲に気づいたのはいつからか。
 それらを交渉材料として、リュカは少しずつ自由を手に入れようとしていた。

 浅ましいことはわかっている。だが無理矢理奪い取られる魔力の他に、リュカの持っているものはこの身体しかなかった。そして、それすらも明け渡して、エロアに媚びへつらうには理由があった。

 10年前、リュカは12歳だった。
 魔獣に襲われた事件をきっかけにリュカは魔力に目覚めた。はじめはその魔力コントロールを学ぶという名目で、ヴェルモンド領の隣地を所有する魔術師の名門、エティエンヌ家の四男、エロアの元へと預けられたのだ。

 すぐにヴェルマンドへ帰ってこれると思っていた。初めのうちは。
 だが、何もわからないリュカの背中に、エロアは魔法陣を描いた。リュカが魔力を供給し、エロアが受給して自らの魔力を増やすというもの。そして主の命令には背けない。そんな魔術。

 それはかつて『奴隷契約』とも呼ばれた禁忌の魔法だった。禁忌となった時点でそれらの書物は処分され、歴史上の記録としてのみ知られる魔術。今の世において使用したことが発覚すれば死を伴う重罪だ。
 だがそうと分かっていても、魔力供給側は誰かに訴えることも出来ない。この魔法には主の秘密保持もついてくる、だから『奴隷契約』なのだ。
 
 エロアがどこでその魔法を知ったのかはわからない。
 だがエロアはその魔術を使い、エティエンヌの当主の座を得て、魔法師団団長まで上り詰めたことをリュカは知っていた。
 エロアには3人の兄がいた。ある者は病気で、ある者は事故で亡くなった。その亡くなった者の中には、リュカと同じように魔法陣が描かれた者がいた。エロアと仲の良かったはずの一番上の兄。兄弟の中でも魔力量も多く、人望もあり、将来は魔術師団の団長を期待されていた人物だった。
 媒体の血と、皮膚接触で移動する魔力。魔力を吸われすぎると死に至るのかもしれない。リュカはその兄が衰え死にゆく様を一部始終見ていた。自らの背にも同じ模様を背負いながら。



「お前、探しものは見つかったか?」

 いつまでも執務室ここにいるわけにいかない。のろのろとベッドから這い出てみれば、すでに着衣を整え終えたエロアが含みをもたせた笑みを浮かべて聞いてきた。リュカ嫌な予感がして声が震えた。

「…なん…の…ことですか?」

「ふふ、お前の探しものを私が気づいていないとでも思っていたのか?」

 リュカはずっとその奴隷契約を解除する方法を捜していた。
 膨大なエティエンヌ家の蔵書を片っ端から読み漁り、プライベート空間に入り込むために、エロアのペニスまで受け入れて、隅々まで捜してみたが見つからない。
 これだけ探してないのだから、魔塔であれば、王城であれば見つかるかも、と思ったのだ。だからエロアを説得して、寮へ入らせてもらった。それだって楽な説得ではなかった。

 エロアにとっては大切な魔力の供給源であるリュカだったが、決して大切にされていたわけではなかった。幼いリュカに苛立ち、魔法がかかった鞭で叩かれることも日常茶飯事だった。背中の消えぬ傷跡はその時のものだった。

「なんの…ことだか…」
 
 平静を装うが、声がかすかに震えていた。
 
「お前の探しものは見つからない。 そろそろ、諦めて屋敷へ戻ってはどうだ? そうすればわざわざ呼び出して、こんなところでしなくても良くなるし、もっと大切に扱ってやることだってできる」

 視線を合わせず、着衣を整えるリュカを見ながらエロアは言った。リュカは少し首を振って拒否を伝えた。一つに束ね直した黒い髪が揺れた。
 エロアに逆らうのは怖い。命令だったら逆らうことは出来ないが、あくまでこれは提案だった。こうやってエロアはリュカを精神的に追い詰めて楽しんでいるのだ。
 
「いいえ…特別扱いされるような身分ではありませんので…」

 そう答えると、エロアは予想していたのか大声で笑った。
 
「ははは!! そうだな、今まではな!! これを見ろ!!」

 封筒を渡され、中の書類を見ると一枚の紙が出てきた。

?」
 
 書類の一番下には、この国の王のサインと玉璽まで押されている。
 その玉璽の意味を理解し、血の気が引く。リュカの表情を見てエロアは満足気に頷いた。

「はは、残念ながらリュカ、時間切れのようだな。 ヴェルマンド家から私のもとに来てもう10年だ。 お前があちらにいた時間より長い。 それに騎士の家門のヴェルマンドより、魔術に造詣の深いエティエンヌの家門の方が、お前にとって有益であると陛下も認めてくれた。 なかなかヴェルマンドがうんと言わなかったが、さすがに今日の王命は断れなかった。 バージルの悔しそうな顔は見ものだったぞ? それが提出されれば私の家門に入る準備はできている。 エティエンヌの者が自らの屋敷から通うのが特別扱いだというやつがどこにいる? 」

『ただの一魔法師であるリュカが特別扱いされると、周囲からの不満が出る』そう屋敷を出る時に伝えた言葉が、ブーメランとなって返ってきた。
 そもそも、リュカが魔法師団の入団試験を受けられた理由も、エロアの助手として機密情報に触れる一般人リュカに魔法師達から不満の声が上がったのがきっかけだった。
 リュカもそれを口実にエロアを説得し、やっと今の状態まで至ったのだ。まだ解除する方法が見つかっていないのに、再び囲い込まれるわけにはいかない。

「いえ、私は師匠の家門に入りたいのではなくて…」
 
「リュカ、この玉璽の意味はさっき私が言ったな? お前が必死なのがかわいらしくて提案に乗ってやったふりをしていたが、お前のその探しものは絶対に見つからない。 私がしびれを切らす前に戻ってこい」

 有無を言わせぬ力強い声。リュカには無言で拒否の意志を伝える以外の選択肢はなかった。
  
「……」

「ヴェルマンドも王命には逆らえない。 だが、悪あがきでお前に持ってこさせるように言ってきたから、その程度は受け入れてやろう。 最後の挨拶でもしてくるといい」

 心のなかに広がる苦いもの。眉を寄せ、整った顔を歪ませてうつむく。
 ずっとエロアの手のひらで踊らされていただけなのか。
 そんなリュカを見て、エロアは高笑いをして去っていった。

 部屋には立ちすくむリュカ一人が残された。
 
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