上 下
27 / 30

28.再び

しおりを挟む
 仕事だった父親も帰ってきて、なぜか皆で一緒にご飯も食べ、結局新太は聖人の実家に泊まっていくことになった。
 家族の、いや、主に母と姉夫婦の人懐っこさと好奇心を聖人はちょっと恨んだ。

 聖人だけが居心地が悪い時間が過ぎていく。
 新太は、聖人の家で採れた米や野菜を感動しながら食べていた。
 ずっと聖人の顔色を伺って必死な姿しか見ていなかったが、意外と社交的で営業向きかもな、なんてそんな新太の姿を見ながらぼんやり思った。



「聖人さん、すみません。よくわかんない間にお世話になっちゃって」

「いや、こっちこそごめん。質問攻めになっちゃって…結局来栖くんの話も聞けなかったしね…」

 姉家族が帰り、就寝の早い両親が寝室に行くと、広い家はしんと静まり返った。虫の声だけが外から聞こえてくる。
 先に風呂に入り布団の上に座っている新太の、その隣に敷かれた布団に潜り込むと、声を掛けて電気を消す。
 新太の隣に寝ると、色々思い出して股間が熱くなるのがわかった。暗くてよかった、と聖人はほっとした。
 
「そんな…俺は、聖人さんといられる時間が長くなって嬉しいです。それに、家族といる聖人さんもすごく新鮮だったし。心許してるとはあんなふうに笑うんだって見れて嬉しかったです」

「はぁ…うちは父さん以外はよくしゃべるからね。うるさかっただろ?…今日は運転で疲れてるだろうし、話は明日にして寝ようか。畳の上だから、明日、身体痛くなるかもしれないけどな」
 
 余計なことを考えまいと目を瞑ると、ごそごそ動く気配がした。

「聖人さん…抱きしめてもいいですか?」

「はっ?なに言って?」

 布団の中に入ってきて、聖人を抱きしめる新太。抱きしめられたら勃っているのがわかってしまう。

「何もしないから…」

「何もしないって……やめ…新太…」

 新太も勃っていた。

「ごめんなさい。でも何もしないから、このまま、お願い…」

「……」

 承諾も拒絶もせず、固まりながら黙って仰向けに寝ているのを、承諾と取ったのだろう。体勢を整え、ぎゅっと聖人を抱きしめた。

「聖人さんが元気そうで良かった…あと、無意識だと思うけど、聖人さんが何度も『新太』って呼んでくれたのも嬉しかった…」

 はぁ、こんなこと言われたら、せっかく蓋をして抑え込んだ恋心が再び燃え上がってくるじゃないか。
 もう二度とあんな思いはしたくないのに。

 *

 結局、新太の話は、体調が戻ったら復職して欲しいということだった。居場所は用意しておくから、と。
 あと、チームのみんな、小林、原も寂しがっていて、聖人を連れ戻すことに賛成してくれているとのこと。

 あとは何となく観光をして、聖人の母から白菜や大根を持たされ、「また来ます」と去っていった。
 そして翌週、また現れた。そしてその翌週も。毎週毎週末やってきた。

「……いや、またなんでいるの?」

 畑から帰って、最近出したばかりのこたつで甥っ子の宿題を見ている新太。

「聖人さんが戻るって言ってくれないから、言うまで毎週来ますよ?」

 新太は、まるで柊木家の一員のように馴染んでいった。


 だが、その翌週は日本列島全体が急に冷え、この冬初めての大雪が降った。
 休日だったため比較的混乱は少なかったものの、各地で高速道路が封鎖され、電車も止まり、公共交通機関も麻痺した。
 それでも来ようとした新太を聖人は止めた。

 庭の木々に降り積もる雪を見ながら、聖人は気づいた。
 あの日からもうすぐ一年が経つのだと。
 激動の一年で、遠い過去のように感じるが、サンタの姿で振られて、新太と関係を持ってからまだ一年なのだ。

 聖人の部屋の布団から窓の外を眺めているとスマホがなった。

「寝てました?」
「いや、雪を見てた」
「今週は行けなくてすみません」
「いや、別に待ってないし」
「…そう…ですよね…」
 新太は、少し息を呑んで寂しそうに言った。

「…ごめん、嘘。毎週末いる新太がいないと寂しいよ?」
「聖人さん……」

 その後は、明日の朝は雪かきで叩き起こされるだろうな、とか、都内は明日の朝は電車が止まるかも、とかそんな話をしていた。
 電話を切る直前、新太は意を決したように言った。

「聖人さん…クリスマス一緒に過ごしてくれませんか?」

「……あぁ、いいよ。新太の家、行ってもいい?」

 聖人も誘おうと思っていたから、すぐに返事をした。

「はい…」


 ◆


 久しぶりに新太の家に行く。
 クリスマスは新太と過ごす事を伝えたら家族は喜んでくれた。はっきりと言ったことはないが、家族は察してくれているのだろう。
 聖人の地元で人気の肉屋のローストチキンを持たせてくれた。大根まで持たされそうになって、流石にそれは重いから断った。


 最寄り駅に近づく度、懐かしい気持ちがこみ上げてきた。
 新太の家に行く前に寄りたいところがある。
 改札をでて、新太の住むマンションを通り過ぎ、あのコンビニへと向かう。1年前と変わらない店がそこにあった。違うのは新太が、働いていないことだけ。

 カフェオレを買い、イートインスペースへ向かう。
 夕方の時間帯だからか、近く高校の女子高生達が肉まんを食べながらおしゃべりしていた。彼氏がいないことを嘆きながら、友達の恋愛話で楽しそうに笑っている。

 イートインスペースからは、かつて彼女と住んでいたマンションが正面に見える。
 色々振り回されたこともあったけど、あの時からずっと変わらず新太は、聖人に愛を伝えてくれていた。
 今度は聖人から伝えよう。
 決意して立ち上がると、コンビニへ駆け込んできた男の姿が。

「聖人さん!!……いた…よかった!!」

 ひと目もはばからず、聖人に駆け寄り抱きしめる。
 後ろから女子高達の黄色い悲鳴が聞こえた。

「あ、新太…?」

「俺、待ちきれなくて、ベランダから外見てたら、聖人さんの姿が…でも通り過ぎちゃって…怖くなって慌てて追っかけてきて…」

「あぁ、ごめん。新太に会う前にちょっとここに寄りたくて」

「ちょうど一年前ですね」

「うん…あの時はありがとう。色々あって意地を張ってたけど、でもあの時からずっと…新太のことが好きだよ。僕ともう一度やり直してくれる?」

「聖人さん……!!!!」

 一年前とは逆に今度は新太が泣いていた。
 さっきまでおしゃべりに花を咲かせていた女子高生達が固唾をのんで見守っている。

「あんなひどいことして…あんなに振り回して…もう…もう一生許してくれないと思ってました…それでも、そばにいられればいいと思って…えぐっ…えぐっ…今度こそ大事にします…。愛してます。ずっとずっと一緒にいてください……」

 大泣きの新太の背中を抱きしめる。
 視界の端に女子高生達が、聖人たちを見ながら、小さく拍手をしているのが見えた。
 急に恥ずかしくなって、その大きな背中をぽんぽんと慰め、泣き止ませようとすると、ふっと新太が顔を上げて、聖人の唇にちゅっとキスをした。
 イートインスペースに響く女子高生の歓声。

「な、な……こ、こんなとこでっ!!!!」

 真っ赤になる聖人に、目にたくさんの涙をたたえたまま、新太は笑った。

「へへ、聖人さんは俺のもんだって世界中のみんなに言いたくて……」
 
 コンビニを出ると雪がチラつき始めていた。
 だが、隣にいる愛しい人の体温で寒さを感じない。

 年が明けたら、一緒に住もうと話しながら二人は家路へと急ぐ。
 日付けが変われば聖人は、また1つ年をとる。
 だが、もはや年の差は二人の中の障害ではなくなっていた。
 お互いを思い合う心があればきっと乗り越えられる。そう確信していた。
 
 きっと来年も再来年もその先も、ずっといっしょにいられる。
 部屋で二人で抱き合いながら、再び手に入れたお互いの存在を確認しあう。


Marry Christmas…
街が白い雪で覆われても、二人の心はかつてないほどに温まっていた。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

処理中です...