上 下
24 / 30

25.最後に話せてよかった

しおりを挟む
 なんとも宙ぶらりんの状態のまま一日が終わった。
 どちらにしても週末からは有休消化だ。
 実家に帰って落ち着いたら、なにをしようか考えていた。
 ゆっくり本を読んだり、映画を見たり。食べ物の美味しいところへ旅行にも行きたい。

―――― 聖人さんって意外と食いしん坊ですよね。

 新太のことを思い出さないよう、楽しいことを考えようとしているのに、ふとしたときに脳裏に浮かぶ新太との思い出。
 苦笑いをして、布団に入る。ずっと眠れず、食欲のない日が続いていたが、残り2日。ムリヤリでも身体を休めなくては、本当に倒れてしまう。

 ふと、チャイムがなった。
「こんな時間に?」と無視しようと思いつつ、起きて玄関モニターを確認すると、そこには新太の姿が写っていた。

「夜分にすみません…寝てましたか?」

 久しぶりにまともに顔を見た新太は聖人に負けないくらい憔悴していた。頬がこけ、肌のくすみがひどい。
 新太は、聖人の退職の発表以来、ちょこちょこ休みをとっていた。
 それほど聖人と顔を合わせるのが嫌なのかと思っていたのだが。

「いや、いいよ。荷物を取りに来たのかな?」

 すでにまとめられ、シューズボックスの上に置かれていた紙袋を渡す。
 悲しそうにそれを受け取る。捨てたのはそっちのくせに、なんでそんな表情をするんだ。
 見ていられなくて、思わず顔を伏せた。

「じゃぁ…」

「待ってください!!」

 ドアを閉めようとすると、新太の手に阻まれる。手を挟んではいけないと、思わず力を緩めると、そのまま新太は玄関の中に入ってきた。

「話を…したくて…」

「……今更?」

 新太は家の中に招き入れてくれるのを少し待っていた様子だったが、聖人の頑なな様子を見て諦めた。
 そのまま二人は玄関で話をする。

「…すみませんでした…でも、まさか、仕事やめるなんて…なんで…」

「あぁ、そのことなら自己都合だし、来栖くんが気にすることじゃないよ」

 名字で呼ばれたことに少し傷ついた顔を見せた。聖人の胸は目の前に再び現れた愛しい存在に、バカみたいに胸が高鳴ったが、堪えるように目をつむり、なんでもないことのように振る舞った。
 こういった時に平静を装えるのは年の功か。

「…………春永さんとは?」

 新太は絞り出すような声で問いかけた。何か会話を繋げないとすぐに追い出されてしまうという焦りを感じた。
 そして、聖人は(やっぱり気づいていたのか)と思った。春永と過去に付き合っていたことは新太には話したことがなかったが、過去の会話から察したのだろう。
 
「はぁ…春永さんとは、確かに昔付き合っていたのは事実だけど、彼が結婚してからはなんの関係もないよ。…もう、いいかな?」

「うそだ!!そんな…だって…」

「君が何を勘違いしていたか知らないけど、もう春永さんとはとっくに終わっている。君と別れたからといって付き合うような関係じゃない」

「でも、でも、二人会議室で抱き合ってたじゃないですか!その後しばらく聖人さんは帰ってこなかった!だから俺…」

「……見てたのか…聞いてくれればよかったのに。はぁ…確かにあの時春永さんに抱きしめられたのは事実だけど、すぐに拒否して会議室を出たんだ。すぐに戻れなかったのは、その……直前に聞いた話にショックを受けて、ちょっと気持ちを落ち着けてから戻っただけだよ」

「そんな…じゃあ、なんで別れる時に言ってくれなかったんですか?」

「言うも何も…あの時、君は…もう僕のことを…好きじゃない…とはっきり言った。…だからだよ。16も離れていて、いつか君が僕に冷める、そんな日が来ると思って付き合っていた。物珍しさで付き合っているのはわかっていたからね。春永さんの名前を出したのは、罪悪感を和らげたかったのかと思ったんだ」

 言葉にすると改めて限界の心をえぐった。その苦しみに耐え、なんとか気力を振り絞る。
 新太はパニックになっていた。

「そんな…そんなことない!!物珍しさなんて絶対違う!!俺はホントに聖人さんのとこ好きで……だから俺は……」

「恋人になるときに、僕は言ったよね。『君の気の済むまで付き合おう』と。君の気が済んだのならもういいんだ。その後の話は僕個人の問題だから、君には関係ない」

「違う!!俺はっ!!聖人さんがまだ春永さんのことを好きなんだと思ったから!!だから身を引こうと!!……それに、俺、聖人さんのこと好きすぎて気がおかしくなりそうで、誰の目にも触れさせたくなくて!!もう、俺、このままだと俺、聖人さんを壊してしまいそうで怖くて!!でも近くにいると抑えきれなくて…」

 新太は泣いていた。聖人は新太の狂気を孕む位の一途な愛と執着に驚いた。自覚があって、なんとか理性で押さえつけたくてあがいていたのか。見た目の良さから器用そうに見えていたけど、本当はすごく恋愛に不器用なんだ。

「そうか…それは、すまなかったね。年が離れているから、何も言わず君に合わせようとし過ぎた僕にも問題があったのかも知れない。……今更僕が言うのもなんだけど、次の恋愛のときはもっと相手と話して、信頼してあげないとだめだよ。君はまっすぐすぎるから」

「嫌だ……今更図々しいのはわかってるけど、やり直したいです…。離れたくない…」

 新太は、聖人を抱きしめた。聖人はそれに抵抗するでもなく、優しく元恋人の背中をぽんぽんと優しく叩いた。
 幸せになってほしい、そう願いながら。
 戻る前に話せてよかった。誤解が解けてよかった。これで少し前に進めそうだ。

「ふふ、それは無理かな。来週には実家に帰るからね」

「でも、戻ってくるでしょ?」

「戻らないよ。会社辞めるって課長も朝礼で言ってただろ?落ち着いたら実家の方で仕事探そうかなと思ってる」

 新太は、聖人の首に埋めていた顔を上げ言った。

「なんで!?だって、休職じゃないですか!!会社やめてないのに転職なんてできないじゃないですか!?」

「来栖くん…なんでそれ…?」

 しまった、と新太が目を逸らした。

「えっと、噂で…」

「その話は誰にもしてないよ。退職が休職に変わったのを知ってるのは上の人だけだ。君がさっきから名前出してる春永さんだってまだ知らないんじゃないかな。……君は何者だい?君が関係してるんだな?」
 
 再び距離を置く。寝れない食べれないせいで、体力が落ちている聖人は軽いめまいを感じながら、気づかれないように壁に寄りかかった。

「……すみません」

「謝ってほしいわけじゃない。事実を知りたいんだ」

「その…今の会長が、俺のおじいちゃんで…。相談役が母です。その…今の社長は、叩き上げの方なんで関係ないんですけど、常務は叔父…です…」

 新太の住んでいる学生が住むには豪華だった部屋。報告会での社長の反応。合点がいった。
 会長と常務は創業者一族だから同じ名字だった。相談役に来栖という女性がいたかは記憶にないが、相談役の何人かは創業者の親族がなっていたはずだ。

「そうか、来栖は父親の姓か…」

「すみません…コネだと思われたくなくて…でも、みんなと一緒に入社試験受けて入ってきてるんで試験に忖度とかはないです!!」

「…いや、構わないよ。そう……でも、今回は権力を使ったってことかな?」
 
「…すみません…」

「来栖くん、そんな一方的な押しつけや、縛りつけじゃ相手の気持ちは離れちゃうよ?恋愛だけじゃない。君はまだ入社したてだし、とにかくがむしゃらでいい時期だから何も言わなかったけど、仕事でも一人で抱え込まないで、相談したり、もう少し相手を信頼しないと、どこかで行き詰まってしまうよ?」

「側にいてくれないんですか……?」

「はは…僕にはもうそんな資格ないだろ?…でも、話してくれてありがとう。すっきりしたよ…あの…もう、いいかな。寝るところだったんだ」

 ずっと立っていたせいか、最近治まることのない頭痛がひどくなってきて、目の前がぼんやりとしてきた。
 新太の様子を気にする余裕もない。
 実家へ帰っても収まらないようなら、病院へ行ったほうがいいかもしれないと思いながら、話を打切ろうとする。
 
「退職については、明日、来栖くんの方から上の人達に話しといてくれ…本当にもう……」

 なんとか体力の持つうちに追い出して、鍵を締める。
 かしゃんと鍵のかかる音が聞こえた途端、張り詰めていた気が抜けて、そのままズルズルと身体から力が抜けていった。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

処理中です...