コンビニ前でサンタが泣いていた

猫丸

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1.クリスマスイブの別れ

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 20**年、12月24日

 世の中のカップルが愛を語り合い、家族がチキンとケーキを囲んで団らんしている中、柊木聖人ひいらぎまさとは、サンタのコスプレをしながら、コンビニの前でがっくりとうなだれていた。
 30分前には、自宅マンションの階段でわざわざサンタの衣装に着替えて、彼女が『憧れ』だと言っていたシチュエーションとやらでプロポーズしようと思っていたのに。
 付き合って2年、同棲して1年。柊木聖人は明日には38歳になる。
 来年30歳になる彼女も20代のうちに結婚したがっていたから、そろそろかと準備してみれば、まさに青天の霹靂。

 クリスマスイブは二人が付き合い始めた記念日だった。
 聖人は、珍しく定時で仕事を上がるとあわてて二人の住むマンションへとむかった。そして、部屋の玄関近くの階段でこそこそっとサンタの衣装を着る。
 着ていたコートとスーツのジャケットはサンタの衣装が入っていた紙袋に入れた。下はスーツのズボンを履いたまま上に着た。
 こんなサプライズは聖人の好みではない。だが付き合った頃からずっと彼女が希望していたシチュエーションだった。
 指輪をポケットに忍ばせ、鍵を開けようとして、彼女の声が聞こえた。

「もうそろそろ、聖人が帰ってくるから」
「わかってる。でももうちょっとだけ…」

 玄関の扉を開けたら、聖人と同じようなサンタの服装をした男と彼女が抱き合っていた。

「……お前ら…なにして…?」

 慌てた様子で振り返った相手の男は、よく遊びに来ていた聖人の友人だった。
 言葉を失った聖人に、二人は寄り添い合いながら浮気を認め謝った。
 
 何と言えばいいのかわからなかった。
 よく遊びに来る友人ではあったが、聖人と違っておしゃべり上手で彼女も楽しそうだったし、聖人自身も彼女と二人でいるより気が楽だったのでで拒まずにいた。
 それに、彼女と二人の時はコンビニ弁当や出来合いのものを買って食べる日が多かったのだが、友人が遊びに来る時は頑張って食事を作っていた。「彼氏の友達の前ではいい顔見せたい」と言っていたので、その言葉通りに受け止めていた。
 「料理上手な彼女でお前幸せだな」という友人になんの疑問も持っていなかった。まさかその二人が浮気していたとは。自分はなんてマヌケなんだ。

 あまりの衝撃にそれ以上二人を見ていられなくなり、サンタの衣装のまま逃げてきてしまった。
 逃げたと言っても、12月。年末の寒空の下、行くところなんてどこにもない。
 虫が明るさに惹かれるように、気がつくと近所のコンビニの前に座っていた。

 今見た現実が信じられず、二人抱き合うシーンが壊れたビデオデッキでも見ているかのように、ぐるぐると繰り返し頭の中に再生される。
 今まで3人で過ごした時感じていた違和感が、パズルを埋めるかのように辻褄が合っていく。恋愛に不慣れであったとしても、見過ごしてはいけなかったのだ。

 そして再び、聖人は後悔した。
 今まで気づかないふりをしたこともそう。今回、浮気現場を目の当たりにして何も言わず逃げてきたこともそう。二人に対してあの場で怒るべきだった。

 このような行動を取ってしまったのは、きっと聖人にも負い目があったから。
 彼女の浮気によって、心の何処かで「解放された」と思っている自分はいないか。
 身体がこわばっているのは、この寒さのせいか、ショックのせいか。ただコンビニの前で思考に囚われ、固まっていた。
 
 こわばった指で握りしめていた通勤カバンの中で、携帯にメッセージが届いたことを告げる振動音がした。
 普段なら気づかないことも多いその振動に怯え、思わずかばんから手を離した。
 しばらくかばんを見つめ、深呼吸をして通知を見るとほんの30分前までは友達だと思っていた男からだった。

『裏切ってごめん。どんな言い訳もできないってわかってるけど、相談に乗ってるうちについ魔が差してしまった。今どこにいる?謝らせてほしい』

 読んでる最中に、彼女からもメッセージが届いた。

『本当にごめんなさい。ずっと聖人の友達とこんなことしちゃだめだって思っていました。聖人の仕事が忙しくて、相手してもらえない寂しさからつい彼に甘えてしまいました。本当にごめんなさい。でも私が本当に好きなのは聖人だし、別れたくないです。絶対もう裏切らないので信じてほしいです。だから今回だけは許してほしいです』

 二人してこの身勝手な文章はなんだ。
 聖人の肩の荷が下りたとかそんな気持ちはともかく、浮気という事実に対して聖人が傷つかなかったということはない。聖人なりに向かい合った仕打ちに対しては深く傷ついたのだ。

 それに1ヶ月前、友人にプロポースの相談した時、「いいんじゃないか?お前の彼女、意外とロマンチックだし、喜ぶと思うよ」って言って祝ってくれた、あれすらも嘘だった。
 読んでいると、彼女から電話がかかってきた。思わず拒否を押して電源を切った。
 あんなシーン見せられて、直後に二人が何言ってきても冷静に接するなんてできない。

「うっ…うっ…」

 コンビニに出入りする客が、こちらを見ながらヒソヒソ話して立ち去っていく。
 彼女に対しても、友人に対しても憤りがある。自分の至らなさについても。
 でも、今日だけは彼らのせいにして泣いてもいいだろう。
 もう恥も外聞もない。彼女にも友達にも裏切られた。
 頑張ったつもりだった。何がいけなかったんだ。
 いや、やっぱり自分がだめなのか…。
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