怪談・芳一BL

猫丸

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2.後編

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 慧源の様子を見ていて、俺もおかしなことに段々気づき始めていた。
 俺はためらいがちに不動産屋の兎崎の話と、トモの話をした。
「どちらも怪しいけど、頻度で言えば『トモ』の方が怪しいか……。いつから?」
「え……ここに引っ越してきてからだから……多分一ヶ月半……位?」
「は? そんなに? 毎日?」
「あ、あぁ」
「君、相手の家には行ってないよね!? 誘われても絶対に行っちゃだめだからな!?」
「う、うん。でも実は誘われてて……」
 慧源は俺がこのアパートに引っ越してきてからの日数を数え始めた。今日がちょうど四十九日目にあたる。
「芳一、とりあえず今日のところは、僕の泊まっているホテルに避難しようか」
 慧源は言った。こいつの中ではもう決定事項みたいな強い言い方に、俺は逆に戸惑った。
「い、いや。だってお前、明日研修で朝早いって……それに俺、金ない、し……」
「それらは君の身の安全に変えられるものではないだろう?」
 そこまで言われると、そこまで危険なのか? と逆に反発する気持ちも強くなる。今迄何ともなかったのだから、きっとこれからも大丈夫だ。危ないやつだったら徐々に会う回数を減らしていけば……。
 それにトモは俺の歌を、曲を褒めてくれた。毎日会っていたのは俺だ。慧源はトモのことを知らないからそう言うのだ。
 否定されれば、信じたい気持ちが逆に湧いてくる。
 きっと慧源だってトモに会えば誤解だって分かってくれるはずだ。 
 だが慧源はこのアパートを今すぐ離れるべきだと強く主張した。
 ふと、もしかしたら慧源は、トモに嫉妬しているのではないかという疑念が俺の中に生まれた。
「はは、心配しすぎだ。今日のところは電気消して、居留守使って、戸を開けなきゃいいんだろ?」
 慧源が親切で言っていることは理解している。
 だが、俺の歌に涙してくれるトモが、そんな悪いやつなはずがない。
 一日だ。今日一日、慧源の言う通り会わなければいいんだろ?
 そして明日、トモに会ったら謝ろう。友達が来ていたのだと。

 慧源はしばらく説得してきたが、俺の頑なな態度に根負けし、深くため息をついた。
「……わかった。じゃぁ、君の身体にお経だけ書かせてくれ。そして、今晩はトモが来ても絶対に戸を開けないこと。絶対に声を出さないこと。絶対に見つからないようにしてくれ。それを約束できるなら今日は帰る」
 そう言うと、慧源は俺の服を全部脱がせた。
「は? え? これ、も?」
 俺は履いていたボクサーパンツを脱がされないように上部のゴムを掴みながら言う。
「君、自分と同じ名前だから『耳なし芳一』の話は知っているだろ? 千切られたくなきゃ全部だ」
「お、俺は『ほういち』じゃねぇって、何回言えば……」
「今問題なのはそこじゃない。明るくなったらシャワーを浴びて洗い流せばいい。明日研修が終わったらまたバイト先の方に寄るから、いつでも引っ越せるように荷物をバイト先に持って来い」
「そ、そんな大袈裟な……」
 戸惑う俺を布団に寝そべらせると、慧源はマジックで俺の身体にお経を書き始めた。
 慧源は真剣なのだが、俺にとっては触れるペンがくすぐったい。
「んっ……んんっ……」
 思わず鼻にかかった声が上がってしまう。気がつけば俺のちんこは勃ち上がっていて、先端からは透明な液体が漏れ出ていた。
「あのねぇ、僕は真剣にやっているんだ。君も真面目に受け止めてくれよ」
 慧源が怒りつつ、俺のちんこの先端にティッシュを貼りつけた。俺の全身に文字が書かれていく。
 勃っている俺を放置して真剣にお経を書くなんて、やっぱり慧源が俺を好きだというのは、俺の勘違いなのかもしれない。少しがっかりした気持ちになった。ならば本当にトモは危険だということなのだろうか。
 様々な邪念が正しい判断を鈍らせる。
「こっ……ここも?」
「何言ってんだ、当たり前だろ?」
 慧源は勃ち上がった俺のちんこに手を添えて文字を書く。そして、股を開いてM字開脚にさせた状態で会陰や、終いには尻の穴までを晒されしわの上にまでも。そうして遂に全身にお経が書かれた。
 書き終わる頃にはもう息も絶え絶えで、(そこまでしなくても……)とやはり反発する気持ちの方が強くなっていた。そして、イキたい気持ちも……。
「ま、まて。頭はどうするんだ? 髪の毛は切らないぞ?」
「あいにくバリカンがない。顔には書いておく。あと、できる限り頭皮にも。ただ、念の為、この紙袋にも書いておくから、いざという時はこれをかぶれ」
 自分が持ってきたお菓子の袋にさらさらとお経を書くと、俺に渡してきた。
 タクシーを呼んでやろうと俺はスマホを手にしたが、今日はいつもにも増して電波の状況が悪くて繋がらない。
「多分トンネル抜ければつながりやすいから、そこまで送っていくよ」
「いや、芳一は朝になるまで絶対に外に出ない方がいい。本当は玄関にも御札を貼っておきたいくらいなんだが、あいにく今日は持っていない。いいか、朝まで絶対にこの部屋から出るなよ?」
 慧源はしつこく念を押して去っていった。
 俺は慧源が去って玄関に鍵をかけると、スマホの時計をみた。いつもトモが来る時間よりも大分遅い。きっと今日は来ないだろう。
 トイレへ行き、電気を消して、布団に横になった。身体が冷えて先程から少しお腹が痛かったのだ。身体を温めるためにも布団を頭から被った。
 この間やっと購入した布団なのに、こんな状態で入ったら汚れるな、と思ったが今日は仕方ない。
 うとうとし始めると、緊張も解れ、何も纏っていない肌に触れる生地が刺激となる。収まっていたちんこが再びむくむくと勃ち上がった。
 先程までは慧源がいたから我慢していたが、今は俺一人。ついついその肉棒を握り、上下に扱いた。
 無理もない。しばらくセックスどころかオナニーだってしていなかったのだ。
「んっ……んっ……」
慧源に言われた通り、声を出さないように必死に堪える。
 トモが『人ではないナニカ』だという慧源の説を、完全に信じたわけではない。だが言われてみれば確かにトモには不可解な点が多い。
 それに慧源は冗談でこんな手の込んだ事をしていくようなやつではない。だがトモを信じたい気持ちも強い。
 今晩何も起こらなければ、慧源だって納得するだろう。
 そしてトモとも今まで通りだ。
 そうだ。俺はトモの事をあまり良く知らないから不安なのだ。明日会ったら色々聞いてみよう。
 きっと大丈夫。何も起こるはずがない。
 暗闇の中で自分に言い聞かせる。だが神経が過敏になっていて、気になり始めたら、今迄気にならなかったものまでが不気味なものに思えてきた。
 慧源がトモ嫉妬しているなんて、野暮な勘ぐりをせず、素直に慧源の世話になるべきだったのか。
 一人になると、様々な不安が押し寄せてきた。
 そんな時に玄関のチャイムがなったものだから、思わず「ひっ!」と声を上げそうになって、慌てて堪えた。
 俺は音を立てないようにそっと紙袋を頭から被った。鍵も閉めてあるし、電気もついていない。きっと大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。
 繰り返し玄関のチャイムは鳴らされていた。
 しばらくして、音が聞こえなくなり、諦めて帰ったのかとホッとした瞬間、ありえない場所から声が聞こえてきた。
「先程嫌な気配のする男といたが、気づいてそいつと逃げたのか?」
 紙袋を被っていて視界は塞がれていたが、声は明らかに室内から。それも近くから聞こえた。
 慧源がでていく時に確実に鍵もチェーンも閉めた。何度も確認したから、絶対に開いているはずはないのだ。扉が開いた音だってしなかった。
 俺は気づいた。トモのつぶやく声は聞こえるのに、足音は全くしないことに。
 やはりトモは、『人ではないナニカ』なのか……。
 心臓がどくんどくんと強く波打つ。その音ですらトモに聞こえてしまいそうで、布団の中でただひたすら目をつむり、息を殺して固まっていた。
「ふむ……布団もギターもそのままということは、完全に逃げたわけではなさそうだが……ん?」
 頭上で声が止まる。布団がばっと捲られた。
 俺は紙袋の中で目を瞑り、ただひたすら『南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏』とその一文だけを心の中で繰り返し呟いていた。
「……不思議なことに芳一の魔羅と菊門だけがなぜかここにある。……これはどういう現象だ? ……まぁいい。これだけでも預かっておけば、芳一の本体もそのうち取りに来るだろう。それにこれだけあれば目的は達成できる……」
(ひぃ!? ぐぅ……)
 何か細い紐のようなものがちんこに食い込み、血が止まる感覚がした。そして強い力で引っ張られる。
 少しでも楽になるよう、引かれる方へ身体を寄せるしかなかった。
「はて……今、声がしたような気がしたが……気のせいか? ……ふむ。菊門は魔羅と一式なのだな。だがこのままではちと運びづらいか……」
(ひっ……ひぃ……!?)
 細いなにかが尻の穴に侵入してきた。鉤状のそれは俺の肛門の穴を広げるように入口に引っ掛かり、いきんでも出せる気配はなかった。
 そのまま俺はトモについていくしかなかった。
 このままではちんこが死んでしまう。なぜこんな事に……。
 思い当たる節はあった。
 布団の中でついちんこを扱いてしまった際にきっとお経が消えてしまったのだ。
 ならば肛門はどうしてだ?
 あぁ、そうだ。お腹が痛くてトイレに行った際、洗浄機能を使ってしまったじゃないか。まさかこんなことになるとは……。
 ちんこが縛られ、引っ張られる激痛の中、ひどく後悔した。
 辺りは不気味なほど静かで、虫の音も聞こえない。ただ自分の心臓の音だけがうるさく響いていた。
 全裸で紙袋を被り、ちんこを紐で縛られ、肛門を鉤状の何かで引っ掛けられ、無理矢理連行される。
 それでも声は出せなかった。
 たどり着いた場所は意外と近かった。
(ここはどこだ? アパートの近くにこんな場所があっただろうか?)
 トモ以外の者の声がした。
「上様、皆様お集まりですよ……って、それはなんですか?」
「いや、本体の姿が見えぬのだが、なぜかこれだけが落ちていてな。どうやら芳一よしかずのものらしいから持って帰ってきたのだ。魔羅と菊門がなければ芳一だって困るだろう。きっとそのうち取りに来るさ。それより早速これを使って宴を始めよう……」
 言い終わるやいなや、再びちんこが引っ張られた。急に人々の談笑する声、雅楽の演奏が聞こえてきて、ちんこが解放された。締めつけられていた陰茎に急速に血が流れる。
「うっ……あっ……ああっ………!!!!」
 ちんこがしびれていた。
 俺は耐えきれずに声を漏らし、そして先端からはダラダラと射精した。
「むむ? 近くから芳一の声が聞こえたぞ? 近くまで探しに来ているのかもしれないな」
 そういいながら、俺の肛門にひっかけられていたフックも抜き取られると、そのまま太いもので身体を貫かれた。
「ぐああっ!? ……ああああっ!!!!」
 イキナリ与えられる、身体を裂くような痛み。体温は感じないが、こじ開けられている感触はする。
「ふむ、どういうからくりかはわからぬが、刺激を与えれば声はするらしい」
「上様、見てください。ここのところ。精液で濡れた部分の身体が浮かび上がってきています」
「ふむ。……精液を出せば出すほど、本体が現世から呼び出される仕組みなのかもしれないな。おい、お前、この魔羅を扱き続けろ」
 ひたすら後孔を貫かれ、搾乳されるかのようにちんこを扱かれる責め苦がしばらく続いた。解されもせず、イキナリ貫かれ、痛みに堪えてつづけていたが、ちんこを扱かれ続ければ、痛みだけでない何か得体のしれないものが込み上げてくる。
「うぅ……ふぅ……うぅ……」
 視界を紙袋をで塞いだまま、俺は後孔に突っ込まれたものを締め上げ、再び白い液をぶちまけた。
「おお、上様!! ご覧ください!! 遂に乳首が現れてきましたぞ!!」
「よし、おい、そこのお前も! もっと弄って早く本体を出せ!! 私も興が乗ってきた。もっと奥まで攻めてみようか」
 体内を犯すものが更に太く長くなった気がした。
 ヒトではないもの故、体温は感じない。ただ存在感のみだ。
「ふぐぅぅぅ………」
 袋を被ったままのせいか、酸欠で意識が朦朧としていた。体内の物体が奥の扉をこじ開けて結腸に入ってきている。ぐぽぐぽと体内から音が脳に響いた。
「いいな。芳一の声は素晴らしい。早く本体を手に入れたい」
 いつの間にか俺は声を我慢することもできなくなっていたらしい。トモの発言で、その事に気づいた。
「上様! その責めは効果的なようです!! ほら、魔羅が潮を吹いて、本体がこんなに!! ……あ! 顔の一部が!!」
 力尽き始め、頭がだらりと垂れ下がる。俺が被っていた紙袋がかさりと地に落ちた。
 俺は薄めを開け、精液や潮にまみれた自らの身体を見た。
(やっぱりだ……)
 俺はおぼろげに気づいていた。
 慧源がお経を書くのに使ったあのペン。あれは水性ペンだったのだと。慧源も慌てていてそこまで気が回らなかったのだろう。
 汗や精液や潮で俺の身体はほとんど現れていた。
「芳一、やっと手に入れたぞ」
 トモが俺に微笑みかけ、口づけをした。
 俺はもう理由もわからず、喘ぎながらその口づけを返した。周囲にも古風な服装をした、立派なヒゲを蓄えた男性が俺のちんこを扱き、別の男が乳首をいじくり回している。
 その周りに俺達を取り囲み、微笑みながら酒を飲む人々。
 時代劇で見たような宴会がそこに広がっていた。
「さぁ、芳一、受けとめろ。永きに渡る私の想いを」
「い、いや……」
 頭を振って弱々しく抵抗するが、今更そのような声が届くはずもない。胎内にトモの精液が吐き出されるのがわかった。
 霊に精液なんてものがあるのかわからないが、ただそうだと思ったのだ。
 それを吐き出され、まるで麻酔のように体内に浸透していくのを感じれば、より一層トモの身体の存在を意識し始めた。そして初めて感じるトモの熱。後孔を貫く熱いもの。
「あぁ、太くて…熱い……!」
 自分も人ではないナニカに染め上げられていくような気がした。 
「皆の者、儀式は完了した! 見よ! 私の花嫁だ! ほら、芳一。お前のお披露目だ。その愛らしい姿をみんなに見せろ。その美しい声をみんなに聞かせろ!」
「あぁ……あっ、あっ、あっ……」
 俺のちんこや乳首を刺激していた男達が離れ、目の前に空間が広がった。膳を前に酒を飲み祝う男共の前で、俺は後孔を貫かれ、嬌声を上げる。
「ほら、芳一。私達の結婚式だ。自らの魔羅を扱いてみんなに見てもらえ。祝砲を打ち上げろ」
 まともに考える事ができない。
 言われるがまま、俺は自らのちんこを扱く。
 全身にまとわりつく、自ら吐き出した液体が、薄黒く汚れているのを見て、俺は何か大切なことを忘れているような気がした。
「ほら、花嫁が余計なことを考えるな。客人に失礼だぞ」
 背後から乳首をつねられれば、「ふぁ、ふぁい……」と間抜けな返事しかでてこなかった。
 俺は腹が妊婦のようにぽっこりと膨れるまで、トモの精液を注ぎ込まれた。
 そしてそれが終われば、トモの言う『儀式の見届人』達によって上も下も代わる代わる犯された。
 何か大切なことを忘れている気がする……。
 だが目が覚めて、「私の愛しいよしかず……いや、ほういち……」とトモが言うのを聞けば、頭がぼんやりしてそれ以上は考えられなくなった。
「ほう、いち……?」
 トモ以外にも俺をそう呼んだ人がいたような気がする。
「芳一、……愛してるぞ? お前の歌声を聞かせてくれ」
 トモの唇が重なり、俺のギターが渡された。
 ぽろんと弦を弾けば、いつもと変わらぬ音色。
 音楽を奏でながら思う。こんなことが昔にもあった気がする。
 トモではない、誰か別の人が隣にいたような……。
 あれは誰だったのだろう……。

 
(慧源視点)
 後ろ髪引かれる思いだったが、芳一のアパートを出た。あの様子だと自分が納得できるまでは、芳一は動かないと思ったからだ。昔から妙に頑固なところのあるやつだった。
 音楽やめて地元に戻ってきたって誰も何も言わないのに、意地になってこんな不気味なところに住んでいる。
 だがもしかしたら、もう芳一には戻る家もないのかもしれないな、と思う。確か芳一の母親は再婚したと噂で聞いた。
 ならば自分が芳一の戻る場所になってあげるのに……。
 電波を求めて来た道を戻る。ついお経を唱えてしまうのは職業病かもしれない。
 トンネルを抜けたところで、やっと電波が安定した。
 草むらを見ながら、電話をすれば暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる赤い花。
(あぁ、そんな季節だな)と思いながら意識は電話の向こうの相手に戻る。
「はい、赤間トンネルの入り口付近にいるので、そこまで来ていただけると……」
 夜も更けていたせいだろうか。場所を告げると電話に出たタクシー会社の男性が渋った。
 仕方なくそこから一番近い、指定されたコンビニまで歩く事にした。
 そこまで行ったらホテルまで歩けなくはない。だがもうさすがに疲れ切っていて、明日のためにも早く風呂に入って眠りたかった。
 ふと芳一は大丈夫だろうか、と少し遠ざかった場所からトンネルの向こうを見れば、やはり真っ暗で何も見えなかった。
 芳一のアパートに向かう時、トンネルの前で芳一は暗闇を指差した。だが僕には暗闇しか見えなくて、少し首を傾げた。
 黙ってついていくと、トンネルを抜けてすぐ、急に建物が現れたことに驚いたのだ。そして色濃く感じる何か異形のものの気配。
 
「よかったよぉ。ちゃんとした人で」
 コンビニで僕を乗せたタクシーの運転手は言った。
「ちゃんとした?」
「お兄ちゃん、知らないんだね? あそこは有名な心霊スポットなんだよ。昼間はまだしも、夜は誰も近寄らない場所なんだ。時々若い子が、肝試しに行く位の場所でねぇ。変な噂も多くて、同業者もよく見てるっていうしね。だから俺はてっきり……」
 タクシー会社が配車を渋った訳がわかった。
「でもアパートや家もあるし、人も住んでいますよね?」
「あんな所にアパート? あったかい? そりゃ昔は多少住んでた人もいたみたいだけどなぁ、最近は廃屋と墓というイメージだけど……最近建ったのかい? あんな場所に住むヤツの気がしれねぇ」
 運転手がぶらりと震えた。
 嫌な予感がする。芳一は大丈夫だろうか?
 嫌がるタクシーの運転手を説得して、トンネルに引き返してもらった。
「兄ちゃん、本当に行くの? やめようよ~。帰ろうよぉ~……」
 怯える運転手に一万円札を握らせた。
 早く芳一を連れてこなくては。
 だがトンネルを何度行き来しても、トンネルの先に芳一のアパートはなかった。
「トンネルを間違えたんじゃないのかねぇ。ほら、ここらは見ての通り山だから、いくつか景色の似たトンネルがあるんだよ」
 絶対に間違えるはずはない。だがこれだけ往復して何もないなると、もはや今、自分にできることは何もなかった。不安な気持ちを抱えたまま、ホテルへ戻る。
 その運転手に、交代で来る運転手に朝一でタクシーを一台、ホテルまで配車してもらうように頼み、僕は部屋でまんじりともせず、ただひたすら芳一の無事を願って過ごした。
 そして辺りがぼんやりと明るくなり始めた頃、再びその地を訪れたが、やはりそこにはアパートも、芳一の姿もなかった。
「ここには平家の落武者を祀っている墓があるんですよ。だからなのかこの周辺では、昔から不思議な怪談話が多く残ってましてねぇ……あれ? あれは何でしょう……?」
 交代できたタクシー運転手の兎崎が何かを見つけた。
 草むらの中にあったそれは、間違いなく芳一のギターケースだった。だが中身はなかった。
 辺りを探してみれば、昨日自分がお経を書いた地元銘菓の紙袋が、ぐちゃぐちゃに濡れた状態で古い墓に貼り付いていた。ところどころに残る文字。大半が濡れて流れていた。
 その紙袋を見つめながら、僕は芳一に書いたお経の最大のミスにやっと気がついた。
 
 部屋の窓から、墓の間に自生する赤い花が見えた。
 先週くらいから急に涼しくなって、今年もそんな季節になったのだなと思う。
 あの時見つけた芳一のギターケースは今でも僕の部屋に飾られている。
 だがその中身や弾く者は、あれから何年も経った今もまだ、戻ってきてはいない。


 (完)  
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感想 3

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みんなの感想(3件)

三波わかめ
2024.09.18 三波わかめ
ネタバレ含む
2024.09.18 猫丸

わかめさーん、ありがとうございます!
なんかめっちゃ褒められてる😳❗️
そして、連行シーンが好きだとは!わかめさんもこちら側の人間ですね😏ニヤリ
尻穴フックは今度がっつり書きたいなーと思いつつ……。
いやー、喜んでもらえて本当によかったです!
こちらこそお読みいただいてありがとうございました!

解除
ちょこぽった
ネタバレ含む
2024.09.16 猫丸

こはくさーん、笑っていただけて嬉しいですっ!!
シリアスな展開に時々挟みこまれるお間抜け行動🤣
情緒不安定かなっ🤣🤣🤣
こちらこそお読みいただいてありがとうございましたー!!!!

解除
遠間千早
2024.09.16 遠間千早
ネタバレ含む
2024.09.16 猫丸

遠間さーん、一番乗り!!
好きって言ってもらえて嬉しいっ😭
ありがとうございます!
縛ったり、引っ掛けたり……でやっぱり漏れ出てしまう私テイストw
フックは今度がっつり書きたい気もしつつ……。
こちらこそお読みいただきまして、本当にありがとうございましたー!!!!

解除

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