交通量調査物語

がしげげ

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5、初心者にとっての最大の敵

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カチカチ。
カチカチカチカチ。

交通量調査デビューから30分が経った。
少し寒いものの、事前にトイレに行ったのでそっちは大丈夫。
仮に雨が降ってきても、雨具がある。

カチカチカチカチ。

既に慣れてきた感じだ。
意外と楽勝?とさえ思い始めた。

気持ちに余裕が出てきたのか、視野が広くなってきた。

ん?

人通りが増えていることに気付いた。
時間は8時35分、通勤や通学のピークである。

カチカチカチカチ。

ジロジロ…

目線を感じる…

横目のためしっかりは見えていないが、僕の横を通り過ぎるビジネスマンが確実にこっちを見ていた。

次は前方から女子中学生が1人歩いてきた。
おとなしそうな雰囲気で、メガネをかけている。
やはり、チラチラとこちらを見ているのが分かる。

嫌だった…

なぜ、そんなに見られないといけないのか…
見世物ではない。
ただ、仕事をしているだけなのに…

でも、逆の立場だったらどうだろう。
交通量調査のことを知っていても、知らなくても、道路や歩道の上でパイプ椅子に座っている人がいたら、かなり目立つだろうな。

道路上でパトカーや救急車が停まっていたり、空き缶をビニール袋パンパンに集めたおじさんが自転車に乗っている光景よりも、交通量調査をしている風景は「非日常的な光景」なんだと思った。

そんなことを考えながらカウントを続けていたとき、前方から6人組の男子中学生が歩いてきているのが見えた。
かなり遠い時点から、盛り上がっている話し声や笑い声が聞こえている。
茶髪、金髪、ピアス…
少しやんちゃな見た目をしている。

頼む、こっちに来ないでくれ。
そこの曲がり角を曲がってくれ。

願い虚しくその6人組は全ての曲がり角をスルーし、ここまで到達することを確定させた。

カチカチカチカチ。

50mぐらいの距離になったとき、1人の男子中学生がこちらを指差しているのが見えた。

気付いたのだろう。

カチカチカチカチ。

その場を離れるわけには行かず、カウントを続けるしかない。
どうしようもない状況。
極力無心になること。
この作戦しかなかった…

その距離約10m。

無心になりきれず、会話がはっきりと聞こえてしまう。

「あれ何?」
「なんで座ってるん?」
「バイト?何計ってるん?」
「お前話しかけてみろって~(笑)」
「俺ああいうの無理やわ~。恥ずいやん(笑)」
「何書いてんねやろ。」



なぜこんな惨めな思いをしなければならないのだろうか。

カチ…カチ…

カウンターを押す力も弱くなっているのが分かった。

大学の友人たちは、同じようにこんな思いをしているのだろうか。

やはり就活で成功しなかったことが、この結果なのだろうか。

どこで…僕は間違えたのだろうか…

交通量調査の難しさは、車種を見分けることでも、カウンターを間違いなく押すことでも、調査表に転記することでもなく、

「周りの目に耐える」

これこそが1番難しいことなのかもしれない。

ふと顔を上げてみる。

前方から6人組どころでない人数の集団がこちらに向かってきていた。

男子、女子、複数グループがたまたま固まったのか、その数約30人。

僕の自尊心は、この集団の通過により在庫ゼロになってしまうかもしれない。

いや、確実になるだろう。

この際、給料無くてもいいからこの場から逃げ出そう、

とも考えた。

その時。

「前田さん、問題ないですか~?」

振り向くと、高橋氏がいた。

カチカチカチカチ。

「も、問題は無いのですが…」

「何かありました??」

「人通り、結構ありますね…」

心情までは言わなかったものの、人通りというワードをつい発してしまった。

高橋氏は全てを察したのか、

「慣れですよ(笑)私も最初は嫌でした。」
「でも、別に悪いことやってないし、むしろこの調査データって道路作りに活かされるんですよ。」
「感謝してもらわないと!」

と、明るく僕に話してくれた。

確かに…
悪いことはやってないし、恥ずかしがることもない。
見られるのは嫌だが、耐えれないことも無さそうな気がしてきた。

すると、高橋氏との話と、カウントに集中していたためか、
集団が通り過ぎたことに気づかなかった。

僕は、夕方の下校時間が来ることは少し憂鬱に感じながらも、とりあえず8時~10時の2時間、調査を続けることを達成した。







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