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75、エピローグ(2)それぞれの未来

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 シンクレア領に滞在二日目。
 今日は朝から嬉しいサプライズがあった。

「まぁっ、なんて可愛らしい……!」

 もみじの手をグーパーさせて、はしゃぐ乳児に、フルールは相好を崩す。周りにいるエリカもエリックもメロメロだ。
 辺境伯の居住区画に通されたフルール達は、ネイトの家族と対面した。
 前日は慌ただしさと疲労からきちんとした挨拶の場が持てなかったので、今日は仕切り直し。

「紹介します。妻のマーガレットです」

「初めまして、皆様。お会いできて光栄です」

 ネイトに寄り添い、柔和な女性が微笑む。その腕には小さな女児を抱いて。
 シンクレア辺境伯が地方貴族の娘と結婚したのは、使節団が派遣されてから一年後のことだった。フルールは王都からの定期連絡で彼の結婚を知っていたが、子供が生まれていたことは初耳だった。

「生後五か月です。抱っこしてみますか?」

 マーガレットに勧められて、フルールはおくるみを巻かれた赤子を胸に抱く。

「素晴らしいわ……」

 柔らかな温かさとミルクの甘い香りに幸せに満たされる。黒みがかった茶色の瞳や耳の形は父親譲りだ。
 孫の愛くるしさに、厳格な先代シンクレア辺境伯ジェフリーも好々爺に大変身だそうだ。

「お名前はなんておっしゃるの?」

「ローザです。私の経験上、花の名前を持つ女性は皆、賢く美しい」

 夫の言葉に妻マーガレットは頬を染めてはにかみ、フルールも微笑む。

「おめでとうございます、ネイト様、マーガレット様。心からの祝福を」

 ネイトが幸せで、本当に嬉しい。
 フルールが旅立って三年。長くもあり短くもある時の中で、色々なことがあった。
 クワント王国政府とはことある毎に業務連絡を行っていた。たまには家族からの手紙も届く。そのやり取りから、数か月遅れではあるが国内の情報も入って来ていた。
 ヴィンセントは第三師団を任される騎士団長に就任。めきめき出世しつつ、家業の運営にも余念がないそうだ。
 どうやらお付き合いしている女性がいるらしいというのは、母からの手紙の情報だ。
 セドリックは、王太子として旧態依然とした王宮の制度の改革に辣腕を振るっているらしい。
 勿論、独裁ではなくより良い国作りのために。
 ただ、理想が高すぎて山のように持ってこられる見合い話をすべて蹴っているのだとか。
 時は止まらない。皆、それぞれの道を進んでいく。

 ……フルールと同じように。

「夜は皆さんのご帰還を祝ってささやかながら宴を開催致します。それまでは、我が領地をご案内しましょう。今は収穫前の麦穂が色づいています。見渡す限りの黄金の大地は圧巻ですよ」

 ネイトが一同を誘う。それは、いつか彼が語った風景だ。逃げるのではなく進んで、フルールはここまで来れた。

「馬車をご用意しますが……。馬に乗られる方は鞍をつけますよ」

 辺境伯の提案に、公爵令嬢は真っ先に進み出る。

「わたくし、馬に乗りたいですわ!」

 王従妹と執事が目を見合わせる中、フルールは意気揚々と鐙に足をかけた。
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