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72、壮行会の夜に(2)
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「ここにいれば、貴女に逢える気がしていました」
穏やかに微笑む彼に、彼女は金の長い髪を夜風に遊ばせながらはにかむ。
「ええ。わたくしも……そんな気がしていましたわ」
確証もないのに、確信していた。
今夜、ユージーンは自分の前に現れると。
「ずっと、考えていたんです」
セロー侯爵は、訥々と零す。
「貴女が異国へ旅立つと知った日から、どうやって貴女を手に入れるかを。いっそ貴女を連れ去って誰も知らない土地で二人きりで暮らそうと、入念に計画を立てていたんですよ」
冗談とも本気とも取れない危険な台詞の後、ユージーンは「でも」と晴れやかに微笑んだ。
「貴女の顔を見たら、その気が失せました」
そして、畏まった言葉を崩し、
「使節団が、貴女の『選んだこと』なんだね」
「ええ、そうです」
頷くフルールに、眩しげに目を細める。
「俺はフルールが好きだ。だから、貴女の決めた道を応援する。俺はいつも、貴女の幸せを願っている」
「ユージーン様……」
喉の奥が熱くなり、胸が詰まる。泣き出しそうなフルールの両手を彼は握った。
「お願いがある」
祈るように指を絡める。
「貴女の帰りを待たせてもらいたい。これまでも三年も貴女に片思いしているんだ。今更あと何年か増えても同じこと。貴女がやりたいことを成し遂げ、この国に戻ってくるまで、貴女を想い続けさせて欲しい」
切実な囁きに、こみ上げる涙を堪え、
「……いいえ、お待ちにならないで」
フルールは無理矢理微笑んだ。
「人の気持ちは変わるもの。今日の心模様が明日と同じとは限りません。わたくしが旅に出る数年間、様々な出会いがあるでしょう。わたくしにも……ユージーン様にも。もし心惹かれる方との出会いがあった時、約束は枷になります。わたくしは貴方を枷にも、貴方の枷にもなりたくありません。どうかこんな不義理な女のことなど忘れて自由に生きてください」
ユージーンは魅力的で素晴らしい男性だ。傍にいることのできない者に縛られる必要はない。
「フルール……」
苦しげに眉を寄せるユージーンに、フルールは笑ってみせる。
「卒業パーティーの日、手を差し伸べてもらえて嬉しかった。ユージーン様が、わたくしに新しい世界のドアを開いてくれたの」
だから、今のフルールがいる。
「わたくしもユージーン様の幸せを願っています。心から」
見上げる青い瞳から、一筋の涙が零れる。
「元気で、フルール」
令嬢の瞼に、侯爵が唇を落とす。
「貴方も、ユージーン様」
フルールは目を閉じて彼のキスを受けると――
「さようなら」
――繋いだ手を離した。
◆ ◇ ◆ ◇
むき出しのドレスの肩が寒い。
中庭方向に去って行ったユージーンを見送り、フルールが大広間に戻ろうと身を翻すと、
「あら、フルール」
丁度エリカがテラスに出てくるところだった。彼女は夜目に庭木の奥に消えていく青年の姿を見つけた。
「あれは、セロー侯爵かしら?」
「え、ええ。少しお喋りしてましたの」
フルールはこっそり涙を拭って取り繕う。
「もうお帰りなのかしら? 残念、ご挨拶したかったのに」
特務大使の彼女は嘆息して、
「セロー侯爵は使節団に多額の寄付をしてくれたのよ。団員に危険がないよう護衛を増やしてくれって」
「まあ……!」
ユージーンの心遣いに、また涙腺が緩んでしまう。
「フルール、どうしたの?」
涙目の令嬢に気づいた王従妹が尋ねてくる。
「ちょっと、行く前から里心ついてしまって……。でも、大丈夫です」
「そう? そろそろ宴はお開きよ。広間に戻りましょう。明日は早いわよ」
「はい」
名残惜しくて振り向いた中庭には、もうユージーンの姿はなかった。
エリカに促され、フルールは踵を返す。
──もらったたくさんの想いを大切に胸に閉じ込めて。
穏やかに微笑む彼に、彼女は金の長い髪を夜風に遊ばせながらはにかむ。
「ええ。わたくしも……そんな気がしていましたわ」
確証もないのに、確信していた。
今夜、ユージーンは自分の前に現れると。
「ずっと、考えていたんです」
セロー侯爵は、訥々と零す。
「貴女が異国へ旅立つと知った日から、どうやって貴女を手に入れるかを。いっそ貴女を連れ去って誰も知らない土地で二人きりで暮らそうと、入念に計画を立てていたんですよ」
冗談とも本気とも取れない危険な台詞の後、ユージーンは「でも」と晴れやかに微笑んだ。
「貴女の顔を見たら、その気が失せました」
そして、畏まった言葉を崩し、
「使節団が、貴女の『選んだこと』なんだね」
「ええ、そうです」
頷くフルールに、眩しげに目を細める。
「俺はフルールが好きだ。だから、貴女の決めた道を応援する。俺はいつも、貴女の幸せを願っている」
「ユージーン様……」
喉の奥が熱くなり、胸が詰まる。泣き出しそうなフルールの両手を彼は握った。
「お願いがある」
祈るように指を絡める。
「貴女の帰りを待たせてもらいたい。これまでも三年も貴女に片思いしているんだ。今更あと何年か増えても同じこと。貴女がやりたいことを成し遂げ、この国に戻ってくるまで、貴女を想い続けさせて欲しい」
切実な囁きに、こみ上げる涙を堪え、
「……いいえ、お待ちにならないで」
フルールは無理矢理微笑んだ。
「人の気持ちは変わるもの。今日の心模様が明日と同じとは限りません。わたくしが旅に出る数年間、様々な出会いがあるでしょう。わたくしにも……ユージーン様にも。もし心惹かれる方との出会いがあった時、約束は枷になります。わたくしは貴方を枷にも、貴方の枷にもなりたくありません。どうかこんな不義理な女のことなど忘れて自由に生きてください」
ユージーンは魅力的で素晴らしい男性だ。傍にいることのできない者に縛られる必要はない。
「フルール……」
苦しげに眉を寄せるユージーンに、フルールは笑ってみせる。
「卒業パーティーの日、手を差し伸べてもらえて嬉しかった。ユージーン様が、わたくしに新しい世界のドアを開いてくれたの」
だから、今のフルールがいる。
「わたくしもユージーン様の幸せを願っています。心から」
見上げる青い瞳から、一筋の涙が零れる。
「元気で、フルール」
令嬢の瞼に、侯爵が唇を落とす。
「貴方も、ユージーン様」
フルールは目を閉じて彼のキスを受けると――
「さようなら」
――繋いだ手を離した。
◆ ◇ ◆ ◇
むき出しのドレスの肩が寒い。
中庭方向に去って行ったユージーンを見送り、フルールが大広間に戻ろうと身を翻すと、
「あら、フルール」
丁度エリカがテラスに出てくるところだった。彼女は夜目に庭木の奥に消えていく青年の姿を見つけた。
「あれは、セロー侯爵かしら?」
「え、ええ。少しお喋りしてましたの」
フルールはこっそり涙を拭って取り繕う。
「もうお帰りなのかしら? 残念、ご挨拶したかったのに」
特務大使の彼女は嘆息して、
「セロー侯爵は使節団に多額の寄付をしてくれたのよ。団員に危険がないよう護衛を増やしてくれって」
「まあ……!」
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「フルール、どうしたの?」
涙目の令嬢に気づいた王従妹が尋ねてくる。
「ちょっと、行く前から里心ついてしまって……。でも、大丈夫です」
「そう? そろそろ宴はお開きよ。広間に戻りましょう。明日は早いわよ」
「はい」
名残惜しくて振り向いた中庭には、もうユージーンの姿はなかった。
エリカに促され、フルールは踵を返す。
──もらったたくさんの想いを大切に胸に閉じ込めて。
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