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71、壮行会の夜に(1)

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「それでは、エリカ殿下と使節団の門出を祝して。かんぱーい!」

 宰相の音頭で皆がグラスを掲げる。
 使節団が南側諸国に旅立つ前日。今夜は国王主宰の壮行会だ。
 豪奢に飾られた王宮の大広間には、所狭しとクワントの郷土料理が並んでいる。これからしばらく故郷の味を口にすることができなくなる団員達への王国政府からの心尽くしだ。
 フルールはグラスを片手に大勢の出席者と談笑する。挨拶回りも重要な仕事だ。
 この壮行会には有力貴族が多く参加している。使節団派遣の事業は国家予算だけではなく、諸侯からの寄付金からも成り立っている。
 さりげなく会場を見渡すと、国王の開会スピーチの時には確かにあったセドリックの仏頂面が見えない。
 ……フルールの使節団入りの件でエリカ殿下に完膚なきまでに凹まされたと聞いていたが……。
 このまま会話せずに離れてしまうのも、申し訳ない気分になる。
 それに、心残りは他にもあって……。

「フルールお嬢様、如何されましたか?」

 浮かない顔のフルールに、すかさずエリックが声をかけてくる。

「ううん、なんでもないわ」

 令嬢は作り笑いで取り繕う。

「少し人に酔ってしまったみたい。風に当たってくるわね」

 そう言い残して、フルールはテラスに出た。

 室内の喧騒が嘘のように、ガラスドア一枚目隔てた外は静かだ。まるで世界から切り離されたみたいに。
 中庭に面した王宮のテラス。満天の星の下、フルールは夜の冴えた空気を胸一杯に吸い込んだ。

 ……今日がクワント王国を離れる最後の夜。

 人生の節目のこの場面が、あの夜と重なる。
 フルールには、セドリックともう一人、出国前に話しておきたい人がいた。
 明確な答えを出せない彼女に、切々と愛を伝え続けてくれた人。
 彼は今……。

「こんばんは、フルール嬢」

 不意に、宵闇の一部が揺らめいた。
 はっと息を呑むフルールの前に、闇はゆっくりと歩み出た。ガラス越しの室内の灯りが、朧気に彼の秀麗な顔を浮かび上がらせる。
 黒髪に黒のフロッグコートのよく似合う、長身の青年。

「ユージーン様……」
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