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60、ブランジェ家の晩餐

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 朝昼は別に過ごしても、余程のことがない限り晩餐は家族揃って頂くもの。
 それがブランジェ家のルールだ。
 家長を上座にダイニングルームに集まり、シェフの料理を堪能しながら、今日の出来事を語り合う。一日の終わりの、家族団欒の時。
 そんな穏やかな光景が……今夜は一変した。

「まったく、何を考えているんだ!」

 ドンッとテーブルを叩く拳に、深皿のスープが大きく波打つ。立ち上がったヴィンセントは、呆れた眼差しで向かいに座る妹をめつけた。
 官舎暮らしの長男が前触れもなく帰宅したと思ったら、夕食の場は家族会議と化した。
 ……それは仕方がない。だって、ブランジェ家の長女が突然「外国へ行く、数年は帰らない」と言い出したのだから。
 セドリックの剣幕に背中を押され、事実を確認しに実家に戻ったら……この有様だ。

「一体、どういうつもりなんだ、フルール」

 背筋も凍る騎士の鋭い視線を、令嬢はにっこり受け止める。

「どうもこうも……。わたくしはただ、エリカ殿下の使節団に同行し、南側諸国を巡りたいと希望しております。そのお許しをお父様とお母様……そしてお兄様にも頂きたいのです」

 恫喝にも動じないフルールに、ヴィンセントはイライラと今度はアルフォンスに目を向けた。

「父上、言ってやってください」

「ほむ」

 ブランジェ公爵は顎髭をしゃくって、

「フルール、お前はその使節団にどうしても入りたいのか?」

「はい」

「ならば許可しよう」

「ありが……」

「ダメに決まってるだろーーー!」

 ぱっと顔を綻ばせ、手を合わせて喜ぶフルールの声に被せてヴィンセントが絶叫した。

「父上、お気は確かですか!?」

 娘を説得してくれると信じていた父の裏切りに、跡取り息子はパニックだ。

「フルールが! 年頃の未婚の娘が! 有象無象の輩に囲まれて、一昔前まで紛争地域で国交断絶してた世界の果てに行こうとしているのですよ? 止めるのが親というものでしょう!」

 正直、この国の常識では、ヴィンセントの言い分の方が正しい。しかし、

「ワシとてフルールのことは心配だ。ヴィンセント、お前の気持ちは痛いほど解る」

 父はワイングラスを呷ってから、息子と娘を見回した。

「だが、娘が初めて言葉にして伝えてきた我儘だ。親としては叶えてやりたい」

「お父様……」

 瞳を潤ませ感激する娘に、父は堪えきれず……、

「しかし、旅行でも国外に出たことのないフルールが、いきなり使節団とは! 本当に、ブランジェ家の女は予想がつかなくて面白い」

 ゲラゲラ笑い出したアルフォンスに、ヴィンセントは「愉快がっている場合ですか!」と憤慨する。

「母上、母上はどうお考えですか!?」

 長男は父を諦め、母の援護に期待を向ける。心配性で心優しいミランダなら、フルールをきっと止めるだろう。……と、思ったら。

「あら、異国の旅なんて素敵だわ。エリカにもよろしくね」

 まったく危機感がなかった。

「母上ぇぇ!?」

 ヴィンセントはとうとう爆発した。

「父上も母上も! 何考えてるんですか! フルールが、この家を出ていくというのですよ!? 地方に嫁ぐのとはわけが違う。急用があっても連絡も取れない、消息さえ掴めない遠い異国に行くんですよ!」

「それは、ヴィンセントが騎士として遠征に赴く時と同じだろう?」

「全然違います! 私は自分の身は自分で守れる。でも、フルールはか弱い小娘です。私達家族が正しい方向に導き、守ってやらねば!」

 必死で訴える息子を、父は組んだ両手の上に顎を載せ、じっと見据えた。

「ヴィンセント、フルールを侮るな。そなたの妹は立派な大人だぞ。彼女の選んだ道を信じてあげなさい」

「……っ」

 顔を真っ赤にしたヴィンセントは、椅子を蹴ってダイニングルームから駆け出した。

「お兄様!」

「フルール」

 慌てて立ち上がる娘に、父が声をかける。

「ワシとミランダはお前の選択を尊重する。納得のいくまで頑張りなさい」

 力強く頷く父と、傍らで微笑む母。
 ……この二人の娘に生まれたことを、誇りに思う。

「ありがとうございます。お父様、お母様」

 膝を折って一礼してから、フルールは踵を返してヴィンセントを追いかけた。
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