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58、三つ巴(1)

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 その日は、ヴィンセント・ブランジェにとってごくありふれた一日だった。
 朝から軍の上層部会議に出席し、その後は馬上訓練に汗を流し、そして今、休憩時間に騎士団本部の談話室で仲間とカードゲームに興じている。
 上級士官である騎士の、退屈なルーティーン――

「ちょっと! ヴィンセント卿いる!?」

 ――を打ち破ったのか、前回同様第二王子のセドリックだった。
 ドカンと談話室のドアを蹴破った王族の子供は、円卓を囲んでカードを広げる騎士達を睨みつけた。

「何、昼間っから賭博にふけってるの? 全員営倉にぶち込むよ!」

 手を腰に当ててふんぞり返るセドリックに、背後に控えていたマティアスが無表情でツッコむ。

「殿下、今は休憩時間で、この国では賭け事は禁止されていません」

「は? 僕はこの国の王子だよ。法律より僕の方が正しいの!」

 今日も全開で国家権力乱用だ。

「ヴィンス、行けよ。……めんどいから」

 隣に座っているギイが、同僚の脇腹を肘でつついて退席を促す。
 ……いい手が来てたのに……。
 ヴィンセントはカードを伏せてテーブルに置くと、席を立った。

◆ ◇ ◆ ◇

「で、どういうご用件でしょうか、セドリック殿下」

 本部建物を出たところで、ヴィンセントが切り出す。
 正直、内容は察しがついていた。セドリックが怒鳴り込んで来るなんて、フルールのこと以外ではありえない。ブランジェ兄妹と王子二人は子供の頃からの付き合いだ。セドリックが兄の婚約者に横恋慕していたことはよく知っている。……自分もだが。
 しかし、前回の辺境伯の求婚騒ぎの時は、フルールが断ったことで一応丸く収まった。だからしばらくは問題は起きないだろうと高を括っていたのだが……。

 ――彼の妹は、また予想外の行動力を発揮していた。

「ヴィンセント卿、僕訊いたよね? 君はどうするのかって」

「……ええ」

「じゃあ、あれからフルールに何かした? 何もしてないでしょう!」

 キャンキャン吠え立ててくるセドリックに、ヴィンセントは煩わしげに眉を寄せる。そんなこと、他人に指図される謂れはない。

「私には私の考えがあります。フルールも色々と大変でしたから、彼女にも少し考える時間を与えて……」

「そんな悠長な態度だから、フルールは使節団に入るなんて言い出したんじゃないか!」

 セドリックの甲高い怒鳴り声に、ヴィンセントは呼吸を止めた。
 そして……王子の言葉に驚愕したのは、騎士だけではなかった。
 バサバサっと書類の落ちる音に、セドリックは振り返った。
 ここは騎士団本部前、城門にほど近い建物のすぐ側には、王城へと続く整地された道が敷かれている。つまり、不特定多数が行き交う場所だ。
 だから彼がこの場を通りかかったのも……偶然であり、必然だった。

「……今の話は、本当でしょうか?」

 足元に散らばった書類が風に吹かれて空に舞う。
 震える声で尋ねたのは、仕立てのいいジャケットを着た、背の高い黒髪の青年。
 ……ユージーン・セロー侯爵だった。
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