58 / 76
58、三つ巴(1)
しおりを挟む
その日は、ヴィンセント・ブランジェにとってごくありふれた一日だった。
朝から軍の上層部会議に出席し、その後は馬上訓練に汗を流し、そして今、休憩時間に騎士団本部の談話室で仲間とカードゲームに興じている。
上級士官である騎士の、退屈なルーティーン――
「ちょっと! ヴィンセント卿いる!?」
――を打ち破ったのか、前回同様第二王子のセドリックだった。
ドカンと談話室のドアを蹴破った王族の子供は、円卓を囲んでカードを広げる騎士達を睨みつけた。
「何、昼間っから賭博に耽ってるの? 全員営倉にぶち込むよ!」
手を腰に当ててふんぞり返るセドリックに、背後に控えていたマティアスが無表情でツッコむ。
「殿下、今は休憩時間で、この国では賭け事は禁止されていません」
「は? 僕はこの国の王子だよ。法律より僕の方が正しいの!」
今日も全開で国家権力乱用だ。
「ヴィンス、行けよ。……めんどいから」
隣に座っているギイが、同僚の脇腹を肘でつついて退席を促す。
……いい手が来てたのに……。
ヴィンセントはカードを伏せてテーブルに置くと、席を立った。
◆ ◇ ◆ ◇
「で、どういうご用件でしょうか、セドリック殿下」
本部建物を出たところで、ヴィンセントが切り出す。
正直、内容は察しがついていた。セドリックが怒鳴り込んで来るなんて、フルールのこと以外ではありえない。ブランジェ兄妹と王子二人は子供の頃からの付き合いだ。セドリックが兄の婚約者に横恋慕していたことはよく知っている。……自分もだが。
しかし、前回の辺境伯の求婚騒ぎの時は、フルールが断ったことで一応丸く収まった。だからしばらくは問題は起きないだろうと高を括っていたのだが……。
――彼の妹は、また予想外の行動力を発揮していた。
「ヴィンセント卿、僕訊いたよね? 君はどうするのかって」
「……ええ」
「じゃあ、あれからフルールに何かした? 何もしてないでしょう!」
キャンキャン吠え立ててくるセドリックに、ヴィンセントは煩わしげに眉を寄せる。そんなこと、他人に指図される謂れはない。
「私には私の考えがあります。フルールも色々と大変でしたから、彼女にも少し考える時間を与えて……」
「そんな悠長な態度だから、フルールは使節団に入るなんて言い出したんじゃないか!」
セドリックの甲高い怒鳴り声に、ヴィンセントは呼吸を止めた。
そして……王子の言葉に驚愕したのは、騎士だけではなかった。
バサバサっと書類の落ちる音に、セドリックは振り返った。
ここは騎士団本部前、城門にほど近い建物のすぐ側には、王城へと続く整地された道が敷かれている。つまり、不特定多数が行き交う場所だ。
だから彼がこの場を通りかかったのも……偶然であり、必然だった。
「……今の話は、本当でしょうか?」
足元に散らばった書類が風に吹かれて空に舞う。
震える声で尋ねたのは、仕立てのいいジャケットを着た、背の高い黒髪の青年。
……ユージーン・セロー侯爵だった。
朝から軍の上層部会議に出席し、その後は馬上訓練に汗を流し、そして今、休憩時間に騎士団本部の談話室で仲間とカードゲームに興じている。
上級士官である騎士の、退屈なルーティーン――
「ちょっと! ヴィンセント卿いる!?」
――を打ち破ったのか、前回同様第二王子のセドリックだった。
ドカンと談話室のドアを蹴破った王族の子供は、円卓を囲んでカードを広げる騎士達を睨みつけた。
「何、昼間っから賭博に耽ってるの? 全員営倉にぶち込むよ!」
手を腰に当ててふんぞり返るセドリックに、背後に控えていたマティアスが無表情でツッコむ。
「殿下、今は休憩時間で、この国では賭け事は禁止されていません」
「は? 僕はこの国の王子だよ。法律より僕の方が正しいの!」
今日も全開で国家権力乱用だ。
「ヴィンス、行けよ。……めんどいから」
隣に座っているギイが、同僚の脇腹を肘でつついて退席を促す。
……いい手が来てたのに……。
ヴィンセントはカードを伏せてテーブルに置くと、席を立った。
◆ ◇ ◆ ◇
「で、どういうご用件でしょうか、セドリック殿下」
本部建物を出たところで、ヴィンセントが切り出す。
正直、内容は察しがついていた。セドリックが怒鳴り込んで来るなんて、フルールのこと以外ではありえない。ブランジェ兄妹と王子二人は子供の頃からの付き合いだ。セドリックが兄の婚約者に横恋慕していたことはよく知っている。……自分もだが。
しかし、前回の辺境伯の求婚騒ぎの時は、フルールが断ったことで一応丸く収まった。だからしばらくは問題は起きないだろうと高を括っていたのだが……。
――彼の妹は、また予想外の行動力を発揮していた。
「ヴィンセント卿、僕訊いたよね? 君はどうするのかって」
「……ええ」
「じゃあ、あれからフルールに何かした? 何もしてないでしょう!」
キャンキャン吠え立ててくるセドリックに、ヴィンセントは煩わしげに眉を寄せる。そんなこと、他人に指図される謂れはない。
「私には私の考えがあります。フルールも色々と大変でしたから、彼女にも少し考える時間を与えて……」
「そんな悠長な態度だから、フルールは使節団に入るなんて言い出したんじゃないか!」
セドリックの甲高い怒鳴り声に、ヴィンセントは呼吸を止めた。
そして……王子の言葉に驚愕したのは、騎士だけではなかった。
バサバサっと書類の落ちる音に、セドリックは振り返った。
ここは騎士団本部前、城門にほど近い建物のすぐ側には、王城へと続く整地された道が敷かれている。つまり、不特定多数が行き交う場所だ。
だから彼がこの場を通りかかったのも……偶然であり、必然だった。
「……今の話は、本当でしょうか?」
足元に散らばった書類が風に吹かれて空に舞う。
震える声で尋ねたのは、仕立てのいいジャケットを着た、背の高い黒髪の青年。
……ユージーン・セロー侯爵だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4,083
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる