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56、天啓(1)
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開け放たれたままのドアをノックして、フルールは室内を覗き込んだ。
「ごきげんよう、エリカ殿下」
国王の従妹である壮年の女性は、鷹揚に振り返った。
「フルール、いらっしゃい。どうぞ入って」
「え、ええ……。お邪魔いたします」
そう返事したものの、フルールは尻込みしてしまう。だって……いつもシックで整理整頓の行き届いた彼女の部屋に、今日は大きなトランクや季節がバラバラな服や靴が溢れかえっていたのだから。
「えっと、このお部屋だけハリケーンが通過したのですか?」
そんな惨状だ。
戸惑う公爵令嬢に、王族の姫はあっけらかんと笑う。
「ちょっと荷物を整理していただけよ」
整理というよりは、散らかしているようにしか見えない。
「模様替えですか?」
「いいえ、しばらく留守にするから、必要な物を纏めていたの」
「留守?」
「ところでフルール、ご用は何?」
エリカに促されて、フルールは手にしていた小箱を差し出した。
「この前お話していた、我が領地のパステルです」
「ああ! ありがとう」
受け取った王従妹は早速箱を開ける。中には色とりどりの砂を棒状に固めた着彩道具が。
「これなら持ち運びやすいわね。旅のお伴に丁度いいわ。ありがとう、フルール」
ほくほくと革のトランクにパステルを詰めるエリカに、フルールはきょとんと首を捻った。
「エリカ殿下、旅行に行かれるのですか?」
「あら、言ってなかったかしら?」
彼女は当然のように、
「ほら、昔からクワントより南側の大陸諸国では紛争が絶えなかったじゃない?」
「はい」
そのうちの一国が若かりし頃のエリカの嫁ぎ先だ。
「それが、ここ十年ほどは情勢が安定してきて、クワント王国も南側と外交を始めようって話が出てきたのよ」
「まあ」
世界が平和になってきたのは喜ばしいことだ。
「それに先駆けて、クワントは長年国交断絶していた南側諸国に使節団を派遣することになったの。そして、わたくしが使節団の全権大使に任命されたのよ!」
「……はい?」
フルールは、驚きに目を見開いた。
「エリカ様が? 全権大使……ですか?」
「そうよ。だってこの国では、わたくしが一番南側情勢に詳しいもの。専門技術者や学生を百人も率いて各国を回るのよ。すごいでしょ!」
誇らしげな壮年の女性の姿に、フルールは心に凝り固まっていた概念が溶けていくのを感じた。吹き込んできた新しい風を、胸いっぱいに吸い込む。
――新しいことを始めるのに、年も性別も、身分すら関係ない。
(ああ……これだ)
フルールはやっと理解した。
雷のように突然自分に舞い降りた天啓。
思うより先に、フルールの口は動いていた。
「エリカ殿下、わたくしもその使節団に同行させてください!」
「ごきげんよう、エリカ殿下」
国王の従妹である壮年の女性は、鷹揚に振り返った。
「フルール、いらっしゃい。どうぞ入って」
「え、ええ……。お邪魔いたします」
そう返事したものの、フルールは尻込みしてしまう。だって……いつもシックで整理整頓の行き届いた彼女の部屋に、今日は大きなトランクや季節がバラバラな服や靴が溢れかえっていたのだから。
「えっと、このお部屋だけハリケーンが通過したのですか?」
そんな惨状だ。
戸惑う公爵令嬢に、王族の姫はあっけらかんと笑う。
「ちょっと荷物を整理していただけよ」
整理というよりは、散らかしているようにしか見えない。
「模様替えですか?」
「いいえ、しばらく留守にするから、必要な物を纏めていたの」
「留守?」
「ところでフルール、ご用は何?」
エリカに促されて、フルールは手にしていた小箱を差し出した。
「この前お話していた、我が領地のパステルです」
「ああ! ありがとう」
受け取った王従妹は早速箱を開ける。中には色とりどりの砂を棒状に固めた着彩道具が。
「これなら持ち運びやすいわね。旅のお伴に丁度いいわ。ありがとう、フルール」
ほくほくと革のトランクにパステルを詰めるエリカに、フルールはきょとんと首を捻った。
「エリカ殿下、旅行に行かれるのですか?」
「あら、言ってなかったかしら?」
彼女は当然のように、
「ほら、昔からクワントより南側の大陸諸国では紛争が絶えなかったじゃない?」
「はい」
そのうちの一国が若かりし頃のエリカの嫁ぎ先だ。
「それが、ここ十年ほどは情勢が安定してきて、クワント王国も南側と外交を始めようって話が出てきたのよ」
「まあ」
世界が平和になってきたのは喜ばしいことだ。
「それに先駆けて、クワントは長年国交断絶していた南側諸国に使節団を派遣することになったの。そして、わたくしが使節団の全権大使に任命されたのよ!」
「……はい?」
フルールは、驚きに目を見開いた。
「エリカ様が? 全権大使……ですか?」
「そうよ。だってこの国では、わたくしが一番南側情勢に詳しいもの。専門技術者や学生を百人も率いて各国を回るのよ。すごいでしょ!」
誇らしげな壮年の女性の姿に、フルールは心に凝り固まっていた概念が溶けていくのを感じた。吹き込んできた新しい風を、胸いっぱいに吸い込む。
――新しいことを始めるのに、年も性別も、身分すら関係ない。
(ああ……これだ)
フルールはやっと理解した。
雷のように突然自分に舞い降りた天啓。
思うより先に、フルールの口は動いていた。
「エリカ殿下、わたくしもその使節団に同行させてください!」
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