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53、グレゴリーの来訪(3)

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 フルールはゆっくり瞬きして気を落ち着かせてから、グレゴリーの目を見た。

「それは、元老院の決定でしょうか?」

「いや」

 彼は一つ首を振って、ティーカップをソーサーに戻した。

「廃嫡の申立は無効になったよ。今朝、元老院が決議に入る前に、僕が父上に王太子位の返上とクワント王家からの離籍を願い出て承認されたからね」

「そうでしたの……」

 フルールはなんと言っていいか解らず、それだけを返した。
 グレゴリーが自ら王族の地位を手放したのであれば、外部から強制的に奪い取ることはできなくなる。
 廃嫡と離籍。これは結果は同じでも、意味が大きく違ってくる。
 王国の歴史は文字として未来まで遺るもの。クワント王家の系譜のグレゴリーの欄に『廃嫡』と刻まれるか、それとも『離籍』と書かれるかでは、彼の後世での評価が変わる。

「お聞きしてよろしいですか?」

 ん? と顔を上げたグレゴリーに、フルールは直球で、

「離籍は、セドリック殿下のご提案でしょうか?」

 何も答えず僅かに口角を上げた元王太子に、元王太子妃候補は是と捉えた。
 廃嫡決議が出る前に、自分から王太子位を返上するよう兄に促したのは、弟だ。それは兄の名誉を……クワント王家の名声を護るため。
 しかし、意固地なグレゴリーに自ら王位継承権を捨てさせるためには、廃嫡申立でギリギリまで追い詰めるしかなかった。
 セドリックは王家――ひいては王国――の害悪になりかねない兄を切り捨てるために最善の策を講じた。
 それが……ブランジェ公爵の支持するセドリックの『王の資質』なのだろう。

「……グレゴリー様は、これからどうなさるおつもりですか?」

 尋ねずにはいられなかったフルールに、彼は微かに笑う。

「生前分与で多少の纏まった現金と、母方の領地の荘園を一つ貰えることになったんだ。それを管理しながら静かに暮らすよ。グレゴリー・クワントではない、別の誰かになって」

 王妃は高級果樹の生産地の出身だ。荘園の運営だけで、一生食うに困らない生活ができるだろう。……あくまで庶民の生活水準でだが。
 廃嫡になれば、国王夫妻もグレゴリーに温情をかけにくい。自らクワント姓から離籍して反省の態度を見せたことで、王妃も縁を切る息子への餞別を渡しやすくなったわけだ。

 ……結局全部、セドリックの掌の上だ。

 グレゴリーは上目遣いにちらりとフルールの顔色を窺い、

「それで、荘園には……メロディを連れて行こうと思うんだ」

「まあ!」

 忘れていた存在に、公爵令嬢は驚きの声を上げた。

「王宮でフルールに拒絶され、セドリックに叱られて……。廃嫡審議が始まってから、色々考えていたんだ」

 元王太子はぽつりぽつりと話す。

「僕は君との婚約破棄がこんなに大事になるとは思っていなかった。だってフルールはいつだって穏やかで落ち着いていて。……卒業パーティーの時だって、泣きもしなかったから」

 フルールは黙って耳を傾ける。

「昔から、僕は君と比べられていた。セドリックが生まれてからは、弟とも。君達は肩書がなくったって優秀で、僕は王太子じゃなかったら、ただの平凡な子供だ」

 学園では常に成績が一位だったフルール。それは、グレゴリーの上に立っているということ。
 この国で国王の次に尊い存在であるはずの彼は、自分より出来の良い婚約者に劣等感を募らせていた。

 そんな時に出会ったのが……メロディ・スペック男爵令嬢だった。
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