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49、真夜中の告白(2)
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「俺は君とは一緒になれない。他の人を想いながら別の誰かと結婚するなんて器用な真似、俺には無理だよ」
絡められた腕を解き、押し戻そうとするエリックに、カトリーナは必死に追いすがる。
「どうして? 想いを伝えられない人を一生想い続けるなんてバカみたい! あたしなら、抱きしめて、キスして、いっぱい愛してあげられるのに。周りからも祝福されて、幸せになれるのに。あんたがどんなに想ったて、あんたと彼女が結ばれることはないのに!」
悲痛な声に耳を覆いたくなる。それでもフルールは動けない。
「……最初から、そのつもりだよ」
冷静なエリックの声が返ってくる。
「想いを伝える必要も、触れることも、結ばれることも最初から考えていない。ただ俺は、ずっとあの方のお側にいたいだけ。それが出来るなら、他に何もいらない」
カトリーナの息を飲む音が聞こえる。
「あたしも、いらないの?」
「……すまない」
エリックの語尾に、パンッと頬を張る衝撃音が重なった。
「バカな人。そうやってずっと独りでいるといいわ」
怒った足音が、廊下の奥へと消えていく。
壁には俯いた男の影が一つだけ、取り残されて蟠っている。
……息が苦しい。足が震える。
フルールは必死で音を立てないように注意しながら、這うように寝室に戻った。
◆ ◇ ◆ ◇
室内履きを揃えもせずに脱ぎ捨てると、ベッドに滑り込む。毛布に包まりきつく目を閉じる。
やっぱり睡魔は襲ってこないけど、起きていると先程の光景ばかりが蘇るので、どうにか思考を余所へと移したかった。
(エリックがあんなことを……)
自分を『俺』と言うところも、初めて聞いた。カトリーナと話していた彼は……フルールの知っている執事とはまるで別人だった。
(エリックの想い人って……)
考えてしまって、シーツの中でふるふると首を振る。盗み聞きした罪悪感で、胸が張り裂けそうだ。
……眠ってしまおう。朝になれば、きっと忘れて……。
「お嬢様?」
キイッ……と扉が薄く開いて、フルールは身を強張らせる。
真夜中の令嬢の寝室に……エリックが侵入してきたのだ。
「フルールお嬢様、起きてらっしゃるんですか?」
囁く声で尋ねられる。
フルールはパニック寸前だ。
なんで? なぜエリックが?
使用人が夜回りするのは当たり前だが、わざわざ室内に入ってくることなんてないのに。
静かに絨毯を喰む足音が近づいてくる。
フルールは必死で寝たふりをする。今、言葉を交わしたら、絶対に余計なことを言ってしまいそうだ。
でも、どうして部屋に……?
目を瞑ったまま神経を研ぎ澄まし、エリックの一挙手一投足に気を配っていると……。
不意にトンッと、サイドテーブルに硬い物が置かれた。
(……あっ)
薄目で確認して、血の気が引く。それは……クリスタルガラスの水差しだ。
うっかり廊下に置いてきた容器には、なみなみと新鮮な水が満たされている。
これを見つけて、執事は令嬢の安否を確認に来たのだ。
フルールは自分の失態に暴れたい気持ちを抑え、必死に寝たふりを続ける。
エリックはベッドの下にお行儀悪く散らばった室内履きを揃えると、そっと令嬢の肩に毛布を掛け直した。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
誰も見ていないのに深々と一礼し、執事は寝室を辞する。
残されたフルールは……、
「ふあぁ……」
ぐったりと溶けるように脱力した。
……そして令嬢は、そのまま夢も見ずに深い眠りに就いたのだった。
絡められた腕を解き、押し戻そうとするエリックに、カトリーナは必死に追いすがる。
「どうして? 想いを伝えられない人を一生想い続けるなんてバカみたい! あたしなら、抱きしめて、キスして、いっぱい愛してあげられるのに。周りからも祝福されて、幸せになれるのに。あんたがどんなに想ったて、あんたと彼女が結ばれることはないのに!」
悲痛な声に耳を覆いたくなる。それでもフルールは動けない。
「……最初から、そのつもりだよ」
冷静なエリックの声が返ってくる。
「想いを伝える必要も、触れることも、結ばれることも最初から考えていない。ただ俺は、ずっとあの方のお側にいたいだけ。それが出来るなら、他に何もいらない」
カトリーナの息を飲む音が聞こえる。
「あたしも、いらないの?」
「……すまない」
エリックの語尾に、パンッと頬を張る衝撃音が重なった。
「バカな人。そうやってずっと独りでいるといいわ」
怒った足音が、廊下の奥へと消えていく。
壁には俯いた男の影が一つだけ、取り残されて蟠っている。
……息が苦しい。足が震える。
フルールは必死で音を立てないように注意しながら、這うように寝室に戻った。
◆ ◇ ◆ ◇
室内履きを揃えもせずに脱ぎ捨てると、ベッドに滑り込む。毛布に包まりきつく目を閉じる。
やっぱり睡魔は襲ってこないけど、起きていると先程の光景ばかりが蘇るので、どうにか思考を余所へと移したかった。
(エリックがあんなことを……)
自分を『俺』と言うところも、初めて聞いた。カトリーナと話していた彼は……フルールの知っている執事とはまるで別人だった。
(エリックの想い人って……)
考えてしまって、シーツの中でふるふると首を振る。盗み聞きした罪悪感で、胸が張り裂けそうだ。
……眠ってしまおう。朝になれば、きっと忘れて……。
「お嬢様?」
キイッ……と扉が薄く開いて、フルールは身を強張らせる。
真夜中の令嬢の寝室に……エリックが侵入してきたのだ。
「フルールお嬢様、起きてらっしゃるんですか?」
囁く声で尋ねられる。
フルールはパニック寸前だ。
なんで? なぜエリックが?
使用人が夜回りするのは当たり前だが、わざわざ室内に入ってくることなんてないのに。
静かに絨毯を喰む足音が近づいてくる。
フルールは必死で寝たふりをする。今、言葉を交わしたら、絶対に余計なことを言ってしまいそうだ。
でも、どうして部屋に……?
目を瞑ったまま神経を研ぎ澄まし、エリックの一挙手一投足に気を配っていると……。
不意にトンッと、サイドテーブルに硬い物が置かれた。
(……あっ)
薄目で確認して、血の気が引く。それは……クリスタルガラスの水差しだ。
うっかり廊下に置いてきた容器には、なみなみと新鮮な水が満たされている。
これを見つけて、執事は令嬢の安否を確認に来たのだ。
フルールは自分の失態に暴れたい気持ちを抑え、必死に寝たふりを続ける。
エリックはベッドの下にお行儀悪く散らばった室内履きを揃えると、そっと令嬢の肩に毛布を掛け直した。
「おやすみなさいませ、お嬢様」
誰も見ていないのに深々と一礼し、執事は寝室を辞する。
残されたフルールは……、
「ふあぁ……」
ぐったりと溶けるように脱力した。
……そして令嬢は、そのまま夢も見ずに深い眠りに就いたのだった。
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