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47、ネイトの求婚(2)
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フルールはゆっくり瞬きすると、ネイトの目を見て微笑んだ。
「わたくし、学園のお勉強の中で、ネイト様の授業が一番好きでしたの」
静かに語り出す。
「麗らかで心躍る詩を書いた作者が、実は壮絶な人生を送っていたり。悲しく美しい一途な純愛を生み出した作者が十人の愛人を持つ恋多き方だったり。同じ単語でも場面によって楽しい意味と恐ろしい意味があったり。人や物事は見る角度によってまったく違う感じ方をするのだと知りました」
繋がれた手の温もりを真摯に感じる。
「ネイト様と行けば、わたくしはきっと幸せにしてもらえると思います」
自分から彼の手を握り返す。
「わたくしはずっと、決められた道を歩いてきました。何の疑いも持たず、何も考えず。その道が途切れてしまってからは、色々自分で考えなくてはならないことばかりで、どこかへ逃げてしまいたいと思っていました。だから、ネイト様が逃げてもいいと言ってくださった時は嬉しかった。でも……」
しっかり顔を上げて、言葉を紡ぐ。
「わたくしはもう、逃げたくないのです」
ネイトは驚いたように眉を上げた。
「これからどの道を行こうとも、逃げるのではなく自分で選んで前進したいのです。今、ネイト様のお誘いを受けてしまったら、わたくしはネイト様を現状から逃げる口実にしてしまう。だからこの話はお受けできません」
最後まで目を離さずに言い切る。
手を離そうとしたフルールの手を、ネイトは繋ぎ止める。
「それでもいいと言ったら? 貴女を手に入れられるなら、私は喜んで貴女の逃げる口実になります」
縋るような声に、困ったように微笑む。
「ネイト様は本当にお優しい」
本心でそう思う。泣き出したくなるのを、ぐっと堪える。
「わたくしは貴方が与えてくださる愛情に、同じ気持ちでお応えすることができません。だからわたくしは……ネイト様と結婚できません」
ネイトには非はない。むしろこの上なく素晴らしい人だと思う。フルールはネイトを心から尊敬している。
ただ……恋ではなかったというだけ。
最後まではっきりと自分の意思を述べた元生徒に、元教師は眩しげに目を細め――
「フルールさんとは……もっと早く、別の形で出会いたかった」
――頬に触れるだけのキスをして、その手を離した。
「戻りましょうか。私がフルールさんを拐かしたと騒がれる前に」
冗談めかした口調のネイトに、フルールは努めで笑顔で頷く。
振った方も胸が痛くて仕方がないのだから、振られた方はもっとダメージが大きいはずなのに……。
ネイトはこういうところが紳士で……フルールが敵わないくらい大人だ。
「機会があればぜひうちの領地に遊びに来てください。賓客としておもてなししますよ。風光明媚ないいところです」
田舎の柵が嫌で逃げ出したという跡取りが、観光推進する。
「ええ、ぜひ」
いつかそんな未来がくればいいなと思いつつ、フルールはネイトに速度を合わせてのんびりと馬を走らせた。
「わたくし、学園のお勉強の中で、ネイト様の授業が一番好きでしたの」
静かに語り出す。
「麗らかで心躍る詩を書いた作者が、実は壮絶な人生を送っていたり。悲しく美しい一途な純愛を生み出した作者が十人の愛人を持つ恋多き方だったり。同じ単語でも場面によって楽しい意味と恐ろしい意味があったり。人や物事は見る角度によってまったく違う感じ方をするのだと知りました」
繋がれた手の温もりを真摯に感じる。
「ネイト様と行けば、わたくしはきっと幸せにしてもらえると思います」
自分から彼の手を握り返す。
「わたくしはずっと、決められた道を歩いてきました。何の疑いも持たず、何も考えず。その道が途切れてしまってからは、色々自分で考えなくてはならないことばかりで、どこかへ逃げてしまいたいと思っていました。だから、ネイト様が逃げてもいいと言ってくださった時は嬉しかった。でも……」
しっかり顔を上げて、言葉を紡ぐ。
「わたくしはもう、逃げたくないのです」
ネイトは驚いたように眉を上げた。
「これからどの道を行こうとも、逃げるのではなく自分で選んで前進したいのです。今、ネイト様のお誘いを受けてしまったら、わたくしはネイト様を現状から逃げる口実にしてしまう。だからこの話はお受けできません」
最後まで目を離さずに言い切る。
手を離そうとしたフルールの手を、ネイトは繋ぎ止める。
「それでもいいと言ったら? 貴女を手に入れられるなら、私は喜んで貴女の逃げる口実になります」
縋るような声に、困ったように微笑む。
「ネイト様は本当にお優しい」
本心でそう思う。泣き出したくなるのを、ぐっと堪える。
「わたくしは貴方が与えてくださる愛情に、同じ気持ちでお応えすることができません。だからわたくしは……ネイト様と結婚できません」
ネイトには非はない。むしろこの上なく素晴らしい人だと思う。フルールはネイトを心から尊敬している。
ただ……恋ではなかったというだけ。
最後まではっきりと自分の意思を述べた元生徒に、元教師は眩しげに目を細め――
「フルールさんとは……もっと早く、別の形で出会いたかった」
――頬に触れるだけのキスをして、その手を離した。
「戻りましょうか。私がフルールさんを拐かしたと騒がれる前に」
冗談めかした口調のネイトに、フルールは努めで笑顔で頷く。
振った方も胸が痛くて仕方がないのだから、振られた方はもっとダメージが大きいはずなのに……。
ネイトはこういうところが紳士で……フルールが敵わないくらい大人だ。
「機会があればぜひうちの領地に遊びに来てください。賓客としておもてなししますよ。風光明媚ないいところです」
田舎の柵が嫌で逃げ出したという跡取りが、観光推進する。
「ええ、ぜひ」
いつかそんな未来がくればいいなと思いつつ、フルールはネイトに速度を合わせてのんびりと馬を走らせた。
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