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46、ネイトの求婚(1)
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ある晴れた日。
ブランジェ夫妻と娘のフルールは、王都の郊外にある旅荘に招かれた。ブランジェ邸よりややこぢんまりとした建物は、王都に屋敷を持たないシンクレア家の定宿で、王都滞在中は一軒まるごと貸し切って過ごしているそうだ。
「本日は愚息のためにご足労頂きありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、お招き感謝致します、ジェフリー卿」
「レディ・ミランダ、相変わらずお美しい! アルフォンス卿が羨ましいですぞ」
「あらあら、嬉しいこと。ジェフリー様もお変わりなく」
応接室で、旧知らしき親世代が昔話に花を咲かす。最近はめっきり領地から出てこない先代シンクレア辺境伯も、若い頃は王都で暮らしていたという。
今日は親族を通しての、ネイトとフルールのお見合いの場なのだが……。
「父達は父達で積もる話もあるでしょうし、私達は散歩でもしてきましょうか」
挨拶もそこそこに盛り上がり始めた親世代に、ニコニコと父親の隣に座っていたネイトが席を立つ。
「おお、そうだな。若い者同士、気兼ねなく。ネイト、フルール嬢に粗相のないようにな」
「子供扱いはやめてください。今は私が家長ですよ」
尊大な先代辺境伯を窘めて、ネイトはブランジェ夫妻に一礼する。
「お嬢様をお連れしてもよろしいですか?」
「ああ、よろしく」
アルフォンスの返事にフルールも席を立ち、大人達にお辞儀をしてネイトに続いて部屋を出た。
「少し遠出をしましょうか」
ドアを締めてから、ネイトがそっと囁く。相変わらずの美声に、囁かれた耳が熱くなる。
「遠出ですか?」
聞き返すフルールに、彼は悪戯っぽく微笑んだ。
「なぁに、軽い逃避行ですよ」
◆ ◇ ◆ ◇
金色の髪が、光のヴェールのように棚引く。
頬をかすめる風、弾む振動が心地好い。
「わぁ……っ!」
拓けた視界に広がる青と緑のコントラストに、フルールは感嘆の声を上げ、手綱を引いた。
王都を出て街道沿いに南へ数分。彼女はネイトに連れられて小高い丘の上に来ていた。
「先に言ってくだされば、乗馬服で来ましたのに」
栗毛の馬から下りながら、フルールはちょっぴり呆れた風に呟く。
散歩と称して旅荘を出ると、玄関に馬が用意してあった時は驚いた。彼女の今日の格好はお出かけ用の上品なワンピース。婦人用の横乗り鞍がついていたからスカートでも問題なく乗れたが、思い切り走るなら乗馬ズボンの方が良い。
「ちょっと驚かせようと思いまして」
悪びれない口調で、ネイトも黒馬を下りる。
「でも、初めての馬でも難なく乗りこなすのだから、さすがです」
「この子がいい子だからですわ」
栗毛の馬の首を撫でながら微笑むフルールに、元教師は苦笑する。
「ご謙遜を。貴女は男子生徒より乗馬の成績が良かった」
貴族子女の通う学園には乗馬の授業もある。必須科目ではなかったが、フルールは好んで乗馬の授業を選択していた。
「最近は馬車移動ばかりで馬に跨ることがなかったので、久しぶりに楽しかったです。それにわたくし、ネイト様が馬に乗るところを初めて見ましたわ」
彼は詩文学の教師、運動系の科目には縁がないイメージだ。
「シンクレア領の民は、誰でも馬に乗れますよ。男も女も子供も。乳母車より先に馬に乗るくらい」
嘯く領主に、元生徒は「まあ凄い!」と大仰に驚く。
長い金髪を涼しい風に泳がせながら、フルールは遠くを見つめた。
「王都の近くにこんな景色のいい場所があるなんて知らなかっです」
どこまでも続く緑の草原と青い空。最近引き籠もり気味だった彼女は、開放感に目一杯深呼吸する。
「ここは私の故郷に似てます」
額に落ち掛かる髪を払い、ネイトはそよぐ風に目を細める。
「春には色とりどりの花、夏には青々とした草木、秋には黄金色の麦の穂、冬には真っ白な雪。季節毎に美しい景色が大地を染め上げる」
歌うような艶のある声に、フルールは遥か彼方の幻想的な風景を思い浮かべる。
「素敵なところなのですね」
「ええ」
ネイトは柔らかく微笑むと、
「フルールさん、貴女は誰も知らないどこかへ行きたいと言っていましたね」
向かい合わせになって、彼女の両手を取った。
「私がそれを叶えます。一緒にシンクレア領に行きましょう」
ブランジェ夫妻と娘のフルールは、王都の郊外にある旅荘に招かれた。ブランジェ邸よりややこぢんまりとした建物は、王都に屋敷を持たないシンクレア家の定宿で、王都滞在中は一軒まるごと貸し切って過ごしているそうだ。
「本日は愚息のためにご足労頂きありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、お招き感謝致します、ジェフリー卿」
「レディ・ミランダ、相変わらずお美しい! アルフォンス卿が羨ましいですぞ」
「あらあら、嬉しいこと。ジェフリー様もお変わりなく」
応接室で、旧知らしき親世代が昔話に花を咲かす。最近はめっきり領地から出てこない先代シンクレア辺境伯も、若い頃は王都で暮らしていたという。
今日は親族を通しての、ネイトとフルールのお見合いの場なのだが……。
「父達は父達で積もる話もあるでしょうし、私達は散歩でもしてきましょうか」
挨拶もそこそこに盛り上がり始めた親世代に、ニコニコと父親の隣に座っていたネイトが席を立つ。
「おお、そうだな。若い者同士、気兼ねなく。ネイト、フルール嬢に粗相のないようにな」
「子供扱いはやめてください。今は私が家長ですよ」
尊大な先代辺境伯を窘めて、ネイトはブランジェ夫妻に一礼する。
「お嬢様をお連れしてもよろしいですか?」
「ああ、よろしく」
アルフォンスの返事にフルールも席を立ち、大人達にお辞儀をしてネイトに続いて部屋を出た。
「少し遠出をしましょうか」
ドアを締めてから、ネイトがそっと囁く。相変わらずの美声に、囁かれた耳が熱くなる。
「遠出ですか?」
聞き返すフルールに、彼は悪戯っぽく微笑んだ。
「なぁに、軽い逃避行ですよ」
◆ ◇ ◆ ◇
金色の髪が、光のヴェールのように棚引く。
頬をかすめる風、弾む振動が心地好い。
「わぁ……っ!」
拓けた視界に広がる青と緑のコントラストに、フルールは感嘆の声を上げ、手綱を引いた。
王都を出て街道沿いに南へ数分。彼女はネイトに連れられて小高い丘の上に来ていた。
「先に言ってくだされば、乗馬服で来ましたのに」
栗毛の馬から下りながら、フルールはちょっぴり呆れた風に呟く。
散歩と称して旅荘を出ると、玄関に馬が用意してあった時は驚いた。彼女の今日の格好はお出かけ用の上品なワンピース。婦人用の横乗り鞍がついていたからスカートでも問題なく乗れたが、思い切り走るなら乗馬ズボンの方が良い。
「ちょっと驚かせようと思いまして」
悪びれない口調で、ネイトも黒馬を下りる。
「でも、初めての馬でも難なく乗りこなすのだから、さすがです」
「この子がいい子だからですわ」
栗毛の馬の首を撫でながら微笑むフルールに、元教師は苦笑する。
「ご謙遜を。貴女は男子生徒より乗馬の成績が良かった」
貴族子女の通う学園には乗馬の授業もある。必須科目ではなかったが、フルールは好んで乗馬の授業を選択していた。
「最近は馬車移動ばかりで馬に跨ることがなかったので、久しぶりに楽しかったです。それにわたくし、ネイト様が馬に乗るところを初めて見ましたわ」
彼は詩文学の教師、運動系の科目には縁がないイメージだ。
「シンクレア領の民は、誰でも馬に乗れますよ。男も女も子供も。乳母車より先に馬に乗るくらい」
嘯く領主に、元生徒は「まあ凄い!」と大仰に驚く。
長い金髪を涼しい風に泳がせながら、フルールは遠くを見つめた。
「王都の近くにこんな景色のいい場所があるなんて知らなかっです」
どこまでも続く緑の草原と青い空。最近引き籠もり気味だった彼女は、開放感に目一杯深呼吸する。
「ここは私の故郷に似てます」
額に落ち掛かる髪を払い、ネイトはそよぐ風に目を細める。
「春には色とりどりの花、夏には青々とした草木、秋には黄金色の麦の穂、冬には真っ白な雪。季節毎に美しい景色が大地を染め上げる」
歌うような艶のある声に、フルールは遥か彼方の幻想的な風景を思い浮かべる。
「素敵なところなのですね」
「ええ」
ネイトは柔らかく微笑むと、
「フルールさん、貴女は誰も知らないどこかへ行きたいと言っていましたね」
向かい合わせになって、彼女の両手を取った。
「私がそれを叶えます。一緒にシンクレア領に行きましょう」
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