上 下
40 / 76

40、それぞれの思惑(1)

しおりを挟む
「てあっ!」

 気合とともにヴィンセントが木剣を振り下ろす。

「むぅっ」

 ギイはそれを自分の木剣で受け止め競り合いながら、力任せに押し戻す。
 一歩飛び退いたヴィンセントは、体勢を立て直すと、切っ先を突きつけるように構えて同僚に突進した。

「わっ、わっ、ひっ!」

 ギイは右に左に打ち出される剣戟を辛うじて躱しながら、ヴィンセントとの間合いを図る。

「ふん!」

 ヴィンセントの鋭い一閃を刃を滑らせていなし、

「うりゃ!」

 今度はギイが金髪の同僚の喉元目掛けて剣を突き出す。
 公爵家の嫡男はそれを仰け反って避けながら、長い足を跳ね上げ、ギイの胴に蹴りを叩き込む。

「げっ! キックは反則!」

「そんなルールあるか!」

 悪態をつきながら、一度距離を取った二人は、また構えて木剣を振るう。
 朝の訓練場に乾いた木々の打ち合う高い音が響く。
 チュニックにズボンというラフな服装の二人は、まだ肌寒い時間だというのに汗だくだ。

「ヴィンセント殿もギイ殿も、さすがだなぁ」

 目にも止まらぬ速さで繰り出される二人の斬撃を、他の騎士達は惚れ惚れと見守っている。

「おい、ヴィンス。そろそろ終わりにしようぜ!」

 早朝鍛錬からこんなハイペースでは、この後の業務に支障が出る。抗議する同僚に、それでもヴィンセントは止まらない。
 ブンッと風を切って袈裟懸けに木剣を振り下ろす。

「わっ!」

 鼻先を掠める剣を顎を引いて避けて、若い騎士は両手で剣を握り直す。

「どうしたんだよ? ヴィンス。昨夜帰ってきてから変だぞ?」

「……うるさい」

 ヴィンセントは下段に構え、ギイを睨みつける。余裕のない彼の表情に、学生時代からの親友は察しがついた。……原因は、彼の溺愛する妹ちゃんのことだろうと。

「まったく。何があったか知らないが、八つ当たりはよくないぜ、

 からかう口調に、ヴィンセントは眉を吊り上げる。
 わざと激昂させてストレス発散に付き合ってやるのだから、ギイ・オドランという男は人がいい。……単にお調子者なだけかもしれないが。
 ヴィンセントの足が地を蹴り、愚者の構えから斜めに掬い上げるように木剣がギイの胴を狙う。ギイも一歩踏み出し、上段から相手の剣戟を撃ち落とそうと振り下ろした……その時。

「ちょっと! ヴィンセント卿!」

 突然、二人の騎士の間に、小さな人影が割って入った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

没落寸前でしたが、先祖の遺産が見つかったおかげで持ち直すことができました。私を見捨てた皆さん、今更手のひらを返しても遅いのです。

木山楽斗
恋愛
両親が亡くなってすぐに兄が失踪した。 不幸が重なると思っていた私に、さらにさらなる不幸が降りかかってきた。兄が失踪したのは子爵家の財産のほとんどを手放さなければならい程の借金を抱えていたからだったのだ。 当然のことながら、使用人達は解雇しなければならなくなった。 多くの使用人が、私のことを罵倒してきた。子爵家の勝手のせいで、職を失うことになったからである。 しかし、中には私のことを心配してくれる者もいた。 その中の一人、フェリオスは私の元から決して離れようとしなかった。彼は、私のためにその人生を捧げる覚悟を決めていたのだ。 私は、そんな彼とともにとあるものを見つけた。 それは、先祖が密かに残していた遺産である。 驚くべきことに、それは子爵家の財産をも上回る程のものだった。おかげで、子爵家は存続することができたのである。 そんな中、私の元に帰ってくる者達がいた。 それは、かつて私を罵倒してきた使用人達である。 彼らは、私に媚を売ってきた。もう一度雇って欲しいとそう言ってきたのである。 しかし、流石に私もそんな彼らのことは受け入れられない。 「今更、掌を返しても遅い」 それが、私の素直な気持ちだった。 ※2021/12/25 改題しました。(旧題:没落貴族一歩手前でしたが、先祖の遺産が見つかったおかげで持ち直すことができました。私を見捨てた皆さん、今更掌を返してももう遅いのです。)

婚約破棄された王太子妃候補は第一王子に気に入られたようです。

永野水貴
恋愛
侯爵令嬢エヴェリーナは未来の王太子妃として育てられたが、突然に婚約破棄された。 王太子は真に愛する女性と結婚したいというのだった。 その女性はエヴェリーナとは正反対で、エヴェリーナは影で貶められるようになる。 そんなある日、王太子の兄といわれる第一王子ジルベルトが現れる。 ジルベルトは王太子を上回る素質を持つと噂される人物で、なぜかエヴェリーナに興味を示し…? ※「小説家になろう」にも載せています

現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央
恋愛
 聖女は十年しか生きられない。  この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。  それは期間満了後に始まる約束だったけど――  一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。  二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。  ライラはこの契約を承諾する。  十年後。  あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。  そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。  こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。  そう思い、ライラは聖女をやめることにした。  他の投稿サイトでも掲載しています。

元カレの今カノは聖女様

abang
恋愛
「イブリア……私と別れて欲しい」 公爵令嬢 イブリア・バロウズは聖女と王太子の愛を妨げる悪女で社交界の嫌われ者。 婚約者である王太子 ルシアン・ランベールの関心は、品行方正、心優しく美人で慈悲深い聖女、セリエ・ジェスランに奪われ王太子ルシアンはついにイブリアに別れを切り出す。 極め付けには、王妃から嫉妬に狂うただの公爵令嬢よりも、聖女が婚約者に適任だと「ルシアンと別れて頂戴」と多額の手切れ金。 社交会では嫉妬に狂った憐れな令嬢に"仕立てあげられ"周りの人間はどんどんと距離を取っていくばかり。 けれども当の本人は… 「悲しいけれど、過ぎればもう過去のことよ」 と、噂とは違いあっさりとした様子のイブリア。 それどころか自由を謳歌する彼女はとても楽しげな様子。 そんなイブリアの態度がルシアンは何故か気に入らない様子で… 更には婚約破棄されたイブリアの婚約者の座を狙う王太子の側近達。 「私をあんなにも嫌っていた、聖女様の取り巻き達が一体私に何の用事があって絡むの!?嫌がらせかしら……!」

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

婚約者を奪われ魔物討伐部隊に入れられた私ですが、騎士団長に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のクレアは、婚約者の侯爵令息サミュエルとの結婚を間近に控え、幸せいっぱいの日々を過ごしていた。そんなある日、この国の第三王女でもあるエミリアとサミュエルが恋仲である事が発覚する。 第三王女の強い希望により、サミュエルとの婚約は一方的に解消させられてしまった。さらに第三王女から、魔王討伐部隊に入る様命じられてしまう。 王女命令に逆らう事が出来ず、仕方なく魔王討伐部隊に参加する事になったクレア。そんなクレアを待ち構えていたのは、容姿は物凄く美しいが、物凄く恐ろしい騎士団長、ウィリアムだった。 毎日ウィリアムに怒鳴られまくるクレア。それでも必死に努力するクレアを見てウィリアムは… どん底から必死に這い上がろうとする伯爵令嬢クレアと、大の女嫌いウィリアムの恋のお話です。

転生聖女のなりそこないは、全てを諦めのんびり生きていくことにした。

迎木尚
恋愛
「聖女にはどうせなれないんだし、私はのんびり暮らすわね〜」そう言う私に妹も従者も王子も、残念そうな顔をしている。でも私は前の人生で、自分は聖女になれないってことを知ってしまった。 どんなに努力しても最後には父親に殺されてしまう。だから私は無駄な努力をやめて、好きな人たちとただ平和にのんびり暮らすことを目標に生きることにしたのだ。

冤罪モブ令嬢とストーカー系従者の溺愛

夕日(夕日凪)
恋愛
「だからあの子……トイニに、罪を着せてしまえばいいのよ」 その日。トイニ・ケスキナルカウス子爵令嬢は、取り巻きをしているエミリー・ギャロワ公爵令嬢に、罪を着せられそうになっていることを知る。 公爵家に逆らうことはできず、このままだと身分剥奪での平民落ちは免れられないだろう。 そう考えたトイニは将来を一緒に過ごせる『平民の恋人』を作ろうとするのだが……。 お嬢様を溺愛しすぎているストーカー従者×モブ顔お嬢様。15話完結です。

処理中です...