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36、運命の夜会(5)

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 しっとりとスローテンポな曲に合わせて体を揺らす。
 この曲はムードがあってカップルに人気の曲なのだが……。

「もう、なんでフルールは高いヒール履いてるの!」

 セドリックは形良い唇を尖らせる。平時からフルールの方が背が高いのに、更に身長差が目立ってしまう。
 これは長身のパートナーのヴィンセントに合わせた装いなので、フルールに文句を言われても仕方がない。

「でも、セドリック殿下も身長が伸びましたよ。去年より目線が近いですわ」

「成長期だからね」

 公爵令嬢の言葉に、気を良くした第二王子がふんぞり返る。

「すぐにフルールを追い越すんだから」

「楽しみにしてますわ」

 クスクス笑う彼女の耳に、少年は唇を寄せる。

「次の元老院の審議で、兄上の処遇が決まるよ」

 ハッと息を止めたフルールに、今度はセドリックが愉快そうに口角を上げる。

「兄上が廃嫡になれば、状況的にも継承権順位的にも僕が王太子になることは必至。そうなったら、僕は正式に君に結婚を申し込むよ」

「セディ様……」

「元々君は、王家に嫁ぐ予定だったんだ。首がすげ変わっただけのこと、誰も反対しないよ。アルフォンス卿だって断れないさ」

 弟王子は兄と同じ緑の瞳を細めて、

「僕は外堀を埋めるのが得意なんだ。ボンクラ兄がのんきに評判を落としまくっている間に、着実に地盤を固めてきた。他にどんな求婚者が来ても負けないよ」

 重ねた手に力を込めるセドリックに、フルールは複雑な気分になる。4つ年下の第二王子を、公爵令嬢は勿論好きだ。ただそれは、あくまで親愛の意味であって、情愛では?と訊かれたら、まだ答えられない。
 ただ……セドリックの発言は事実だ。
 貴族の結婚は家同士の繋がり。家長同士の了承があれば成立してしまう。王太子になったセドリックがフルールとの婚姻を求めれば、これまでの経緯からも国王は反対しないであろうし、国王に要請されればブランジェ公爵には断る理由がない。
 ……フルールが先に他の誰かと結婚するか、王家以上に条件のいい縁談が舞い込まない限りは。
 しかし、君主制のクワント王国で、王家との縁組以上に良い条件を探すなど現実的ではない。
 表情を消した彼女に、年下の彼は切なげに眉を下げる。

「ね、フルール。僕は君が好きだよ」

 令嬢の剥き出しの肩に額をくっつける。

「ここまできたら、僕は揺るがない。でも、政略結婚であっても、フルールとは相思相愛になりたいな」

「セディさ……」

 フルールが何か言う前に、曲が終わりセドリックは体を離した。

「さ、僕は次期王太子の為の根回しをしなきゃ。じゃあね、フルール」

 無邪気な子供の顔で笑うと、セドリックは振り向きもせず去っていく。ボールルームの端ではマティアスが待っていて、取り残されたフルールに一礼して、主の後をついていく。
 手袋グローブ越しの手に、まだセドリックの体温がわだかまっている。
 フルールはドレスの裾を翻し、逃げるようにボールルームを後にした。
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