上 下
35 / 76

35、運命の夜会(4)

しおりを挟む
 ふわふわの薄茶色の巻毛の愛らしい少年が、子犬のようにフルールに駆け寄ってくる。
 クワント王国第二王子セドリックだ。

「もー、一歩踏み出す度にいろんな人に囲まれてなかなか進めなかったよ!」

 白い頬をぷくっと膨らませて憤慨する王子は、年よりも幼く見える。

「仕方がないではありませんか。今日のセドリック殿下は、出席できなかった国王陛下の名代。挨拶回りが仕事ですよ」

 背の低いセドリックの背後に控えていた秘書官マティアスが肩越しに状況説明してくれる。

「もうおっさんたちのおべっか聞くのは飽きたよ。ね、フルール、踊ろう!」

 公爵令嬢の手を引っ張って椅子から立たせようとするセドリックに、マティアスは無表情で、

「まだ国外からの賓客への挨拶が済んでおりません。そちらを先にお願いします」

「一曲踊るくらいの間で、お客は逃げないでしょ。どうしてもっていうなら、マティアスが代わりに挨拶しといてよ」

「私では殿下の代わりは務まりません」

 唇を尖らせる王子に秘書官は淡々と返してから、思いついたように手を打った。

「ならば、こうしましょう。私がセドリック殿下の代わりにフルール様と踊りますから、殿下はその間に挨拶回りを……」

「いやだよ! 僕に得が一個もないじゃん! 何の罰ゲームだよ!」

 キャンキャン吠え立てるセドリックに、マティアスは両手で耳を塞ぐ。
 そんな二人のやり取りに、フルールは思わず笑ってしまう。

「よろしいですわよ、セディ様。踊りましょう。でも一曲終わったら、お仕事に戻ってくださいまし」

「うん!」

 セドリックにエスコートされ、フルールはボールルームへ向かう。マティアスも、つかず離れず第二王子の後を追う。
 手を振る親友を見送って、ベルタは飾り切りされたカットフルーツを口に入れた。

「モテる女って大変ね」

 ちょっと羨ましい気もするが……、

「ベルタ!」

 不意に呼ばれて振り返ると、傍らにはヨゼフが立っていた。

「間に合って良かった。踊ろう」

 差し出された手に首を捻る。

「間に合ったって?」

「これ、君が好きな曲だろう?」

 会場に流れる音楽に、ベルタははっとする。そういえば、彼とそんな話をしたことがあったっけ。
 わざわざ駆けつけてきてくれた婚約者に、くすぐったい気持ちになる。
 ヨゼフは親の決めた婚約者だったが、最初からウマがあった。せっかちなベルタとおおらかなヨゼフは相性が良かったのだろう。
 出会いはどうあれ、彼が彼女を大切にしてくれていることは十分伝わっている。

「わたくしって、幸せ者よね」

 ベルタは婚約者の手に自分のそれを重ね、仲良くボールルームへと向かった。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない

かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、 それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。 しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、 結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。 3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか? 聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか? そもそも、なぜ死に戻ることになったのか? そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか… 色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、 そんなエレナの逆転勝利物語。

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

処理中です...