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32、運命の夜会(1)

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 容赦なく締め上げる編み上げの紐に、息が止まる。
 どうしてコルセットはこんなにキツいのかしら、とフルールは高く盛られたデコルテラインにため息を零す。
 今日はバークマン公爵家主催の夜会の日。
 クワント王国の二大公爵家の一翼であるバークマン家の夜会は、年に一度、領主会合の時期に行われる社交界最大級のイベントだ。
 王都を活動拠点とする中央貴族だけでなく、有力な地方貴族もこぞって集まり、交友を深め、情報交換に花が咲く。
 この夜会に招待されることは、クワント貴族にとっては大変な名誉だ。
 当然、ブランジェ公爵家も毎年家族で参加している。

「フルール、支度はでき……」

 義妹の様子を見に来たヴィンセントは、言いかけた声を失った。
 ウエストでフンワリ切り返したビスチェタイプの薄紫色のドレスは、背の高いフルールによく似合っている。豪奢な金髪を高く結い上げ、剥き出しになったうなじや肩甲骨のラインに、王国の騎士は少年のように胸を高鳴らせた。

「素敵だ。まさに“フルール”だな」

「あら、お兄様ったらお上手ね」

 嘆息するヴィンセントに、フルールは屈託なく笑う。

「いや、今更世辞など言わぬ」

 義兄は真顔で腕を差し出す。

「物心ついた時から、お前のパートナーはグレゴリー殿下だったからな。今宵、フルールをエスコート出来る幸運を神に感謝する」

 大袈裟なヴィンセントにはにかみ、フルールは彼の肘に腕を絡めた。
 パーティーにはカップルで参加するのが慣例だが、今回の夜会では、特定のパートナーのいないフルールは兄のエスコートを受けることになっていた。
 これは、あまりにも今回の夜会へのパートナー要請が多すぎて辟易していた娘に、父であるアルフォンスが配慮した結果だ。
 ヴィンセントも、これまでのパーティーでは社交界で顔を売りたい下流貴族の令嬢を請われるままに連れていたが、今回は一切の誘いを断っていた。
 しっかりと筋肉のついた体に軍人特有の姿勢の良さが相俟あいまって、夜会服姿のヴィンセントは堂々としていてとても絵になる。
 彼に似た金髪碧眼のフルールが寄り添えば、まさに一対の人形のようだ。
 天使の顕現かと思うばかりに神々しいブランジェ兄妹に、使用人達はうっとり見入ってしまう。

「おお! どこの美術館から抜け出してきた精霊像かと思ったら、我が息子と娘ではないか!」

 玄関ホールまで歩いていくと、丁度イブニングドレスの妻を連れたブランジェ公爵家当主が現れた。

「本当に。二人共素敵だわ」

 ミランダも子供達にハグしてから、夫の腕を取る。

「いってらっしゃいませ」

 執事が頭を下げ、扉を開く。
 いつもより装飾の華美な四頭立ての馬車に乗り込み、ブランジェ一家はバークマン公爵邸へと向かった。
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