25 / 76
25、王立学園へ
しおりを挟む
紅茶を飲んでも、手紙を書いていても、長椅子でうたた寝をしていても、ため息しかでない。
フルールは今、これまでにない虚無感に苛まれていた。
……本来なら、婚約破棄後すぐにこういう状態になるのだろうな、と自分の鈍さに呆れてしまう。
彼女はなにもしていないのに、どんどん事態が大きくなっていく。
…………逃げたい。
何度目かのため息をついた後、フルールはようやく長椅子からお尻を剥がした。のろのろと文机に向かうと、ブックエンドに一冊の本が立て掛けてあるのに目が止まった。
「これ……」
学園の図書館で借りた詩文学の用語辞典だ。まだ貸出期間には余裕があるが……気晴らしの外出の口実にはもってこいだ。
「エリック、馬車を出して。学園図書館に本を返しにいくわ」
令嬢は執事に声をかけると、クローゼットからお気に入りの帽子を取り出した。
◆ ◇ ◆ ◇
クワント王立学園、フルールの懐かしき学び舎。まだ卒業から数ヶ月しか経っていないのに、長い時間が過ぎたような気がする。
正門を潜って馬車通りを進んでいくと、運動場で球技の授業をする学生が見える。新学期の学園は活気に満ちていて、フルールも思わず頬を綻ばせる。
図書館前で馬車を降りると、
「あ、フルール様!」
数人の女子学生に出会った。見覚えのある顔ぶれは、一学年下の生徒達だ。
「ごきげんよう、皆様」
「ごきげんよう、フルール様。今日はどうされたのですか?」
「図書館に用事があって」
「そうですか。久しぶりにお顔を拝見できて嬉しいです!」
「フルール様がご卒業なされて、私達寂しいです!」
「もっと遊びに来てくださいよー!」
「お時間があったら食堂でお喋りしませんか?」
制服の女子学生に囲まれ思わぬ大歓迎を受けて、フルールは破顔する。
「あらあら、皆様ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
先輩の言葉に、後輩達は目を見合わせて、
「お世辞なものですか!」
口々に力説する。
「フルール様は学園の伝説ですよ! 革命の聖乙女! 銅像を建てたいくらいです!」
「貴族と庶民とでテーブルを分けていた学食の壁を撤廃した時はかっこよかったです」
「学園祭の演劇も、メインキャストを有力貴族で揃える伝統を廃し、全員平等にオーディションに変えたのも素晴らしかったです。あれから演劇に質が上がったと大好評なんですよ!」
「教師にも理事会にもPTAにも完璧な根回しで、正攻法で生徒のためにより良く学園を変えていく姿は圧巻でした」
手放しで褒められると、こそばゆい。
「あら、でもそれは、皆様が望んだことでしょう? わたくしは皆様の要望に沿って行動しただけで、他には何も……」
「それがすごいんじゃないですか!」
女子生徒の一人がずいっと身を乗り出す。
「みんな、私達の要望なんて無視してたんですよ。それに耳を傾け、真剣に対応してくれたのはフルール様だけです」
「でもそれは、たまたまわたくしに発言力があっただけで……」
だってフルールは、公爵令嬢で王太子の婚約者だったから。
「それですよ!」
もう一人の女子生徒が食いつく。
「フルール様は正しい権力の使い方を知ってらっしゃる。その賢さも美貌も家柄も、すべてがフルール様の才能です。ああ、これからフルール様がどうご活躍なさるのか楽しみです!」
キャッキャと盛り上がる後輩達。
……今のフルールは無職引き籠りなのだけど……。
「あ、もう行かないと!」
次の授業の鐘が鳴り、彼女達は一斉に駆け出す。
「フルール様、また来てくださいねー!」
手を振る後輩に微笑み返し、フルールは図書館へと向かった。
フルールは今、これまでにない虚無感に苛まれていた。
……本来なら、婚約破棄後すぐにこういう状態になるのだろうな、と自分の鈍さに呆れてしまう。
彼女はなにもしていないのに、どんどん事態が大きくなっていく。
…………逃げたい。
何度目かのため息をついた後、フルールはようやく長椅子からお尻を剥がした。のろのろと文机に向かうと、ブックエンドに一冊の本が立て掛けてあるのに目が止まった。
「これ……」
学園の図書館で借りた詩文学の用語辞典だ。まだ貸出期間には余裕があるが……気晴らしの外出の口実にはもってこいだ。
「エリック、馬車を出して。学園図書館に本を返しにいくわ」
令嬢は執事に声をかけると、クローゼットからお気に入りの帽子を取り出した。
◆ ◇ ◆ ◇
クワント王立学園、フルールの懐かしき学び舎。まだ卒業から数ヶ月しか経っていないのに、長い時間が過ぎたような気がする。
正門を潜って馬車通りを進んでいくと、運動場で球技の授業をする学生が見える。新学期の学園は活気に満ちていて、フルールも思わず頬を綻ばせる。
図書館前で馬車を降りると、
「あ、フルール様!」
数人の女子学生に出会った。見覚えのある顔ぶれは、一学年下の生徒達だ。
「ごきげんよう、皆様」
「ごきげんよう、フルール様。今日はどうされたのですか?」
「図書館に用事があって」
「そうですか。久しぶりにお顔を拝見できて嬉しいです!」
「フルール様がご卒業なされて、私達寂しいです!」
「もっと遊びに来てくださいよー!」
「お時間があったら食堂でお喋りしませんか?」
制服の女子学生に囲まれ思わぬ大歓迎を受けて、フルールは破顔する。
「あらあら、皆様ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
先輩の言葉に、後輩達は目を見合わせて、
「お世辞なものですか!」
口々に力説する。
「フルール様は学園の伝説ですよ! 革命の聖乙女! 銅像を建てたいくらいです!」
「貴族と庶民とでテーブルを分けていた学食の壁を撤廃した時はかっこよかったです」
「学園祭の演劇も、メインキャストを有力貴族で揃える伝統を廃し、全員平等にオーディションに変えたのも素晴らしかったです。あれから演劇に質が上がったと大好評なんですよ!」
「教師にも理事会にもPTAにも完璧な根回しで、正攻法で生徒のためにより良く学園を変えていく姿は圧巻でした」
手放しで褒められると、こそばゆい。
「あら、でもそれは、皆様が望んだことでしょう? わたくしは皆様の要望に沿って行動しただけで、他には何も……」
「それがすごいんじゃないですか!」
女子生徒の一人がずいっと身を乗り出す。
「みんな、私達の要望なんて無視してたんですよ。それに耳を傾け、真剣に対応してくれたのはフルール様だけです」
「でもそれは、たまたまわたくしに発言力があっただけで……」
だってフルールは、公爵令嬢で王太子の婚約者だったから。
「それですよ!」
もう一人の女子生徒が食いつく。
「フルール様は正しい権力の使い方を知ってらっしゃる。その賢さも美貌も家柄も、すべてがフルール様の才能です。ああ、これからフルール様がどうご活躍なさるのか楽しみです!」
キャッキャと盛り上がる後輩達。
……今のフルールは無職引き籠りなのだけど……。
「あ、もう行かないと!」
次の授業の鐘が鳴り、彼女達は一斉に駆け出す。
「フルール様、また来てくださいねー!」
手を振る後輩に微笑み返し、フルールは図書館へと向かった。
11
お気に入りに追加
4,092
あなたにおすすめの小説
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない
かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、
それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。
しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、
結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。
3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか?
聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか?
そもそも、なぜ死に戻ることになったのか?
そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか…
色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、
そんなエレナの逆転勝利物語。
彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる