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25、王立学園へ

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 紅茶を飲んでも、手紙を書いていても、長椅子でうたた寝をしていても、ため息しかでない。
 フルールは今、これまでにない虚無感に苛まれていた。
 ……本来なら、婚約破棄後すぐにこういう状態になるのだろうな、と自分の鈍さに呆れてしまう。
 彼女はなにもしていないのに、どんどん事態が大きくなっていく。

 …………逃げたい。

 何度目かのため息をついた後、フルールはようやく長椅子からお尻を剥がした。のろのろと文机に向かうと、ブックエンドに一冊の本が立て掛けてあるのに目が止まった。

「これ……」

 学園の図書館で借りた詩文学の用語辞典だ。まだ貸出期間には余裕があるが……気晴らしの外出の口実にはもってこいだ。

「エリック、馬車を出して。学園図書館に本を返しにいくわ」

 令嬢は執事に声をかけると、クローゼットからお気に入りの帽子を取り出した。

◆ ◇ ◆ ◇

 クワント王立学園、フルールの懐かしき学び舎。まだ卒業から数ヶ月しか経っていないのに、長い時間が過ぎたような気がする。
 正門を潜って馬車通りを進んでいくと、運動場で球技の授業をする学生が見える。新学期の学園は活気に満ちていて、フルールも思わず頬を綻ばせる。
 図書館前で馬車を降りると、

「あ、フルール様!」

 数人の女子学生に出会った。見覚えのある顔ぶれは、一学年下の生徒達だ。

「ごきげんよう、皆様」

「ごきげんよう、フルール様。今日はどうされたのですか?」

「図書館に用事があって」

「そうですか。久しぶりにお顔を拝見できて嬉しいです!」

「フルール様がご卒業なされて、私達寂しいです!」

「もっと遊びに来てくださいよー!」

「お時間があったら食堂でお喋りしませんか?」

 制服の女子学生に囲まれ思わぬ大歓迎を受けて、フルールは破顔する。

「あらあら、皆様ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

 先輩の言葉に、後輩達は目を見合わせて、

「お世辞なものですか!」

 口々に力説する。

「フルール様は学園の伝説ですよ! 革命の聖乙女! 銅像を建てたいくらいです!」

「貴族と庶民とでテーブルを分けていた学食の壁を撤廃した時はかっこよかったです」

「学園祭の演劇も、メインキャストを有力貴族で揃える伝統を廃し、全員平等にオーディションに変えたのも素晴らしかったです。あれから演劇に質が上がったと大好評なんですよ!」

「教師にも理事会にもPTAにも完璧な根回しで、正攻法で生徒のためにより良く学園を変えていく姿は圧巻でした」

 手放しで褒められると、こそばゆい。

「あら、でもそれは、皆様が望んだことでしょう? わたくしは皆様の要望に沿って行動しただけで、他には何も……」

「それがすごいんじゃないですか!」

 女子生徒の一人がずいっと身を乗り出す。

「みんな、私達の要望なんて無視してたんですよ。それに耳を傾け、真剣に対応してくれたのはフルール様だけです」

「でもそれは、たまたまわたくしに発言力があっただけで……」

 だってフルールは、公爵令嬢で王太子の婚約者だったから。

「それですよ!」

 もう一人の女子生徒が食いつく。

「フルール様は正しい権力の使い方を知ってらっしゃる。その賢さも美貌も家柄も、すべてがフルール様の才能です。ああ、これからフルール様がどうご活躍なさるのか楽しみです!」

 キャッキャと盛り上がる後輩達。

 ……今のフルールは無職引き籠りなのだけど……。

「あ、もう行かないと!」

 次の授業の鐘が鳴り、彼女達は一斉に駆け出す。

「フルール様、また来てくださいねー!」

 手を振る後輩に微笑み返し、フルールは図書館へと向かった。
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