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22、セドリックの決意
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年長の令嬢に肩を貸し、年下の少年は彼女を談話室の長椅子に座らせた。
顔色の悪いフルールの膝にブランケットを掛け、侍女に紅茶を淹れさせる。
「飲んで。気が落ち着くよ」
「ありがとうございます……」
ティーカップのハンドルを持つ手が震えている。余程酷く動揺したのだろう。
フルールは淡い黄昏色の液体を一口飲むと、カップをソーサーに戻した。血の気の失せた体に、熱が戻ってくる。
「申し訳ありません、セドリック殿下。お怪我は……」
落ち着いてきたフルールが、ハンカチを出してセドリックの頬を手当てしようとするが、
「平気。兄上のへなちょこ平手なんて大したことないよ」
笑って辞退する。実際、彼の頬は多少赤くなっているものの、大きな傷はない。
……だからといって、暴力が許されるわけではないが。
「フルール、ごめんね」
セドリックは床に膝をつき、令嬢の白い両手を取った。
「いえ、セドリック殿下のせいでは……」
狼狽えるフルールに、ううんと首を振る。
「これは王家の責任だ。本当に、ごめん」
紫色の瞳から、涙が伝う。
「……何故、セドリック殿下がお泣きになるのですか?」
「フルールが泣かないからだよ!」
第二王子は唇を噛む。
「悔しいな。僕が先に生まれてたら、フルールにこんな思いはさせなかったのに。僕だったら……大切にして、絶対離さないのに」
「セディ様……」
セドリックはフルールの冷たい指先を温めるように握り続ける。その姿は、祈りにも似ていた。
しばらくすると、廊下から慌ただしい足音が聴こえてきた。
セドリックが手を離し立ち上がったタイミングで、談話室のドアが開かれる。焦って駆け込んできたのは、ブランジェ公爵令嬢専属執事エリックだ。
「お嬢様!」
フルールよりも真っ青になって、エリックは彼女に走り寄る。
「お倒れになったと聞きましたが、どこか具合が……」
「大丈夫よ、エリック。ちょっと眩暈がしただけ」
自身が卒倒しそうな面持ちの執事を、公爵令嬢が苦笑しながら宥める。
「体調が戻るまで、ここでゆっくりしていて。部屋の前に衛兵を立てるから、安心してね。もう兄上をフルールに近づけないから」
「セディ様……」
後をエリックに任せ、ドアへと向かうセドリックを、フルールが呼び止める。彼は少しだけ振り返って、
「ごめんね」
寂しそうに微笑むと、談話室を出た。
──閉まったドアを背に、セドリックは小さく息をついた。目尻に残った涙を袖で脱ぐった彼は……いつもの愛らしい少年ではなかった。
「マティアス!」
驚くほど冷めた声で、秘書官を呼ぶ。
「父上に謁見を」
「すぐに手配致します」
答えたマティアスに、続けて、
「僕、すごく怒ってるの。だから、これからすることを止めないでね」
「……御心のままに。セドリック殿下」
深々と頭を下げたマティアスの顔は……どこか愉快そうだった。
顔色の悪いフルールの膝にブランケットを掛け、侍女に紅茶を淹れさせる。
「飲んで。気が落ち着くよ」
「ありがとうございます……」
ティーカップのハンドルを持つ手が震えている。余程酷く動揺したのだろう。
フルールは淡い黄昏色の液体を一口飲むと、カップをソーサーに戻した。血の気の失せた体に、熱が戻ってくる。
「申し訳ありません、セドリック殿下。お怪我は……」
落ち着いてきたフルールが、ハンカチを出してセドリックの頬を手当てしようとするが、
「平気。兄上のへなちょこ平手なんて大したことないよ」
笑って辞退する。実際、彼の頬は多少赤くなっているものの、大きな傷はない。
……だからといって、暴力が許されるわけではないが。
「フルール、ごめんね」
セドリックは床に膝をつき、令嬢の白い両手を取った。
「いえ、セドリック殿下のせいでは……」
狼狽えるフルールに、ううんと首を振る。
「これは王家の責任だ。本当に、ごめん」
紫色の瞳から、涙が伝う。
「……何故、セドリック殿下がお泣きになるのですか?」
「フルールが泣かないからだよ!」
第二王子は唇を噛む。
「悔しいな。僕が先に生まれてたら、フルールにこんな思いはさせなかったのに。僕だったら……大切にして、絶対離さないのに」
「セディ様……」
セドリックはフルールの冷たい指先を温めるように握り続ける。その姿は、祈りにも似ていた。
しばらくすると、廊下から慌ただしい足音が聴こえてきた。
セドリックが手を離し立ち上がったタイミングで、談話室のドアが開かれる。焦って駆け込んできたのは、ブランジェ公爵令嬢専属執事エリックだ。
「お嬢様!」
フルールよりも真っ青になって、エリックは彼女に走り寄る。
「お倒れになったと聞きましたが、どこか具合が……」
「大丈夫よ、エリック。ちょっと眩暈がしただけ」
自身が卒倒しそうな面持ちの執事を、公爵令嬢が苦笑しながら宥める。
「体調が戻るまで、ここでゆっくりしていて。部屋の前に衛兵を立てるから、安心してね。もう兄上をフルールに近づけないから」
「セディ様……」
後をエリックに任せ、ドアへと向かうセドリックを、フルールが呼び止める。彼は少しだけ振り返って、
「ごめんね」
寂しそうに微笑むと、談話室を出た。
──閉まったドアを背に、セドリックは小さく息をついた。目尻に残った涙を袖で脱ぐった彼は……いつもの愛らしい少年ではなかった。
「マティアス!」
驚くほど冷めた声で、秘書官を呼ぶ。
「父上に謁見を」
「すぐに手配致します」
答えたマティアスに、続けて、
「僕、すごく怒ってるの。だから、これからすることを止めないでね」
「……御心のままに。セドリック殿下」
深々と頭を下げたマティアスの顔は……どこか愉快そうだった。
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