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17、ユージーンとデート(3)
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「ふう、お腹いっぱいだわ」
屋台の料理はボリューム満点で、少なく盛られた料理を長時間掛けて食べる食事スタイルに慣れたご令嬢には難易度が高かった。……しっかり攻略したが。
「すぐには歩けなそうです。少し休憩していいですか?」
「ええ、どうぞ」
階段に座って息をつくフルールに、ユージーンは小さく含み笑いした。
「どうしたんですか?」
「いえ、ちょっと面白くて」
笑い出すと止まらない。
「色々とデートプランをシュミレーションしてきたけど、まさか屋台飯を食べたがるなんて」
言われたフルールは青くなって両手で頬を挟む。
「ごめんなさい! せっかくユージーン様が今日の予定を考えてきてくださったのに、わたくしったら台無しにして……」
殿方に恥を掻かせてしまったと後悔する令嬢に、侯爵は笑いながら、
「いや、むしろ逆」
「え?」
「俺、こういう肩肘張らない方が好き」
いつの間にか砕けた口調になった同窓生に、フルールはきょとんと首を傾げる。
「俺は庶子で、十歳でセロー家に入るまでは下町で育ったから」
「……初耳ですわ」
「だろうね。公的記録では実子だ。王都に来るまでの経歴も体が弱くて地方で療養してたってことになってる」
貴族の経歴改竄はよくある話だ。
「体面ばかり気にする親に失望していたし、貴族の学校に通うのも嫌だった」
二人が通っていたクワント王立学園は、幼稚舎から高等部までの一貫校だ。フルールは幼稚舎から通っていたが、地方の領地を拠点とする貴族の子女は、中等部や高等部から入学する者も多い。ユージーンは高等部からの新入生だ。
「正直、お高くとまった連中と仲良くなれる気がしなかった。卒業までじっと目立たずやり過ごそうと思っていた。でも……あなたに会った」
ユージーンは、フルールの目をまっすぐ見つめる。
「入学式の日のことを覚えてますか?」
……二人が初めて会ったのは、高等部の入学式のことだった。
『もし、そこのあなた』
式場である大講堂へ向かう道すがら、独りで歩くユージーンを、フルールが呼び止めた。
『ネクタイが曲がっていますわよ』
彼女は彼の正面に立つと、彼だけに聴こえる声で囁いた。
『校章の向きが逆ですわ。直しますね』
ユージーンのブレザーの襟に付けていたピンバッジを手早く抜き取り、上下逆に指し直す。
『はい、これで大丈夫です。ご入学おめでとうございます』
にっこり微笑んで、彼女は去っていった。絹糸のような金髪の青い目の美少女。てっきり先輩かと思ったら……新入生代表挨拶で壇上に立っていて驚いた。
――それからすぐ、王立学園の校章は上下が判りにくく、逆さまにつけている学生は外部入学生として内部進学生に馬鹿にされるという話を知った。
「あなたは大貴族の令嬢で王太子の婚約者にも拘らず、常に誰に対しても穏やかに平等に接していた。俺が在学中に爵位を継ぎ、周りが目の色を変えて近づいてきた時も、あなただけは変わらなかった」
「それは……」
単に興味がなかっただけ、とは言い難い。
「買い被りすぎですわ。わたくしは特別なことは何もしていません」
「ええ。あなたはそのままで特別だ」
侯爵は切れ長の目を細める。
「でも俺は、あなたに見合う男になりたくて、勉強も頑張ったし、貴族として恥ずかしくない振る舞いも覚えた。今の俺があるのは、あなたのお陰だ」
……この人は、わたくしに似ている。
フルールはそう感じた。
彼女も、王太子にふさわしい女性になるために、あらゆる知識を詰め込んできた。
行動理念が自主的か受動的かの違いなだけで、根本は二人共一途な努力家だ。
「……これからの予定はどうなってますの?」
重くなってきた空気に、フルールは話題を変えた。
「あ、ええと、美術館へ行ってからガラス工芸の店に寄って、それから二番街のティールームで休憩して、夕食前にはご自宅へ送ります」
コースを説明するユージーンに、フルールはうっかり吹き出しそうになる。
……全部、フルールの好きな場所だ。行きそこねたレストランも、鴨肉好きの彼女はきっと喜んだだろう。
「ユージーン様はわたくしのこと、よくご存知なのね」
「それは、片思い歴が長いですから」
正直な答えに笑みが零れる。
「では、その予定を全部忘れて、今日はユージーン様のお好きな場所に連れて行ってくださらない?」
「は?」
間抜けな声を出す彼に、フルールはとびきりの笑顔を見せた。
「わたくしにも、あなたのことを教えてください」
屋台の料理はボリューム満点で、少なく盛られた料理を長時間掛けて食べる食事スタイルに慣れたご令嬢には難易度が高かった。……しっかり攻略したが。
「すぐには歩けなそうです。少し休憩していいですか?」
「ええ、どうぞ」
階段に座って息をつくフルールに、ユージーンは小さく含み笑いした。
「どうしたんですか?」
「いえ、ちょっと面白くて」
笑い出すと止まらない。
「色々とデートプランをシュミレーションしてきたけど、まさか屋台飯を食べたがるなんて」
言われたフルールは青くなって両手で頬を挟む。
「ごめんなさい! せっかくユージーン様が今日の予定を考えてきてくださったのに、わたくしったら台無しにして……」
殿方に恥を掻かせてしまったと後悔する令嬢に、侯爵は笑いながら、
「いや、むしろ逆」
「え?」
「俺、こういう肩肘張らない方が好き」
いつの間にか砕けた口調になった同窓生に、フルールはきょとんと首を傾げる。
「俺は庶子で、十歳でセロー家に入るまでは下町で育ったから」
「……初耳ですわ」
「だろうね。公的記録では実子だ。王都に来るまでの経歴も体が弱くて地方で療養してたってことになってる」
貴族の経歴改竄はよくある話だ。
「体面ばかり気にする親に失望していたし、貴族の学校に通うのも嫌だった」
二人が通っていたクワント王立学園は、幼稚舎から高等部までの一貫校だ。フルールは幼稚舎から通っていたが、地方の領地を拠点とする貴族の子女は、中等部や高等部から入学する者も多い。ユージーンは高等部からの新入生だ。
「正直、お高くとまった連中と仲良くなれる気がしなかった。卒業までじっと目立たずやり過ごそうと思っていた。でも……あなたに会った」
ユージーンは、フルールの目をまっすぐ見つめる。
「入学式の日のことを覚えてますか?」
……二人が初めて会ったのは、高等部の入学式のことだった。
『もし、そこのあなた』
式場である大講堂へ向かう道すがら、独りで歩くユージーンを、フルールが呼び止めた。
『ネクタイが曲がっていますわよ』
彼女は彼の正面に立つと、彼だけに聴こえる声で囁いた。
『校章の向きが逆ですわ。直しますね』
ユージーンのブレザーの襟に付けていたピンバッジを手早く抜き取り、上下逆に指し直す。
『はい、これで大丈夫です。ご入学おめでとうございます』
にっこり微笑んで、彼女は去っていった。絹糸のような金髪の青い目の美少女。てっきり先輩かと思ったら……新入生代表挨拶で壇上に立っていて驚いた。
――それからすぐ、王立学園の校章は上下が判りにくく、逆さまにつけている学生は外部入学生として内部進学生に馬鹿にされるという話を知った。
「あなたは大貴族の令嬢で王太子の婚約者にも拘らず、常に誰に対しても穏やかに平等に接していた。俺が在学中に爵位を継ぎ、周りが目の色を変えて近づいてきた時も、あなただけは変わらなかった」
「それは……」
単に興味がなかっただけ、とは言い難い。
「買い被りすぎですわ。わたくしは特別なことは何もしていません」
「ええ。あなたはそのままで特別だ」
侯爵は切れ長の目を細める。
「でも俺は、あなたに見合う男になりたくて、勉強も頑張ったし、貴族として恥ずかしくない振る舞いも覚えた。今の俺があるのは、あなたのお陰だ」
……この人は、わたくしに似ている。
フルールはそう感じた。
彼女も、王太子にふさわしい女性になるために、あらゆる知識を詰め込んできた。
行動理念が自主的か受動的かの違いなだけで、根本は二人共一途な努力家だ。
「……これからの予定はどうなってますの?」
重くなってきた空気に、フルールは話題を変えた。
「あ、ええと、美術館へ行ってからガラス工芸の店に寄って、それから二番街のティールームで休憩して、夕食前にはご自宅へ送ります」
コースを説明するユージーンに、フルールはうっかり吹き出しそうになる。
……全部、フルールの好きな場所だ。行きそこねたレストランも、鴨肉好きの彼女はきっと喜んだだろう。
「ユージーン様はわたくしのこと、よくご存知なのね」
「それは、片思い歴が長いですから」
正直な答えに笑みが零れる。
「では、その予定を全部忘れて、今日はユージーン様のお好きな場所に連れて行ってくださらない?」
「は?」
間抜けな声を出す彼に、フルールはとびきりの笑顔を見せた。
「わたくしにも、あなたのことを教えてください」
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