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16、ユージーンとデート(2)
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王都の中心街の近くで馬車を降り、城下通りを歩いていく。
「そのお召し物素敵ですね」
フルールに歩幅を合わせながら、ユージーンが囁く。今日の彼女の衣装は桜色のワンピース。ウエストがシェイプされていて、パニエやクリノリンが入っていないシンプルな作りな分、フルールのスタイルの良さを存分に引き立てている。
「花の妖精のように愛らしい。制服かフォーマルドレスしか見たことがなかったので新鮮です」
似たようなことをネイトにも言われた気がする。手放しに褒められてると、恋愛経験値の低い身としてはリアクションに困ってしまう。
真昼の城下通りは人が多い。ユージーンはフルールを庇うように身を寄せてくる。最初ということで、今日のデートは日が暮れるまでの約束だ。
昼間に予定を組んでくれたことも、フルールがデートを承諾しやすい要因だった。
「そこのレストランに入りましょう。鴨のコンフィが絶品なんです」
「まあ、楽しみですわ」
城下の一等地に佇む、小さな城のような豪奢な料理屋に足を向ける。そこは最近王家の料理人が独立開業したという有名店で、裕福層御用達のデートスポットだ。フルールは屋敷にお呼ばれしての会食の機会は多かったが、外食の経験はあまりない。どんな料理が出るのかと楽しみにユージーンの後をついていくと……。
不意に彼が歩みを止めた。少しだけ顔を右に向ける。なにやら香ばしい匂いが漂ってくる。ユージーンの視線を辿ると、路地に一軒の屋台が出ているのが見えた。
豚の丸焼きに黒い艶のあるタレを塗りつけ、回しながら炙っている光景は……。
「ユージーン様?」
フルールが呼びかけると、侯爵はハッと我に返った。
「失礼、行きましょう」
何事もなかったようにエスコートするユージーンに、フルールは思いついて彼の袖を引いた。
「ユージーン様。わたくし、あれを食べてみたいです」
「は!?」
彼は切れ長の目をまんまるにする。
「ダメですか?」
「ダメでは……」
「あ、もしかしてレストランのお食事、予約してますか? それなら……」
「いえ、うちの家名を出せばいつでも席を作ってもらえるので」
「それなら、今日はあちらにしませんこと?」
さっさと屋台に向かっていくフルールに、ユージーンは戸惑いながらついていく。
「へいらっしゃい!」
威勢のいい屋台の店主の呼び込みに、フルールは興味津々で近づいた。
「ごきげんよう、とても良い香りですね」
「ああ、うちのタレは百年継ぎ足した極上品だぜ!」
「まあ、すごい! どうやって食べるのかしら?」
「この肉を削いで野菜と一緒にパンに挟んで食べるんだ。ちょっと焦げたところが美味いんだぜ」
「店主、二つ頼む」
二人の会話に割って入って、ユージーンが手慣れた風に硬貨を渡す。
「へい、まいど! 別嬪さんにはサービスしちゃうよ」
「まあ! ありがとう」
フルールはニコニコしながら豚肉サンドを受け取る。
「そこでいただきましょう。みんな、そこで食べているわ」
彼女が指差したのは、路地裏の石階段だった。昼時のそこは、若者達がまばらに座ってランチを楽しんでいる。
お行儀の悪いことをしたがる公爵令嬢に、侯爵は「せめても」とハンカチを敷いて石段に座らせる。
「では、いただきます」
フルールは早速細長いパンを端から啄んで……反対側から、ぶにっと中身がはみ出そうになる。
「あら?」
慌てて反対側を押さえると、今度は逆から肉が飛び出る。
「あら? あらあら?」
更に強く握ったせいで真ん中から具が出てしまって、令嬢の白い手はタレでベタベタになってしまう。
「あうぅ……」
自分の不器用さに涙目になるフルールに……。
隣のユージーンは堪らずブハッと吹き出した。
「なにやってるんですか、貴女は!」
ゲラゲラ笑う彼に、彼女は頬を膨らませる。
「だ、だって、食べにくくて……」
真っ赤になるフルールに、笑い収めたユージーンが彼女の手ごとパンを支える。
「もっと大きな口を開けて、パンと具を一緒に食べないと」
「く、口を?」
小鳥のように小さな口で食べると教わってきた令嬢には、なかなか難しい。
意を決してフルールは大口でパンに齧りつく。口いっぱいに頬張った肉サンドを一生懸命咀嚼して、やっとのことで飲み込む。初めての屋台料理の感想は……。
「美味しい!」
「それはよかった」
はしゃぐフルールに、ユージーンも微笑む。
彼の手が、不意に彼女の頬に触れる。
「タレ、ついてる」
「え?」
振り向くフルールの頬を親指の腹で拭い、ユージーンは何気なくその指を舐めた。
「ぴゃ!」
令嬢は悲鳴を上げる。侯爵は発火しそうなほど真っ赤になったフルールに、どうしたのだろうと首を傾げて……。
「あ」
自分の行動に気づいた。
「す、すみません、つい……」
「いえ……」
二人は赤面して俯く。
その後はお互いに視線を泳がせつつ、黙々とパンを完食した。
「そのお召し物素敵ですね」
フルールに歩幅を合わせながら、ユージーンが囁く。今日の彼女の衣装は桜色のワンピース。ウエストがシェイプされていて、パニエやクリノリンが入っていないシンプルな作りな分、フルールのスタイルの良さを存分に引き立てている。
「花の妖精のように愛らしい。制服かフォーマルドレスしか見たことがなかったので新鮮です」
似たようなことをネイトにも言われた気がする。手放しに褒められてると、恋愛経験値の低い身としてはリアクションに困ってしまう。
真昼の城下通りは人が多い。ユージーンはフルールを庇うように身を寄せてくる。最初ということで、今日のデートは日が暮れるまでの約束だ。
昼間に予定を組んでくれたことも、フルールがデートを承諾しやすい要因だった。
「そこのレストランに入りましょう。鴨のコンフィが絶品なんです」
「まあ、楽しみですわ」
城下の一等地に佇む、小さな城のような豪奢な料理屋に足を向ける。そこは最近王家の料理人が独立開業したという有名店で、裕福層御用達のデートスポットだ。フルールは屋敷にお呼ばれしての会食の機会は多かったが、外食の経験はあまりない。どんな料理が出るのかと楽しみにユージーンの後をついていくと……。
不意に彼が歩みを止めた。少しだけ顔を右に向ける。なにやら香ばしい匂いが漂ってくる。ユージーンの視線を辿ると、路地に一軒の屋台が出ているのが見えた。
豚の丸焼きに黒い艶のあるタレを塗りつけ、回しながら炙っている光景は……。
「ユージーン様?」
フルールが呼びかけると、侯爵はハッと我に返った。
「失礼、行きましょう」
何事もなかったようにエスコートするユージーンに、フルールは思いついて彼の袖を引いた。
「ユージーン様。わたくし、あれを食べてみたいです」
「は!?」
彼は切れ長の目をまんまるにする。
「ダメですか?」
「ダメでは……」
「あ、もしかしてレストランのお食事、予約してますか? それなら……」
「いえ、うちの家名を出せばいつでも席を作ってもらえるので」
「それなら、今日はあちらにしませんこと?」
さっさと屋台に向かっていくフルールに、ユージーンは戸惑いながらついていく。
「へいらっしゃい!」
威勢のいい屋台の店主の呼び込みに、フルールは興味津々で近づいた。
「ごきげんよう、とても良い香りですね」
「ああ、うちのタレは百年継ぎ足した極上品だぜ!」
「まあ、すごい! どうやって食べるのかしら?」
「この肉を削いで野菜と一緒にパンに挟んで食べるんだ。ちょっと焦げたところが美味いんだぜ」
「店主、二つ頼む」
二人の会話に割って入って、ユージーンが手慣れた風に硬貨を渡す。
「へい、まいど! 別嬪さんにはサービスしちゃうよ」
「まあ! ありがとう」
フルールはニコニコしながら豚肉サンドを受け取る。
「そこでいただきましょう。みんな、そこで食べているわ」
彼女が指差したのは、路地裏の石階段だった。昼時のそこは、若者達がまばらに座ってランチを楽しんでいる。
お行儀の悪いことをしたがる公爵令嬢に、侯爵は「せめても」とハンカチを敷いて石段に座らせる。
「では、いただきます」
フルールは早速細長いパンを端から啄んで……反対側から、ぶにっと中身がはみ出そうになる。
「あら?」
慌てて反対側を押さえると、今度は逆から肉が飛び出る。
「あら? あらあら?」
更に強く握ったせいで真ん中から具が出てしまって、令嬢の白い手はタレでベタベタになってしまう。
「あうぅ……」
自分の不器用さに涙目になるフルールに……。
隣のユージーンは堪らずブハッと吹き出した。
「なにやってるんですか、貴女は!」
ゲラゲラ笑う彼に、彼女は頬を膨らませる。
「だ、だって、食べにくくて……」
真っ赤になるフルールに、笑い収めたユージーンが彼女の手ごとパンを支える。
「もっと大きな口を開けて、パンと具を一緒に食べないと」
「く、口を?」
小鳥のように小さな口で食べると教わってきた令嬢には、なかなか難しい。
意を決してフルールは大口でパンに齧りつく。口いっぱいに頬張った肉サンドを一生懸命咀嚼して、やっとのことで飲み込む。初めての屋台料理の感想は……。
「美味しい!」
「それはよかった」
はしゃぐフルールに、ユージーンも微笑む。
彼の手が、不意に彼女の頬に触れる。
「タレ、ついてる」
「え?」
振り向くフルールの頬を親指の腹で拭い、ユージーンは何気なくその指を舐めた。
「ぴゃ!」
令嬢は悲鳴を上げる。侯爵は発火しそうなほど真っ赤になったフルールに、どうしたのだろうと首を傾げて……。
「あ」
自分の行動に気づいた。
「す、すみません、つい……」
「いえ……」
二人は赤面して俯く。
その後はお互いに視線を泳がせつつ、黙々とパンを完食した。
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