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15、ユージーンとデート(1)

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 ブランジェ公爵邸前に二頭立ての馬車が停まる。
 客車から降りてきたのは、黒髪に切れ長の目が印象的な青年。丈の長いダークグリーンのコートと揃いのトラウザーズが背の高い彼によく似合う。

「いらっしゃいませ、セロー閣下」

 公爵家の筆頭執事が恭しく扉を開け、邸宅内へ招き入れる。
 革張りのソファに座り、応接室で紅茶を飲みながら待機すること数分。

「お待たせいたしました」

 やっと目当ての人物の登場だ。
 部屋に入ってきたのは、フルール・ブランジェと、その母ミランダだ。
 ユージーンは立ち上がって二人に挨拶する。

「こんにちは、公爵夫人、フルール嬢。本日はお誘いをお受け頂きありがとうございます。お嬢様は大切にお預かり致しますので、どうぞご安心を」

「ええ、娘をよろしくお願いしますわね」

「はい。ご当主にもよろしくお伝え下さい」

 和やかに会話する母と同窓生に、フルールはちょっぴり居心地が悪くなる。
 貴族同士の男女交際は、庶民のそれより面倒だ。デートといっても、街なかで二人で待ち合わせるのではなく、男性が女性側へ馬車で迎えに来るのだ。当然、家族への挨拶も必須だ。今日は父アルフォンスは仕事で不在だが。
 クワント王国の貴族は、王族以外はさほど異性間交流にうるさくない。夜会の度にパートナーの変わる者も珍しくないのだ。だからきちんと手順を踏んで娘をデートに誘ったユージーンを、母は快く受け入れた。
 王太子グレゴリーと婚約していた時は、用がある時は空の馬車が迎えに来て王宮へ連れて行かれる形だったので、相手の方から来るのはなんだか新鮮だ。
 母と使用人に見守られながらセロー侯爵家の馬車に乗る。ゆっくりと馬が走り出すと、フルールはそっとため息をついた。

「どうされましたか?」

 向かいの座席に座っているユージーンが顔を覗き込んでくる。

「気が乗りませんか? 無理矢理誘ってしまったので……」

「いいえ! そんなことは!」

 表情を曇らせる侯爵に、フルールは慌てて否定する。

「ただ、大変だなって思って」

「大変?」

「ついこの間までは普通に学園でお喋りできたのに、今は何度もお手紙をやり取りして日程を決めて、家族にも会ってって……。物事が複雑になってしまったなと」

 ぼやく令嬢に、侯爵は愉快そうに目を細める。

「確かに。学生の頃だったら、家の許しももらわず、貴女を放課後街へ連れ出したかもしれない」

 ……それは、フルールに婚約者がいたから叶わなかったが。

「でも、複雑な手順を踏むことも大事だと思いますよ」

 え? と顔を上げた公爵令嬢に、同い年の侯爵は柔らかく微笑む。

「後ろ暗いところなく、正々堂々貴女を口説けるから」

「……!」

 ゆでダコになって俯いてしまった令嬢に、侯爵は満足気に唇の端を上げた。
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