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7、手紙の返事
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「むー……」
書きかけの便箋とにらめっこする。
婚約破棄から数日。突如始まったフルール・ブランジェ公爵令嬢のモテ期はとどまることを知らず、毎日手紙とプレゼントが山のように届いている。フルールはそれら全てに対応しているのだが……。
「どうしよう、書くことが浮かばないわ」
諦めて羽ペンを放り出す。
「もう何日もお手紙のお返事を書いているのに一向に減らないし、手が痛くなってしまったわ」
弱気に文机に突っ伏すご令嬢に、執事のエリックが紅茶を差し出した。
「少し休まれては? 一方的に送られて来る恋文など、律儀にお返事せずともよろしいのに」
「無視をするのも申し訳ない気がして」
真面目な令嬢は茜色の液体を一口啜り、ほっと息をつく。
「でも、面白いことが解ったわ」
「なんです?」
聞き返すエリックに、令嬢は楽しげに微笑む。
「女性を褒める時に使う比喩表現は、動物では子猫・兎・小鳥が多いわ。植物だと、薔薇がダントツね。百合やマーガレットもあったわ。スタイルを褒めるなら、柳や糸杉。お人形さんって言い回しもよく見かけたわ」
「……恋文の統計をとってどうするんですか?」
研究熱心な主人に執事は呆れてしまう。
「あと、差出人は違うのに、文面も筆跡もまったく同じ手紙が何通かあったわ」
ほら、とフルールは選り分けた封筒を見せる。
「それはきっと代筆屋でしょう」
「代筆屋?」
「巷には、本人に変わって恋文の文面を考え書いてくれる職業があるのです。差出人達は同じ代筆屋に頼んだのですよ」
「なるほど。プロが書いているから韻の踏み方が上手で、字も綺麗なのね」
世の中には色々な職業があるものだと、フルールは感心する。
しかし、同じ手紙がこれだけ多く届いているのだから、王都の代筆屋は大盛況なのだろう。公爵令嬢は、知らぬうちに経済を回していた。
「明らかな代筆はお返事を書かなくてもいいんじゃないですか? 誠意を感じません」
自分も代筆を持ちかけたことは棚において、エリックは不快感を顕にする。そんな執事にフルールは鷹揚に笑った。
「あら、結果が同じなら、手間を掛けるか、お金を掛けるかを選ぶのは本人の勝手じゃなくて? 喜ぶ人がいるから、代筆屋という職業が成立するのでしょうし」
「お嬢様は妙なところで寛容ですよね」
エリックは思わず呆れてしまう。父である先代執事の頃から仕えて十年、彼はフルールの怒った姿を見たことがない。
「でも、二度目も代筆屋さんのお手紙で来たら、もう返事は書かないわ」
「それがよろしいです」
どんな無礼にも一度は誠実に返す、それがブランジェ公爵の血統だ。……二度目はないが。
「ああ、でも、本当にこのお手紙達のお返事はどうしましょう? さっきから似たような文章ばかりになってしまうの」
悩む令嬢に、執事は淡々とアドバイスする。
「似たような文でもいいじゃありませんか。それこそ、代筆屋のように同じ文面でも。受け取る人は全員違うのですから、気づかれませんよ」
エリックの言葉はもっともだが……。
「でも、同じ文言しか浮かんでこないと、自分の語彙力のなさに絶望しない?」
「……語学のテストじゃないんですから」
執事は思わずツッコんだ。
「そうだけど。でも、せっかくなら納得のいく文章を書きたいじゃない?」
フルールは手紙を伏せると、よし、と立ち上がった。
「エリック、馬車を出して。出かけるわ」
「どこへですか?」
不思議顔の彼に、彼女はいたずらっぽくウインクした。
「語彙力の上がる場所よ」
書きかけの便箋とにらめっこする。
婚約破棄から数日。突如始まったフルール・ブランジェ公爵令嬢のモテ期はとどまることを知らず、毎日手紙とプレゼントが山のように届いている。フルールはそれら全てに対応しているのだが……。
「どうしよう、書くことが浮かばないわ」
諦めて羽ペンを放り出す。
「もう何日もお手紙のお返事を書いているのに一向に減らないし、手が痛くなってしまったわ」
弱気に文机に突っ伏すご令嬢に、執事のエリックが紅茶を差し出した。
「少し休まれては? 一方的に送られて来る恋文など、律儀にお返事せずともよろしいのに」
「無視をするのも申し訳ない気がして」
真面目な令嬢は茜色の液体を一口啜り、ほっと息をつく。
「でも、面白いことが解ったわ」
「なんです?」
聞き返すエリックに、令嬢は楽しげに微笑む。
「女性を褒める時に使う比喩表現は、動物では子猫・兎・小鳥が多いわ。植物だと、薔薇がダントツね。百合やマーガレットもあったわ。スタイルを褒めるなら、柳や糸杉。お人形さんって言い回しもよく見かけたわ」
「……恋文の統計をとってどうするんですか?」
研究熱心な主人に執事は呆れてしまう。
「あと、差出人は違うのに、文面も筆跡もまったく同じ手紙が何通かあったわ」
ほら、とフルールは選り分けた封筒を見せる。
「それはきっと代筆屋でしょう」
「代筆屋?」
「巷には、本人に変わって恋文の文面を考え書いてくれる職業があるのです。差出人達は同じ代筆屋に頼んだのですよ」
「なるほど。プロが書いているから韻の踏み方が上手で、字も綺麗なのね」
世の中には色々な職業があるものだと、フルールは感心する。
しかし、同じ手紙がこれだけ多く届いているのだから、王都の代筆屋は大盛況なのだろう。公爵令嬢は、知らぬうちに経済を回していた。
「明らかな代筆はお返事を書かなくてもいいんじゃないですか? 誠意を感じません」
自分も代筆を持ちかけたことは棚において、エリックは不快感を顕にする。そんな執事にフルールは鷹揚に笑った。
「あら、結果が同じなら、手間を掛けるか、お金を掛けるかを選ぶのは本人の勝手じゃなくて? 喜ぶ人がいるから、代筆屋という職業が成立するのでしょうし」
「お嬢様は妙なところで寛容ですよね」
エリックは思わず呆れてしまう。父である先代執事の頃から仕えて十年、彼はフルールの怒った姿を見たことがない。
「でも、二度目も代筆屋さんのお手紙で来たら、もう返事は書かないわ」
「それがよろしいです」
どんな無礼にも一度は誠実に返す、それがブランジェ公爵の血統だ。……二度目はないが。
「ああ、でも、本当にこのお手紙達のお返事はどうしましょう? さっきから似たような文章ばかりになってしまうの」
悩む令嬢に、執事は淡々とアドバイスする。
「似たような文でもいいじゃありませんか。それこそ、代筆屋のように同じ文面でも。受け取る人は全員違うのですから、気づかれませんよ」
エリックの言葉はもっともだが……。
「でも、同じ文言しか浮かんでこないと、自分の語彙力のなさに絶望しない?」
「……語学のテストじゃないんですから」
執事は思わずツッコんだ。
「そうだけど。でも、せっかくなら納得のいく文章を書きたいじゃない?」
フルールは手紙を伏せると、よし、と立ち上がった。
「エリック、馬車を出して。出かけるわ」
「どこへですか?」
不思議顔の彼に、彼女はいたずらっぽくウインクした。
「語彙力の上がる場所よ」
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