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5、王家の謝罪
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「此度のこと、息子が大変申し訳ないことをした」
「いいえ。陛下、滅相もございません! どうかお顔をお上げください!」
頭を下げる壮年の男性に、フルールは恐縮しっぱなしだ。
ここは王宮内の貴賓室。複雑な彫刻の施された大理石のテーブルを挟んで向かい合って座っているのは、フルールと彼女の両親、そして……クワント王国国王夫妻だ。
今日は正式に王家から婚約破棄の謝罪がしたいと、フルール本人も王宮に呼び出されたのだ。場所には国王が高く座す謁見の間ではなく、同じ目線で話せる貴賓室が選ばれたのは、王家の誠意の表れだろう。
クワント王国には公爵が二人いるが、いずれも王家の傍系だ。なので今回の面談は、身内同士の話し合いの意味もある。
国王ダリム二世は、クッションの利いたソファに背を埋め、重いため息をついた。
「本当に、グレゴリーには困ったものよ。まさか卒業パーティーなどという貴族子女の集まる場で醜態を晒すとは」
今、この場には王太子はいない。
「あの、グレゴリー殿下は?」
一応訊いてみると、
「謹慎させている。フルール嬢も不快だろうから顔を出させなかった」
「いえ、そんなことは……」
憤る国王に、公爵令嬢は曖昧に微笑むしかない。
「本当にごめんなさいね、フルール」
王妃のアンヌマリーも眉根を寄せる。
「グレゴリーも一時の気の迷いだと思うの。ナントカって子爵令嬢とは別れされるから、もう一度あの子との結婚を考えてくれないかしら?」
……メロディ・スペック男爵令嬢だ。
「ありがたいお言葉ですが、王妃様」
フルールはまっすぐ顔を上げ、国王と王妃を見つめた。
「今回のことは、わたくしは何も気にしておりません。やり方は少々乱暴でしたが、わたくしはグレゴリー殿下のお心をお聞きできて良かったと思っております。結婚は一人ではできぬもの。わたくしも、もう殿下とは別の方向に歩き始めています。ですので、この件はこのまま白紙に戻していただきたいと思います」
国家の最高権力者の前でも淀みなく理路整然と意見を述べる公爵令嬢に、国王夫妻は惜しい気持ちでいっぱいだ。正直、王太子はあまり出来がよろしくない。しっかりした嫁に支えてもらいたかったのに。
「それと、ご家族のことに口を出すのは憚られますが、できればグレゴリー殿下とメロディ・スペック様に重い咎めのないようお取り計らいください」
加害者とその家族への気遣いまで完璧だ。
「娘もこう申しておりますので、この件は今日この場限りで終わりにいたしましょう」
フルールの父、アルフォンス・ブランジェ公爵が言葉を継ぐ。
「但し、娘にも将来がありますので、婚約破棄の理由はきちんと公表していただきたい」
「うむ、しかと承知した」
ブランジェ公爵は国家予算に匹敵する財力を有する資産家だ。王家だって敵に回したくない。
こうして王太子グレゴリーとフルール公爵令嬢の婚約破棄は正式に受理された。
「今回は大変だったわねぇ」
王宮の出口へと向かう道すがら、公爵夫人のミランダがふわふわした口調で言う。彼女はおおらかなのが特徴だ。
「でも、フルールがあまり落ち込んでなくて良かったわ。ヴィンセントは大荒れで、わたくし、ちょっと怖かったもの」
「大事な妹が不当な扱いを受けたのだからな。ワシだってちょっと暴れたかったぞ」
母と父の会話に、娘は苦笑する。
「ご心配お掛けしました、お父様、お母様。でも、わたくしは大丈夫ですよ」
「お前は何事も卒なくこなせる子だったからな。だが、出来すぎる子も心配なのだよ」
父も相好を崩し、娘の頭を撫でる。
「さて、ワシらは大臣のところへ顔を出さねばならん。フルールはどうする?」
「先に帰ってますわ。馬車でエリックも待ってますから」
「そうか。夕食には戻ると家の者に伝えてくれ」
「はい、お仕事がんばってください。お父様、お母様」
「じゃあ、また後でね、フルール」
父母と別れ、一人で出口へ向かう。王宮の建物を出ても、正門まではかなりの距離がある。衛兵に頼めば建物前まで馬車を呼んでくれるが、敷地内の庭は今は花盛りで、散歩したい気分だ。
フルールは遠回りして王家の花園に向かう。蔓薔薇の迷路になっているそこは賓客にも開放されていて、王宮に来た時は必ず立ち寄るフルールのお気に入りスポットだ。
季節の花が咲き乱れる小径を、のんびり歩く。柔らかい木漏れ日が心地好い。
幼い頃は、ここでよく遊んだな、とフルールは思い出す。
グレゴリーと、もう一人……。
「わっ」
突然、ガサガサッと近くの楠が揺れ、大量の木の葉がフルールに降り注いだ。クスクスと楽しげな声が頭上で響き、彼女は空を仰いだ。
「やあ、フルール!」
楠の梢には半ズボンから覗く長い足が二本。彼女を見下ろしていたのは……、
「セドリック殿下!」
クワント王国第二王子セドリックだった。
「いいえ。陛下、滅相もございません! どうかお顔をお上げください!」
頭を下げる壮年の男性に、フルールは恐縮しっぱなしだ。
ここは王宮内の貴賓室。複雑な彫刻の施された大理石のテーブルを挟んで向かい合って座っているのは、フルールと彼女の両親、そして……クワント王国国王夫妻だ。
今日は正式に王家から婚約破棄の謝罪がしたいと、フルール本人も王宮に呼び出されたのだ。場所には国王が高く座す謁見の間ではなく、同じ目線で話せる貴賓室が選ばれたのは、王家の誠意の表れだろう。
クワント王国には公爵が二人いるが、いずれも王家の傍系だ。なので今回の面談は、身内同士の話し合いの意味もある。
国王ダリム二世は、クッションの利いたソファに背を埋め、重いため息をついた。
「本当に、グレゴリーには困ったものよ。まさか卒業パーティーなどという貴族子女の集まる場で醜態を晒すとは」
今、この場には王太子はいない。
「あの、グレゴリー殿下は?」
一応訊いてみると、
「謹慎させている。フルール嬢も不快だろうから顔を出させなかった」
「いえ、そんなことは……」
憤る国王に、公爵令嬢は曖昧に微笑むしかない。
「本当にごめんなさいね、フルール」
王妃のアンヌマリーも眉根を寄せる。
「グレゴリーも一時の気の迷いだと思うの。ナントカって子爵令嬢とは別れされるから、もう一度あの子との結婚を考えてくれないかしら?」
……メロディ・スペック男爵令嬢だ。
「ありがたいお言葉ですが、王妃様」
フルールはまっすぐ顔を上げ、国王と王妃を見つめた。
「今回のことは、わたくしは何も気にしておりません。やり方は少々乱暴でしたが、わたくしはグレゴリー殿下のお心をお聞きできて良かったと思っております。結婚は一人ではできぬもの。わたくしも、もう殿下とは別の方向に歩き始めています。ですので、この件はこのまま白紙に戻していただきたいと思います」
国家の最高権力者の前でも淀みなく理路整然と意見を述べる公爵令嬢に、国王夫妻は惜しい気持ちでいっぱいだ。正直、王太子はあまり出来がよろしくない。しっかりした嫁に支えてもらいたかったのに。
「それと、ご家族のことに口を出すのは憚られますが、できればグレゴリー殿下とメロディ・スペック様に重い咎めのないようお取り計らいください」
加害者とその家族への気遣いまで完璧だ。
「娘もこう申しておりますので、この件は今日この場限りで終わりにいたしましょう」
フルールの父、アルフォンス・ブランジェ公爵が言葉を継ぐ。
「但し、娘にも将来がありますので、婚約破棄の理由はきちんと公表していただきたい」
「うむ、しかと承知した」
ブランジェ公爵は国家予算に匹敵する財力を有する資産家だ。王家だって敵に回したくない。
こうして王太子グレゴリーとフルール公爵令嬢の婚約破棄は正式に受理された。
「今回は大変だったわねぇ」
王宮の出口へと向かう道すがら、公爵夫人のミランダがふわふわした口調で言う。彼女はおおらかなのが特徴だ。
「でも、フルールがあまり落ち込んでなくて良かったわ。ヴィンセントは大荒れで、わたくし、ちょっと怖かったもの」
「大事な妹が不当な扱いを受けたのだからな。ワシだってちょっと暴れたかったぞ」
母と父の会話に、娘は苦笑する。
「ご心配お掛けしました、お父様、お母様。でも、わたくしは大丈夫ですよ」
「お前は何事も卒なくこなせる子だったからな。だが、出来すぎる子も心配なのだよ」
父も相好を崩し、娘の頭を撫でる。
「さて、ワシらは大臣のところへ顔を出さねばならん。フルールはどうする?」
「先に帰ってますわ。馬車でエリックも待ってますから」
「そうか。夕食には戻ると家の者に伝えてくれ」
「はい、お仕事がんばってください。お父様、お母様」
「じゃあ、また後でね、フルール」
父母と別れ、一人で出口へ向かう。王宮の建物を出ても、正門まではかなりの距離がある。衛兵に頼めば建物前まで馬車を呼んでくれるが、敷地内の庭は今は花盛りで、散歩したい気分だ。
フルールは遠回りして王家の花園に向かう。蔓薔薇の迷路になっているそこは賓客にも開放されていて、王宮に来た時は必ず立ち寄るフルールのお気に入りスポットだ。
季節の花が咲き乱れる小径を、のんびり歩く。柔らかい木漏れ日が心地好い。
幼い頃は、ここでよく遊んだな、とフルールは思い出す。
グレゴリーと、もう一人……。
「わっ」
突然、ガサガサッと近くの楠が揺れ、大量の木の葉がフルールに降り注いだ。クスクスと楽しげな声が頭上で響き、彼女は空を仰いだ。
「やあ、フルール!」
楠の梢には半ズボンから覗く長い足が二本。彼女を見下ろしていたのは……、
「セドリック殿下!」
クワント王国第二王子セドリックだった。
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