上 下
5 / 76

5、王家の謝罪

しおりを挟む
「此度のこと、息子が大変申し訳ないことをした」

「いいえ。陛下、滅相もございません! どうかお顔をお上げください!」

 頭を下げる壮年の男性に、フルールは恐縮しっぱなしだ。
 ここは王宮内の貴賓室。複雑な彫刻の施された大理石のテーブルを挟んで向かい合って座っているのは、フルールと彼女の両親、そして……クワント王国国王夫妻だ。
 今日は正式に王家から婚約破棄の謝罪がしたいと、フルール本人も王宮に呼び出されたのだ。場所には国王が高く座す謁見の間ではなく、同じ目線で話せる貴賓室が選ばれたのは、王家の誠意の表れだろう。
 クワント王国には公爵が二人いるが、いずれも王家の傍系だ。なので今回の面談は、身内同士の話し合いの意味もある。
 国王ダリム二世は、クッションの利いたソファに背を埋め、重いため息をついた。

「本当に、グレゴリーには困ったものよ。まさか卒業パーティーなどという貴族子女の集まる場で醜態を晒すとは」

 今、この場には王太子はいない。

「あの、グレゴリー殿下は?」

 一応訊いてみると、

「謹慎させている。フルール嬢も不快だろうから顔を出させなかった」

「いえ、そんなことは……」

 憤る国王に、公爵令嬢は曖昧に微笑むしかない。

「本当にごめんなさいね、フルール」

 王妃のアンヌマリーも眉根を寄せる。

「グレゴリーも一時の気の迷いだと思うの。ナントカって子爵令嬢とは別れされるから、もう一度あの子との結婚を考えてくれないかしら?」

 ……メロディ・スペック男爵令嬢だ。

「ありがたいお言葉ですが、王妃様」

 フルールはまっすぐ顔を上げ、国王と王妃を見つめた。

「今回のことは、わたくしは何も気にしておりません。やり方は少々乱暴でしたが、わたくしはグレゴリー殿下のお心をお聞きできて良かったと思っております。結婚は一人ではできぬもの。わたくしも、もう殿下とは別の方向に歩き始めています。ですので、この件はこのまま白紙に戻していただきたいと思います」

 国家の最高権力者の前でも淀みなく理路整然と意見を述べる公爵令嬢に、国王夫妻は惜しい気持ちでいっぱいだ。正直、王太子グレゴリーはあまり出来がよろしくない。しっかりした嫁に支えてもらいたかったのに。

「それと、ご家族のことに口を出すのは憚られますが、できればグレゴリー殿下とメロディ・スペック様に重い咎めのないようお取り計らいください」

 加害者とその家族への気遣いまで完璧だ。

「娘もこう申しておりますので、この件は今日この場限りで終わりにいたしましょう」

 フルールの父、アルフォンス・ブランジェ公爵が言葉を継ぐ。

「但し、娘にも将来がありますので、婚約破棄の理由はきちんと公表していただきたい」

「うむ、しかと承知した」

 ブランジェ公爵は国家予算に匹敵する財力を有する資産家だ。王家だって敵に回したくない。
 こうして王太子グレゴリーとフルール公爵令嬢の婚約破棄は正式に受理された。

「今回は大変だったわねぇ」

 王宮の出口へと向かう道すがら、公爵夫人のミランダがふわふわした口調で言う。彼女はおおらかなのが特徴だ。

「でも、フルールがあまり落ち込んでなくて良かったわ。ヴィンセントは大荒れで、わたくし、ちょっと怖かったもの」

「大事な妹が不当な扱いを受けたのだからな。ワシだってちょっと暴れたかったぞ」

 母と父の会話に、娘は苦笑する。

「ご心配お掛けしました、お父様、お母様。でも、わたくしは大丈夫ですよ」

「お前は何事も卒なくこなせる子だったからな。だが、出来すぎる子も心配なのだよ」

 父も相好を崩し、娘の頭を撫でる。

「さて、ワシらは大臣のところへ顔を出さねばならん。フルールはどうする?」

「先に帰ってますわ。馬車でエリックも待ってますから」

「そうか。夕食には戻ると家の者に伝えてくれ」

「はい、お仕事がんばってください。お父様、お母様」

「じゃあ、また後でね、フルール」

 父母と別れ、一人で出口へ向かう。王宮の建物を出ても、正門まではかなりの距離がある。衛兵に頼めば建物前まで馬車を呼んでくれるが、敷地内の庭は今は花盛りで、散歩したい気分だ。
 フルールは遠回りして王家の花園に向かう。蔓薔薇の迷路になっているそこは賓客にも開放されていて、王宮に来た時は必ず立ち寄るフルールのお気に入りスポットだ。
 季節の花が咲き乱れる小径こみちを、のんびり歩く。柔らかい木漏れ日が心地好い。
 幼い頃は、ここでよく遊んだな、とフルールは思い出す。
 グレゴリーと、もう一人……。

「わっ」

 突然、ガサガサッと近くの楠が揺れ、大量の木の葉がフルールに降り注いだ。クスクスと楽しげな声が頭上で響き、彼女は空を仰いだ。

「やあ、フルール!」

 楠の梢には半ズボンから覗く長い足が二本。彼女を見下ろしていたのは……、

「セドリック殿下!」

 クワント王国第二王子セドリックだった。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

【連載版】ヒロインは元皇后様!?〜あら?生まれ変わりましたわ?〜

naturalsoft
恋愛
その日、国民から愛された皇后様が病気で60歳の年で亡くなった。すでに現役を若き皇王と皇后に譲りながらも、国内の貴族のバランスを取りながら暮らしていた皇后が亡くなった事で、王国は荒れると予想された。 しかし、誰も予想していなかった事があった。 「あら?わたくし生まれ変わりましたわ?」 すぐに辺境の男爵令嬢として生まれ変わっていました。 「まぁ、今世はのんびり過ごしましょうか〜」 ──と、思っていた時期がありましたわ。 orz これは何かとヤラカシて有名になっていく転生お皇后様のお話しです。 おばあちゃんの知恵袋で乗り切りますわ!

フラグを折ったら溺愛されました

咲宮
恋愛
よくある乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったので、フラグを折る為に隣国へ留学します!! 只の留学の筈だったのに、いつの間にか溺愛されているのは何故なのでしょうか。 →1巻【婚約破棄編】 怒涛の日々を越え、新たな肩書きと共に再びゼロ国へと足を踏み入れることができました。 とは言ったものの、その肩書き──国王の婚約者は当分しまっておいて大丈夫なようです。様々な課題を置きながらも、まずは当初の目的であった留学の役目を果たすことになりました。 専門学校にて舞踊を学ぶ筈だったのに、校内にまで溺愛がやまないのは何故なのでしょうか。 →第二部【専門学校編】 完結しました! ※更新不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想よろしければお願いします。 ※登場人物紹介、今更ですが作りました!容姿について何も触れてなかったので、ここで触れておこうと思います。ネタバレにならないようにはしてます。 ※内容紹介変更しました!

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

転生してギルドの社畜になったけど、S級冒険者の女辺境伯にスカウトされたので退職して領地開拓します。今更戻って来いって言われてももう婿です

途上の土
ファンタジー
『ブラック企業の社畜」ならぬ『ブラックギルドのギル畜』 ハルトはふとしたきっかけで前世の記憶を取り戻す。  ギルドにこき使われ、碌に評価もされず、虐げられる毎日に必死に耐えていたが、憧れのS 級冒険者マリアに逆プロポーズされ、ハルトは寿退社(?)することに。  前世の記憶と鑑定チートを頼りにハルトは領地開拓に動き出す。  ハルトはただの官僚としてスカウトされただけと思っていたのに、いきなり両親に紹介されて——  一方、ハルトが抜けて彼の仕事をカバーできる者がおらず冒険者ギルドは大慌て。ハルトを脅して戻って来させようとするが——  ハルトの笑顔が人々を動かし、それが発展に繋がっていく。  色々問題はあるけれど、きっと大丈夫! だって、うちの妻、人類最強ですから! ※中世ヨーロッパの村落、都市、制度等を参考にしておりますが、当然そのまんまではないので、史実とは差異があります。ご了承ください ※カクヨムにも掲載しています。現在【異世界ファンタジー週間18位】

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

転生貧乏令嬢メイドは見なかった!

seo
恋愛
 血筋だけ特殊なファニー・イエッセル・クリスタラーは、名前や身元を偽りメイド業に勤しんでいた。何もないただ広いだけの領地はそれだけでお金がかかり、古い屋敷も修繕費がいくらあっても足りない。  いつものようにお茶会の給仕に携わった彼女は、令息たちの会話に耳を疑う。ある女性を誰が口説き落とせるかの賭けをしていた。その対象は彼女だった。絶対こいつらに関わらない。そんな決意は虚しく、親しくなれるように手筈を整えろと脅され断りきれなかった。抵抗はしたものの身分の壁は高く、メイドとしても令嬢としても賭けの舞台に上がることに。  これは前世の記憶を持つ貧乏な令嬢が、見なかったことにしたかったのに巻き込まれ、自分の存在を見なかったことにしない人たちと出会った物語。 #逆ハー風なところあり #他サイトさまでも掲載しています(作者名2文字違いもあり)

魔法使いと彼女を慕う3匹の黒竜~魔法は最強だけど溺愛してくる竜には勝てる気がしません~

村雨 妖
恋愛
 森で1人のんびり自由気ままな生活をしながら、たまに王都の冒険者のギルドで依頼を受け、魔物討伐をして過ごしていた”最強の魔法使い”の女の子、リーシャ。  ある依頼の際に彼女は3匹の小さな黒竜と出会い、一緒に生活するようになった。黒竜の名前は、ノア、ルシア、エリアル。毎日可愛がっていたのに、ある日突然黒竜たちは姿を消してしまった。代わりに3人の人間の男が家に現れ、彼らは自分たちがその黒竜だと言い張り、リーシャに自分たちの”番”にするとか言ってきて。  半信半疑で彼らを受け入れたリーシャだが、一緒に過ごすうちにそれが本当の事だと思い始めた。彼らはリーシャの気持ちなど関係なく自分たちの好きにふるまってくる。リーシャは彼らの好意に鈍感ではあるけど、ちょっとした言動にドキッとしたり、モヤモヤしてみたりて……お互いに振り回し、振り回されの毎日に。のんびり自由気ままな生活をしていたはずなのに、急に慌ただしい生活になってしまって⁉ 3人との出会いを境にいろんな竜とも出会うことになり、関わりたくない竜と人間のいざこざにも巻き込まれていくことに!※”小説家になろう”でも公開しています。※表紙絵自作の作品です。

処理中です...