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15、執事の帰還
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「バルトルド、遅いわねー……」
窓の桟に頬杖をついて、ぼんやり空を眺める。
翼猫が手紙を届けに王城へ向かって五日。未だに彼は帰ってこない。
「普通なら、片道半日で着くんでしょ?」
振り返る私に、魔王は首を竦めた。
「人の王が返事を書くまで待っているのやもしれぬ。そう焦るな」
「でも……」
使者が帰ってこない時もあるって言ったのは、魔王だ。心配にもなるよ。
ここ数日、私は魔王城で魔王と一緒に過ごしている。
魔族はあまり食事をしなくてもいいみたいなんだけど、村人がせっせと料理のおすそ分けを持ってきてくれるので、食べ物には困らない。
……地域に愛される魔王って……。
セレレとも仲良くなったし、モンストル山脈に棲む魔獣も紹介してもらった。フェンリルや炎竜なんて初めて見たよ! でも、それを従えちゃうんだから、魔王はすごい。
……その魔王すら倒せるんだから、聖剣はもっとすごい。
できれば……魔王とジェフリーが戦うところなんて見たくないな……。
私がため息で曇らせた窓を手で拭いた……その時。
遠くの空に何かが光った。
「あ……!」
それはふらふらと宙を漂い……ぺしゃっと山の中腹に落ちた。
「バルトルド!?」
「なに!?」
窓に張り付いた私に、ソファで本を読んでいた魔王も腰を浮かす。
私達は急いで山を下りた。
◆ ◇ ◆ ◇
バルトルドが落ちた付近まで魔王の翼で飛んで行き、降りて二手に分かれる。
蛇のように地を這う木の根や、ナイフのような草の葉に行く手を阻まれながら、必死で執事を捜索する。
「いたぞ!」
呼ぶ声に駆けつけると、魔王の手の中にはぐったりと横たわる翼猫の姿があった。しかし、大きな蝙蝠の翼は焦げたり矢が刺さったりで穴が空き、腹には大きな斜めに大きな刃傷があった。火炎魔法に物理攻撃、それにこの傷は……。
「聖剣で斬られてる……!」
傷口からホロホロと黒い灰が零れ落ちている。聖剣で倒された魔物は、灰と化すのだ。これだけの傷を負いながらもまだ形を保っていられるのだから、バルトルドはかなり高位の魔物なのだと知れる。
でも……これでは時間の問題だ。
「陛下……無念、です。ゆう、者は……」
「バルトルド、黙って!」
必死で魔王に何かを伝えようとする翼猫を叱咤して、私は彼の腹部に手を当てる。
「回復!」
発動した魔法は光を放ち……ジュッと小さく紫紺の毛を灼いた。
「あ……っ」
「無駄だ。人の回復魔法は聖属性。闇を力の根源とする魔族には逆効果だ」
魔王は眉を顰めて首を振る。彼の腕の中で、翼猫は灰になって崩れていく。
もう、魔王も……バルトルドさえも、自分の生を諦めてる。
……でも!
「諦められるわけないでしょ!」
目の前で知り合いが死にかけてるのに!
私は魔王を押しのけ、もう一度翼猫に手を当てた。
「やめよ、回復は効かぬ」
「知ってる!」
止める魔王を怒鳴りつける。
「私がなんで聖女って呼ばれてるか知ってる? それは回復魔法のエキスパートだからよ!」
回復魔法は、魔法の中でも特殊な才能を有する術。生命力を操る神の御業の使い手はそう多くない。私の村でも、私一人しかいなかった。
だからこそ、ジェフリーは私を旅のお伴に選んだんだ。
人間の回復魔法が効かないなら、魔族用にカスタムするまでよ!
私は即興で詠唱をアレンジする。普通の回復呪文から聖の要素を抜いて、闇の言葉に置き換える。それに併せて自分の魔力も聖霊ではなく地精の力を借りて増幅する。
練り上げたのは、人間が浴びたら一発で心を壊すであろう闇の重圧魔法。
「効けぇ!」
魔法の発動と共にブワッ! と掌から禍々しい闇が溢れる。闇は幾本もの触手に姿を変えてバルトルドの傷口に群がり、絡まって繋がり合って空いた穴を埋めていく。
「なんと……!」
魔王は目を見開いたまま動けない。
その間にも、翼猫のお腹は艷やかな獣毛で覆われて、焼け焦げた翼も元通りに再生していく。
「ふう」
私が一息ついた時には、猫のバルトルドは穏やかな寝息を立てていた。
「バルトルド……」
魔王は猫の首を撫でてから、顔を上げた。
「礼を言う、聖女よ」
「……使ったのは闇魔法だけどね」
私はおどけてウインクしてみせる。
……でも、事態は深刻だ。
聖剣が使われたってことは、交渉は決裂したってことよね。そうなると……。
「魔王様! 聖女様! 大変です!」
考える間もなく頭上から呼ばれる。
見上げると、メイド姿のセレレが宙に浮いていた。背中には白い羽。そうか、セイレーンは鳥の魔族。みんな翼があっていいなぁ。
……なんて悠長なこと言ってる場合じゃない。
セレレのあせった声が響く。
「村の人達が……!」
窓の桟に頬杖をついて、ぼんやり空を眺める。
翼猫が手紙を届けに王城へ向かって五日。未だに彼は帰ってこない。
「普通なら、片道半日で着くんでしょ?」
振り返る私に、魔王は首を竦めた。
「人の王が返事を書くまで待っているのやもしれぬ。そう焦るな」
「でも……」
使者が帰ってこない時もあるって言ったのは、魔王だ。心配にもなるよ。
ここ数日、私は魔王城で魔王と一緒に過ごしている。
魔族はあまり食事をしなくてもいいみたいなんだけど、村人がせっせと料理のおすそ分けを持ってきてくれるので、食べ物には困らない。
……地域に愛される魔王って……。
セレレとも仲良くなったし、モンストル山脈に棲む魔獣も紹介してもらった。フェンリルや炎竜なんて初めて見たよ! でも、それを従えちゃうんだから、魔王はすごい。
……その魔王すら倒せるんだから、聖剣はもっとすごい。
できれば……魔王とジェフリーが戦うところなんて見たくないな……。
私がため息で曇らせた窓を手で拭いた……その時。
遠くの空に何かが光った。
「あ……!」
それはふらふらと宙を漂い……ぺしゃっと山の中腹に落ちた。
「バルトルド!?」
「なに!?」
窓に張り付いた私に、ソファで本を読んでいた魔王も腰を浮かす。
私達は急いで山を下りた。
◆ ◇ ◆ ◇
バルトルドが落ちた付近まで魔王の翼で飛んで行き、降りて二手に分かれる。
蛇のように地を這う木の根や、ナイフのような草の葉に行く手を阻まれながら、必死で執事を捜索する。
「いたぞ!」
呼ぶ声に駆けつけると、魔王の手の中にはぐったりと横たわる翼猫の姿があった。しかし、大きな蝙蝠の翼は焦げたり矢が刺さったりで穴が空き、腹には大きな斜めに大きな刃傷があった。火炎魔法に物理攻撃、それにこの傷は……。
「聖剣で斬られてる……!」
傷口からホロホロと黒い灰が零れ落ちている。聖剣で倒された魔物は、灰と化すのだ。これだけの傷を負いながらもまだ形を保っていられるのだから、バルトルドはかなり高位の魔物なのだと知れる。
でも……これでは時間の問題だ。
「陛下……無念、です。ゆう、者は……」
「バルトルド、黙って!」
必死で魔王に何かを伝えようとする翼猫を叱咤して、私は彼の腹部に手を当てる。
「回復!」
発動した魔法は光を放ち……ジュッと小さく紫紺の毛を灼いた。
「あ……っ」
「無駄だ。人の回復魔法は聖属性。闇を力の根源とする魔族には逆効果だ」
魔王は眉を顰めて首を振る。彼の腕の中で、翼猫は灰になって崩れていく。
もう、魔王も……バルトルドさえも、自分の生を諦めてる。
……でも!
「諦められるわけないでしょ!」
目の前で知り合いが死にかけてるのに!
私は魔王を押しのけ、もう一度翼猫に手を当てた。
「やめよ、回復は効かぬ」
「知ってる!」
止める魔王を怒鳴りつける。
「私がなんで聖女って呼ばれてるか知ってる? それは回復魔法のエキスパートだからよ!」
回復魔法は、魔法の中でも特殊な才能を有する術。生命力を操る神の御業の使い手はそう多くない。私の村でも、私一人しかいなかった。
だからこそ、ジェフリーは私を旅のお伴に選んだんだ。
人間の回復魔法が効かないなら、魔族用にカスタムするまでよ!
私は即興で詠唱をアレンジする。普通の回復呪文から聖の要素を抜いて、闇の言葉に置き換える。それに併せて自分の魔力も聖霊ではなく地精の力を借りて増幅する。
練り上げたのは、人間が浴びたら一発で心を壊すであろう闇の重圧魔法。
「効けぇ!」
魔法の発動と共にブワッ! と掌から禍々しい闇が溢れる。闇は幾本もの触手に姿を変えてバルトルドの傷口に群がり、絡まって繋がり合って空いた穴を埋めていく。
「なんと……!」
魔王は目を見開いたまま動けない。
その間にも、翼猫のお腹は艷やかな獣毛で覆われて、焼け焦げた翼も元通りに再生していく。
「ふう」
私が一息ついた時には、猫のバルトルドは穏やかな寝息を立てていた。
「バルトルド……」
魔王は猫の首を撫でてから、顔を上げた。
「礼を言う、聖女よ」
「……使ったのは闇魔法だけどね」
私はおどけてウインクしてみせる。
……でも、事態は深刻だ。
聖剣が使われたってことは、交渉は決裂したってことよね。そうなると……。
「魔王様! 聖女様! 大変です!」
考える間もなく頭上から呼ばれる。
見上げると、メイド姿のセレレが宙に浮いていた。背中には白い羽。そうか、セイレーンは鳥の魔族。みんな翼があっていいなぁ。
……なんて悠長なこと言ってる場合じゃない。
セレレのあせった声が響く。
「村の人達が……!」
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