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139、魔法使い茶寮(4)
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「どうしてですか? ヒルデさんだって許可をくれたのに」
食い下がるリルに、スイウは唇を噛む。
「これは制約の問題ではなく……私の問題だ」
「スイウさんの?」
首を傾げる彼女に、彼は訥々と語る。
「魔法使いの資格を失った私は、ただの人だ。大樹の寿命と切り離された私の時間は動き出し、人として老い、死んでいく。私は、そんな私を君に見せたくない」
魔法使いの時間は、人のそれとは違う。百四十年以上同じ姿で生きてきたスイウは、今まで生きてきた年数よりももっとずっと短い時間で衰え、死に向かうのだ。
永く生きてきたスイウにとって、『死』はいつも見送る側の出来事だった。閑かな森の中で、いくつもの死を見送り……残されたものを見守ってきた。
……正直、スイウは『死』というものをあまり恐れていない。
しかし、自分が死んだ後に、もし……。
黙って話を聞いていたリルは、ゆっくりと瞬きをしてから……ふわりと微笑んだ。
「スイウさんは、優しい人ですね」
「……は?」
意図が読めず困惑する彼に、彼女は笑みを崩さない。
「自分が死んだ時、私が悲しむと思って、森にいられないっていうんでしょう?」
「……っ」
言葉に詰まる。何も言えなくなったスイウに、リルは続ける。
「私はあなたと一緒にいたいです。魔法が使えなくなっても、一緒に年を取れなくても、いつか離れる未来しかなくても。それでもスイウさんと一緒にいたいです」
零れる涙にも気づかず、精一杯言葉を紡ぐ。
「ずっと森にいたから、旅に出てもいいし、しばらく森の外で暮らしてもいい。でも、いつでも大樹があなたの家なんだって、忘れないで欲しい。必ず私の元へ帰ってきて欲しい」
頬を伝う涙が襟に落ちる。
「最期まで一人にはさせません。その日が来る時には、必ず私が傍にいます。それくらい、私はスイウさんが好きです」
真剣な緑の瞳の奥に、スイウは幼い自分の面影を見た気がした。
――ディセイラから魔法使いの座を引き継いだ時、去っていく彼女をスイウは引き止められなかった。
もし自分も泣きじゃくって引き止めていたら、ディセイラはここにいてくれただろうか?
(……違う)
きっと、そうはならなかっただろう。だってスイウは、どうせ無駄だと最初から諦めていたから。自分の気持ちに向き合う勇気がなかったから。
運命を変えることができるのは、いつだって真剣に運命に立ち向かう者だけだ。
「……わかった」
スイウは小さく息をついて、過去の自分に決別した。
「森に残ろう。その日が来るまで」
スイウの言葉に、リルが泣き笑いで彼の胸に飛び込む。
新しい魔法使いの公開告白に、ジェレマイヤーは卒倒し、ノワゼアは尻尾をボワボワに爆発させて駆け寄ってくる。
ヒメミナとルビータは微笑み合い、離れた木の枝に寝そべったレオンソードはのんびり欠伸をしている。
――こうして、碧謐の森は平和な日常を取り戻したのだが……。
食い下がるリルに、スイウは唇を噛む。
「これは制約の問題ではなく……私の問題だ」
「スイウさんの?」
首を傾げる彼女に、彼は訥々と語る。
「魔法使いの資格を失った私は、ただの人だ。大樹の寿命と切り離された私の時間は動き出し、人として老い、死んでいく。私は、そんな私を君に見せたくない」
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……正直、スイウは『死』というものをあまり恐れていない。
しかし、自分が死んだ後に、もし……。
黙って話を聞いていたリルは、ゆっくりと瞬きをしてから……ふわりと微笑んだ。
「スイウさんは、優しい人ですね」
「……は?」
意図が読めず困惑する彼に、彼女は笑みを崩さない。
「自分が死んだ時、私が悲しむと思って、森にいられないっていうんでしょう?」
「……っ」
言葉に詰まる。何も言えなくなったスイウに、リルは続ける。
「私はあなたと一緒にいたいです。魔法が使えなくなっても、一緒に年を取れなくても、いつか離れる未来しかなくても。それでもスイウさんと一緒にいたいです」
零れる涙にも気づかず、精一杯言葉を紡ぐ。
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頬を伝う涙が襟に落ちる。
「最期まで一人にはさせません。その日が来る時には、必ず私が傍にいます。それくらい、私はスイウさんが好きです」
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――ディセイラから魔法使いの座を引き継いだ時、去っていく彼女をスイウは引き止められなかった。
もし自分も泣きじゃくって引き止めていたら、ディセイラはここにいてくれただろうか?
(……違う)
きっと、そうはならなかっただろう。だってスイウは、どうせ無駄だと最初から諦めていたから。自分の気持ちに向き合う勇気がなかったから。
運命を変えることができるのは、いつだって真剣に運命に立ち向かう者だけだ。
「……わかった」
スイウは小さく息をついて、過去の自分に決別した。
「森に残ろう。その日が来るまで」
スイウの言葉に、リルが泣き笑いで彼の胸に飛び込む。
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