森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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137、魔法使い茶寮(2)

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 ……このドアを前にすると、未だに緊張する。

 リルは大きく息を吸って気を鎮めてから、ノックを三回した。すぐに「どうぞ」の声が返ってきて、ドアを開ける。
 中には長い銀髪の青年がいて、なにやら書き物をしていた。

「あの、スイウさん。形態変化の術の魔導書を……」

「スイウ、鳥に化ける方法を教えろー!」

 遠慮がちにお願いするリルの背後から、狐になったノワゼアが遠慮なく飛びついてくる。

「ちょっ、ノワ君、重い!」

 じゃれる二人に微かに口角を上げ、スイウはペンを置いた。

「わかった。手本を見せよう」

 白銀の髪を揺らし、穏やかに言う。

 ――碧謐の森に、魔法使いは一人だけ。

 古の制約を遵守するこの森に、未だに先代の魔法使いがいるわけは……。


◆ ◇ ◆ ◇


 新しい結界が完成し、崩壊の危機が去った森の大樹の下では、新しい魔法使いの就任を祝うお茶会が開かれていた。
 ……といっても、主賓の新しい魔法使いリルが自ら茶を淹れて客人をもてなしているのだが。
 浮かれ騒ぐ森の住人を眺めながら、リルが大樹にもたれて一息ついていると、いつの間にか傍らに立っていたスイウが「ん」とグラスを差し出してきた。人肌ほどの温めのサファイア色の液体は、

「せせらぎの午睡……」

 リラックス効果の高い、水属性ベースのお茶だ。リルのためにわざわざ作ってくれたのだろう。その気持ちが嬉しくて、ゆっくり丁寧に味わう。スイウのお茶は几帳面で正確で……とても美味しい。
 そよ風に、大樹の新芽が揺れる。年若いリルが魔法使いになったお陰で、寿命を共有する大樹も生命力を吹返した。
 スイウは大樹を見上げて、眩しそうに目を細めた。

「これで、私の役目も終わりだな」

 寂しげで、でもどこか安堵を含んだ声に、リルの胸は痛くなる。

「スイウさんは、これからどうするんですか?」

 訊かれた彼はさっぱりと答える。

「残務処理が終わり次第、森を出る」

「森を出て……どうするの? 行く宛はあるんですか?」

「さあ? 旅にでも出るかな。森で育った私には人間の知り合いは少ないし、今更係累を探す気にもなれない。宛はなくとも歩いているうちに、いずれどこかにたどり着くだろう」

 自分の人生にすら無頓着な返事に、切なくなる。リルはグラスをぎゅっと握りしめ、スイウの瞳を見つめて口を開いた。

「スイウさん、このままずっと森にいてくれませんか?」
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