134 / 140
134、継承(1)
しおりを挟む
纏わりつくような濃い闇が徐々に薄れ、淡い白に変わっていく。
瞼に強い光を感じ、スイウはゆっくりと目を開けた。
最初に視界に飛び込んできたのは、
「スイウさん!」
赤毛のポニーテールを揺らす、少女のくしゃくしゃな涙顔。
「よかった。目を覚ましてくれて、本当によかった。私、名前を呼ぶことしかできなかったから……」
しゃくりあげるリルに苦笑して、スイウは頬を伝う彼女の涙を指で拭った。
「聞こえてた」
「え?」
顔を上げるリルに微笑む。
「君の声、聞こえていた。ありがとう」
「スイウさん……っ」
言葉に詰まり、またボロボロと涙が零れる。感極まって体当たりのように胸に飛び込んできたリルを受け止めながら、スイウは天を仰いだ。
「大樹が……」
枯れかけている。
それだけで、自分の魔法使いとしての寿命が尽きかけているのを知る。
「スイウさん」
リルは服の裾で目尻を擦りながら、彼を見上げた。
「私、結界を繋ぐ四つの楔と契約しました。森の王にも認めてもらって、今……あなたの前にいます」
早鐘のような心臓を抑え、厳かに宣言する。
「私は碧謐の森の九代目魔法使いになります。だから私に、真名をください」
次代が森の管理者を引き継ぐ時、当代が真名を読み解く。それが碧謐の森の魔法使いの継承方法だ。
スイウはもう、リルに「本当にいいのか?」なんて再確認はしない。
……最初から、気づいていた。
街で彼女のお茶を飲んだ時から。
『魔法使いは絶えない』
その言葉の意味を噛みしめる。自分が朽ちても、必ず後の続く誰かが現れる。
リルとの出会いは必然だ。彼女が魔法使いになることは、最初から決まっていた。
「アイフィロス」
スイウはリルの常緑樹の瞳の中に、真名を読み解く。
「我、スイウ=ヒュエトスは、リル=アイフィロスを九代目碧謐の森の魔法使いに任命し、全権を譲渡する」
「アイフィロス……」
その名を口にした……途端。
ぶわっ! と大樹の枝という枝から一斉に緑の葉が芽吹いた。
剥き出しになっていた地面に新しい床が張り替えられ、倒れていた本棚も立ち上がっていく。青い葉の天井から雨のように降り注ぐ優しい木洩れ日。
「な、なに、これ……?」
内側から力が溢れ、高揚に息が上がる。空気中に無数の光の粒が舞っているのが視える。教えられなくても、リルにはそれが思念の粒子なのだと知っている。
リルがただのリルだった頃と違う景色、違う世界。これが……、
「森の王と寿命を共有する、碧謐の森の魔法使いの力だ」
初めての感覚に肌が粟立つ。
(スイウさんはこんな重い使命を一人で背負ってきたのか……)
責任の重大さに押しつぶされそうになるが……後悔はない。
これはリルが決めた道だ。
「次にやるべきことは解っているな?」
スイウに訊かれたリルは「はい」と答える。
そして、出口に向かって歩き出した。
瞼に強い光を感じ、スイウはゆっくりと目を開けた。
最初に視界に飛び込んできたのは、
「スイウさん!」
赤毛のポニーテールを揺らす、少女のくしゃくしゃな涙顔。
「よかった。目を覚ましてくれて、本当によかった。私、名前を呼ぶことしかできなかったから……」
しゃくりあげるリルに苦笑して、スイウは頬を伝う彼女の涙を指で拭った。
「聞こえてた」
「え?」
顔を上げるリルに微笑む。
「君の声、聞こえていた。ありがとう」
「スイウさん……っ」
言葉に詰まり、またボロボロと涙が零れる。感極まって体当たりのように胸に飛び込んできたリルを受け止めながら、スイウは天を仰いだ。
「大樹が……」
枯れかけている。
それだけで、自分の魔法使いとしての寿命が尽きかけているのを知る。
「スイウさん」
リルは服の裾で目尻を擦りながら、彼を見上げた。
「私、結界を繋ぐ四つの楔と契約しました。森の王にも認めてもらって、今……あなたの前にいます」
早鐘のような心臓を抑え、厳かに宣言する。
「私は碧謐の森の九代目魔法使いになります。だから私に、真名をください」
次代が森の管理者を引き継ぐ時、当代が真名を読み解く。それが碧謐の森の魔法使いの継承方法だ。
スイウはもう、リルに「本当にいいのか?」なんて再確認はしない。
……最初から、気づいていた。
街で彼女のお茶を飲んだ時から。
『魔法使いは絶えない』
その言葉の意味を噛みしめる。自分が朽ちても、必ず後の続く誰かが現れる。
リルとの出会いは必然だ。彼女が魔法使いになることは、最初から決まっていた。
「アイフィロス」
スイウはリルの常緑樹の瞳の中に、真名を読み解く。
「我、スイウ=ヒュエトスは、リル=アイフィロスを九代目碧謐の森の魔法使いに任命し、全権を譲渡する」
「アイフィロス……」
その名を口にした……途端。
ぶわっ! と大樹の枝という枝から一斉に緑の葉が芽吹いた。
剥き出しになっていた地面に新しい床が張り替えられ、倒れていた本棚も立ち上がっていく。青い葉の天井から雨のように降り注ぐ優しい木洩れ日。
「な、なに、これ……?」
内側から力が溢れ、高揚に息が上がる。空気中に無数の光の粒が舞っているのが視える。教えられなくても、リルにはそれが思念の粒子なのだと知っている。
リルがただのリルだった頃と違う景色、違う世界。これが……、
「森の王と寿命を共有する、碧謐の森の魔法使いの力だ」
初めての感覚に肌が粟立つ。
(スイウさんはこんな重い使命を一人で背負ってきたのか……)
責任の重大さに押しつぶされそうになるが……後悔はない。
これはリルが決めた道だ。
「次にやるべきことは解っているな?」
スイウに訊かれたリルは「はい」と答える。
そして、出口に向かって歩き出した。
11
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
【完結】断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~
古堂 素央
恋愛
【完結】
「なんでわたしを突き落とさないのよ」
学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。
階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。
しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。
ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?
悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!
黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完
瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。
夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。
*五話でさくっと読めます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私が、良いと言ってくれるので結婚します
あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。
しかし、その事を良く思わないクリスが・・。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です
渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。
愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。
そんな生活に耐えかねたマーガレットは…
結末は見方によって色々系だと思います。
なろうにも同じものを掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる