森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

文字の大きさ
上 下
133 / 140

133、帰還

しおりを挟む
 中に入った瞬間、リルは息を呑んだ。
 暗くジメジメとした室内には、茨のような枯れ枝が散乱していて、むき出しの地面をのたうつ蛇のような根っこが歩みを阻む。
 高い天井から木洩れ日の差し込む涼しいリビングだった場所は、無惨に荒れ果てていた。
 廃墟になった我が家を、リルは突き進んでいく。どんなに崩れていても、間取りは変わらない。
 辛うじて形の残っていた奥のドアを開けると、仄かな明かりが見えた。
 倒れた本棚と散らばる書籍、割れた実験器具。それらの瓦礫から護られるように丸く広がった空間に、ぽつりとベッドが一台置いてある。

「スイウさん!」

 リルは慌てて駆け寄った。
 ベッドに横たわる魔法使いは、瞼を閉じたまま動かない。白銀の髪に青白い肌の彼は、まるでガラス細工だ。
 リルはスイウの頬にそっと触れてみた。ひやりと冷たいが、細く息はしている。
 きっと彼は、リルやノワゼアのように禍物のに囚われているのだろう。

「スイウさん……」

 ……こんな時は、どうすればい?
 リルは自分に問いかける。教えてくれる彼は、今は口を開かない。
 だから、自分で考えるしかない。
 リルは目を閉じて、スイウの胸の上に手を当てた。

(スイウさんは私をマガモノの中から引き上げてくれた)

 だから同じように、心の中で手を伸ばす。
『闇の中でも光を探して藻掻きなさい』
 耳に蘇るヒルデリカの言葉。

(私が道標になります、スイウさん)

 どうか届いて……!


◆ ◇ ◆ ◇


 ――暗い海を漂っている。
 スイウは海など見たことはないが、これが海なのだと知っていた。なぜなら、

「海ってすっごーーーっく大きな水溜りなの。果てが見えないくらい。あとね、波がざぶんざぶん揺れてるの」

「それって水溜りって呼べるんですか?」

 大きく手を広げて解説する女性に、少年が顔をしかめる。
 ……淡く幽かに甘い、懐かしい記憶。
 スイウは闇の中で微睡みながら、を思い出していた。
 ふわふわの栗毛の魔女の後にくっついてまわる銀髪の少年。
 草花を摘み、茶葉を作り、茶を淹れる。どの場面でも二人は一緒で、いつでも楽しそうだった。
 ……このまま時が止まってしまえばいいのに。
 そう願わずにはいられない、幸せな光景。
 まるで劇を観ているようだ。離れた場所からぼんやり見つめるスイウの前で、魔導書を読んでいた銀髪の少年がうつらうつらと船を漕ぎ出す。テーブルに突っ伏した少年に、魔女が微笑みながら毛布を掛ける。腰を折って少年の髪を優しく撫でた彼女は、体を起こして……ふと、客席のスイウと目があった。

「いつまでここにいるつもりなの?」

 記憶の中の魔女が話しかけてきても、観客スイウは動じない。

「迎えが来るまでです」

 さらりと答えられて、魔女は悪戯っぽく笑う。

「迎えに来てくれるって信じてるの?」

「来ますよ」

 断言された驚きに魔女は目を見開いてから、にっこり細めた。

「よかった。スイウにも、そう言える人ができたのね」

 嬉しそうな魔女に、スイウは少しだけ微笑んだ。
 ……闇の向こうに、光が差し込んでくる。自分を呼ぶ声に耳を澄ませてから、スイウは魔女に向き直った。

「私は戻ります。また会いましょう、師匠」

「うん、またね。スイウ」

 光の方へと歩き出す弟子を、師匠は手を振って見送る。

『またね』

 それは、さほど遠くない未来の約束。でも……、

「……に来るのは、なるべく遅い方がいいな」

 呟いた魔女ディセイラは、闇の中へと掻き消えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です

渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。 愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。 そんな生活に耐えかねたマーガレットは… 結末は見方によって色々系だと思います。 なろうにも同じものを掲載しています。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

真実の愛は、誰のもの?

ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」  妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。  だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。  ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。 「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」 「……ロマンチック、ですか……?」 「そう。二人ともに、想い出に残るような」  それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。 夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。 *五話でさくっと読めます。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...