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133、帰還
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中に入った瞬間、リルは息を呑んだ。
暗くジメジメとした室内には、茨のような枯れ枝が散乱していて、むき出しの地面をのたうつ蛇のような根っこが歩みを阻む。
高い天井から木洩れ日の差し込む涼しいリビングだった場所は、無惨に荒れ果てていた。
廃墟になった我が家を、リルは突き進んでいく。どんなに崩れていても、間取りは変わらない。
辛うじて形の残っていた奥のドアを開けると、仄かな明かりが見えた。
倒れた本棚と散らばる書籍、割れた実験器具。それらの瓦礫から護られるように丸く広がった空間に、ぽつりとベッドが一台置いてある。
「スイウさん!」
リルは慌てて駆け寄った。
ベッドに横たわる魔法使いは、瞼を閉じたまま動かない。白銀の髪に青白い肌の彼は、まるでガラス細工だ。
リルはスイウの頬にそっと触れてみた。ひやりと冷たいが、細く息はしている。
きっと彼は、リルやノワゼアのように禍物の夢に囚われているのだろう。
「スイウさん……」
……こんな時は、どうすればい?
リルは自分に問いかける。教えてくれる彼は、今は口を開かない。
だから、自分で考えるしかない。
リルは目を閉じて、スイウの胸の上に手を当てた。
(スイウさんは私をマガモノの中から引き上げてくれた)
だから同じように、心の中で手を伸ばす。
『闇の中でも光を探して藻掻きなさい』
耳に蘇るヒルデリカの言葉。
(私が道標になります、スイウさん)
どうか届いて……!
◆ ◇ ◆ ◇
――暗い海を漂っている。
スイウは海など見たことはないが、これが海なのだと知っていた。なぜなら、
「海ってすっごーーーっく大きな水溜りなの。果てが見えないくらい。あとね、波がざぶんざぶん揺れてるの」
「それって水溜りって呼べるんですか?」
大きく手を広げて解説する女性に、少年が顔をしかめる。
……淡く幽かに甘い、懐かしい記憶。
スイウは闇の中で微睡みながら、あの頃を思い出していた。
ふわふわの栗毛の魔女の後にくっついてまわる銀髪の少年。
草花を摘み、茶葉を作り、茶を淹れる。どの場面でも二人は一緒で、いつでも楽しそうだった。
……このまま時が止まってしまえばいいのに。
そう願わずにはいられない、幸せな光景。
まるで劇を観ているようだ。離れた場所からぼんやり見つめるスイウの前で、魔導書を読んでいた銀髪の少年がうつらうつらと船を漕ぎ出す。テーブルに突っ伏した少年に、魔女が微笑みながら毛布を掛ける。腰を折って少年の髪を優しく撫でた彼女は、体を起こして……ふと、客席のスイウと目があった。
「いつまでここにいるつもりなの?」
記憶の中の魔女が話しかけてきても、観客は動じない。
「迎えが来るまでです」
さらりと答えられて、魔女は悪戯っぽく笑う。
「迎えに来てくれるって信じてるの?」
「来ますよ」
断言された驚きに魔女は目を見開いてから、にっこり細めた。
「よかった。スイウにも、そう言える人ができたのね」
嬉しそうな魔女に、スイウは少しだけ微笑んだ。
……闇の向こうに、光が差し込んでくる。自分を呼ぶ声に耳を澄ませてから、スイウは魔女に向き直った。
「私は戻ります。また会いましょう、師匠」
「うん、またね。スイウ」
光の方へと歩き出す弟子を、師匠は手を振って見送る。
『またね』
それは、さほど遠くない未来の約束。でも……、
「……こっちに来るのは、なるべく遅い方がいいな」
呟いた魔女ディセイラは、闇の中へと掻き消えた。
暗くジメジメとした室内には、茨のような枯れ枝が散乱していて、むき出しの地面をのたうつ蛇のような根っこが歩みを阻む。
高い天井から木洩れ日の差し込む涼しいリビングだった場所は、無惨に荒れ果てていた。
廃墟になった我が家を、リルは突き進んでいく。どんなに崩れていても、間取りは変わらない。
辛うじて形の残っていた奥のドアを開けると、仄かな明かりが見えた。
倒れた本棚と散らばる書籍、割れた実験器具。それらの瓦礫から護られるように丸く広がった空間に、ぽつりとベッドが一台置いてある。
「スイウさん!」
リルは慌てて駆け寄った。
ベッドに横たわる魔法使いは、瞼を閉じたまま動かない。白銀の髪に青白い肌の彼は、まるでガラス細工だ。
リルはスイウの頬にそっと触れてみた。ひやりと冷たいが、細く息はしている。
きっと彼は、リルやノワゼアのように禍物の夢に囚われているのだろう。
「スイウさん……」
……こんな時は、どうすればい?
リルは自分に問いかける。教えてくれる彼は、今は口を開かない。
だから、自分で考えるしかない。
リルは目を閉じて、スイウの胸の上に手を当てた。
(スイウさんは私をマガモノの中から引き上げてくれた)
だから同じように、心の中で手を伸ばす。
『闇の中でも光を探して藻掻きなさい』
耳に蘇るヒルデリカの言葉。
(私が道標になります、スイウさん)
どうか届いて……!
◆ ◇ ◆ ◇
――暗い海を漂っている。
スイウは海など見たことはないが、これが海なのだと知っていた。なぜなら、
「海ってすっごーーーっく大きな水溜りなの。果てが見えないくらい。あとね、波がざぶんざぶん揺れてるの」
「それって水溜りって呼べるんですか?」
大きく手を広げて解説する女性に、少年が顔をしかめる。
……淡く幽かに甘い、懐かしい記憶。
スイウは闇の中で微睡みながら、あの頃を思い出していた。
ふわふわの栗毛の魔女の後にくっついてまわる銀髪の少年。
草花を摘み、茶葉を作り、茶を淹れる。どの場面でも二人は一緒で、いつでも楽しそうだった。
……このまま時が止まってしまえばいいのに。
そう願わずにはいられない、幸せな光景。
まるで劇を観ているようだ。離れた場所からぼんやり見つめるスイウの前で、魔導書を読んでいた銀髪の少年がうつらうつらと船を漕ぎ出す。テーブルに突っ伏した少年に、魔女が微笑みながら毛布を掛ける。腰を折って少年の髪を優しく撫でた彼女は、体を起こして……ふと、客席のスイウと目があった。
「いつまでここにいるつもりなの?」
記憶の中の魔女が話しかけてきても、観客は動じない。
「迎えが来るまでです」
さらりと答えられて、魔女は悪戯っぽく笑う。
「迎えに来てくれるって信じてるの?」
「来ますよ」
断言された驚きに魔女は目を見開いてから、にっこり細めた。
「よかった。スイウにも、そう言える人ができたのね」
嬉しそうな魔女に、スイウは少しだけ微笑んだ。
……闇の向こうに、光が差し込んでくる。自分を呼ぶ声に耳を澄ませてから、スイウは魔女に向き直った。
「私は戻ります。また会いましょう、師匠」
「うん、またね。スイウ」
光の方へと歩き出す弟子を、師匠は手を振って見送る。
『またね』
それは、さほど遠くない未来の約束。でも……、
「……こっちに来るのは、なるべく遅い方がいいな」
呟いた魔女ディセイラは、闇の中へと掻き消えた。
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