森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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126、四つの楔(3)

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「まったく、恋する乙女は厄介よね」

 ルビータはおどけて首を竦めてから、リルの左頬にキスをした。

「でも、あたしはそういう熱いの嫌いじゃないよ」

「わたくしも貴女を応援しているわ、リル」

 右頬にはクレーネのキス。

「……ありがとう、二人共」

 火と水の精霊の祝福を受けて、リルは最後の楔候補の下へと急いだ。


◆ ◇ ◆ ◇


「ふおぉぉぉっ! やっぱりたかーい!」

 目も眩む断崖絶壁の淵に立ち、吹き上げる風にポニーテールを泳がせながら震え上がる。
 ここは碧謐の森で一番高い丘。深空の木が生えている場所だ。
 リルは必死で枯れ木の幹にしがみついて空を見上げる。
 そして大きく息を吸い込んで……、

「レオンソードさぁーん! いますかぁー!?」

 力いっぱい叫んだ。
 ますかぁー、ますかー、ますか……、とさざなみのように声がこだまする。声が完全に風に消えると、リルはもう一度息を吸い込んだ。

「レオ……っ」

「そんな大声出さなくても聞こえるんだけど」

 言いかけた瞬間、急に背中をつつかれて、リルは飛び上がった。うっかり崖から落ちそうになって、涙目で深空の木に抱きつく。

「れれれレオンソードさん、おどかさないでください!」

 狼狽えながら抗議するリルに、金髪の美丈夫はすまし顔だ。

「呼ばれたから来てあげたのに、随分とご挨拶だね。俺に用があるんじゃないの?」

 問われたリルは、居住まいを正す。

「そうです。折り入ってレオンソードさんにお願いがあります」

「何?」

「私、魔法使いになります。だからレオンソードさんに楔になってもらいたいんです」

「やだ」

 間髪入れず二文字で断られ、リルはかくんと顎を落とす。

「や……やだって! どうしてですか? ちょっとくらい考えたり事情を聞いたりしてくれませんか!?」

 猛抗議する人間の少女に、人外の青年はつまらなそうに欠伸する。

「だってやなんだもん。めんどくさい。大体、なんで俺を選だの?」

「それは……レオンソードさんが強いから」

 これまでに様々な精霊や霊獣と出会ってきたリルには判る。レオンソードは碧謐の森でもかなり高位の存在であると。
 しかし、そんなことは彼への説得材料にはならない。

「強いから何? リルちゃんは俺のことなんにも知らないでしょ? なのに森の命運を担う重要な地位を預けるつもり? そんな無責任な選び方しかできないのに、森の管理者魔法使いが務まるの?」

 心底軽蔑した声で吐き捨てると、レオンソードはバサリと翼を広げた。

「もうくだらないことで呼び出さないでね」

 地を蹴って飛び立とうとするのを、

「待って!」

 リルは足にしがみついて引き止める。

はな……っ」

「無責任じゃない!」

 煩わしげに足を振るレオンソードを見上げ、リルは精一杯訴えた。

「適当に決めたわけじゃないよ。レオンソードさんが適任だと信じてるから頼んでるの!」

「なんでだい? 何も知らないくせに」

「知ってる!」

 怪訝そうなレオンソードに、

「私は、あなたの正体を知ってる」

 リルは断言した。

「二角翼獅子、それがレオンソードさんの本来の姿です」
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