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123、リルの決意
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「スイウさん、スイウさん!」
肩を叩いて呼びかけるが、スイウは青白い顔で固く目を閉ざしたまま。細く呼吸をし続けているのだけが救いだ。
「ヒメちゃん、手伝って!」
大樹の家は目の前だ。大声で呼ぶと、井戸の精霊が顔を出す。少女たちは大急ぎで魔法使いを室内に運び入れた。
「これは何事じゃ? リル」
ベッドに寝かされた人形のように動かないスイウを前に、ヒメミナが尋ねてくる。
「わかんない……。私がマガモノに襲われているところを助けてくれて、その後急に……」
リルだって答えが知りたい。
ヒメミナはスイウの胸に手を当てて、険しい顔をした。
「身の内を闇に冒されておるな。それを外に出さぬよう封じている。目覚めないのはそのせいじゃろう」
「闇って……マガモノのこと?」
リルの禍物を祓った時に、スイウは禍物に憑かれたというのか。
ガザガザと乾いた音がして、リルは天井を振り仰ぐ。すっかり葉のなくなった枝が寒そうに風に揺れている。
「大樹はどうして葉を落としたの?」
「それは……」
ヒメミナは言い淀んでから、
「魔法使いは森の管理者として大樹と寿命を共有しておるのじゃ」
だから、碧謐の魔法使いは長命なのだ。しかし、
「それじゃあ、大樹が枯れ始めたってことは、スイウさんが死にかけてるってこと!?」
リルは真っ青になる。
「どうして急に? それにスイウさんがマガモノに憑かれるなんて。あんなに強いのに」
狼狽えるリルに、ヒメミナは俯く。
「スイウは強い。歴代の魔法使いの中でも優れた部類であろう。しかし、魔法使いも元は人間、期限がある」
「期限?」
「一本目の楔が抜けてから、スイウの魔力は衰え始めた。現状を維持しつつ、跡継ぎが育つのを待つつもりだったのじゃろうが……その前に二本目が抜けてしまった。それで禍物の勢力が増し、このようなことになってしまったのじゃろうて」
訥々と語るヒメミナに、リルは息を呑む。
「二本目の楔が抜けたなんて……」
そんな事実は初耳だが、何故かリルには妙にすんなりと納得できた。あの場で知った、とてつもなく大きな存在が消えた感覚。あれは……。
「……そうか。グラウンさんが二本目の楔だったんだ……」
二本の楔が抜け、安定感を欠いた結界。グラウンの死からスイウが連日外出していたのは、新しい結界の張る準備のためだったのだろう。
『術が発動すれば、猶予が伸びる。その間に、君の知りたいことに何でも答えよう』
『ただし、その時は……君にも答えを出してもらう』
リルはスイウの言葉を思い出す。
本来なら九代目を継ぐ魔法使いが新たに張るはずだった結界。それを八代目は自らもう一度張り直そうとしていた。
……リルが決断する猶予を与えるために。
魔力の衰えた身体で大きな術を構築していたスイウ。疲弊していた彼の心身は、禍物の侵入を止められなかった。
(……違う)
血が滲むほど、唇を噛む。
スイウが禍物に憑かれたのは、スイウのせいじゃない。
(私のせいだ)
禍物がリルを襲ったのは、スイウをおびき寄せる罠だ。一人だったらスイウはきっと禍物なんかに引けを取らない。リルを助けるという目的の中で隙が生まれ、禍物に入りこまれてしまった。
……これは明らかにリルの責任だ。
「ヒメちゃん。貴女の能力でスイウさんの中のマガモノを追い祓える?」
祈るように訊くリルに、ヒメミナは首を振る。
「妾の浄化能力ではとてもとても。魔法使いや聖者でなければ無理だろうて」
リルにスイウの他に魔法使いの知り合いはいない。今からヒルデリカを呼んでも数日は掛かる。
それまでスイウが保つか……。
思案するリルの頭上で、軋む音が響いた。大きな枝が折れて、地面に落下したのだ。
魔法使いと命が繋がっている大樹の崩壊が近づいている。
リルは目を瞑って大きく息を吐くと……決意を固めた。
「ヒメちゃん、少しの間、スイウさんを看ていてくれるかな?」
はっと顔を上げる藍色髪の精霊に、力強く頷く。
「私、魔法使いになる」
声に出して宣言する。
「そのために、四つの『楔』と契約してくるね!」
肩を叩いて呼びかけるが、スイウは青白い顔で固く目を閉ざしたまま。細く呼吸をし続けているのだけが救いだ。
「ヒメちゃん、手伝って!」
大樹の家は目の前だ。大声で呼ぶと、井戸の精霊が顔を出す。少女たちは大急ぎで魔法使いを室内に運び入れた。
「これは何事じゃ? リル」
ベッドに寝かされた人形のように動かないスイウを前に、ヒメミナが尋ねてくる。
「わかんない……。私がマガモノに襲われているところを助けてくれて、その後急に……」
リルだって答えが知りたい。
ヒメミナはスイウの胸に手を当てて、険しい顔をした。
「身の内を闇に冒されておるな。それを外に出さぬよう封じている。目覚めないのはそのせいじゃろう」
「闇って……マガモノのこと?」
リルの禍物を祓った時に、スイウは禍物に憑かれたというのか。
ガザガザと乾いた音がして、リルは天井を振り仰ぐ。すっかり葉のなくなった枝が寒そうに風に揺れている。
「大樹はどうして葉を落としたの?」
「それは……」
ヒメミナは言い淀んでから、
「魔法使いは森の管理者として大樹と寿命を共有しておるのじゃ」
だから、碧謐の魔法使いは長命なのだ。しかし、
「それじゃあ、大樹が枯れ始めたってことは、スイウさんが死にかけてるってこと!?」
リルは真っ青になる。
「どうして急に? それにスイウさんがマガモノに憑かれるなんて。あんなに強いのに」
狼狽えるリルに、ヒメミナは俯く。
「スイウは強い。歴代の魔法使いの中でも優れた部類であろう。しかし、魔法使いも元は人間、期限がある」
「期限?」
「一本目の楔が抜けてから、スイウの魔力は衰え始めた。現状を維持しつつ、跡継ぎが育つのを待つつもりだったのじゃろうが……その前に二本目が抜けてしまった。それで禍物の勢力が増し、このようなことになってしまったのじゃろうて」
訥々と語るヒメミナに、リルは息を呑む。
「二本目の楔が抜けたなんて……」
そんな事実は初耳だが、何故かリルには妙にすんなりと納得できた。あの場で知った、とてつもなく大きな存在が消えた感覚。あれは……。
「……そうか。グラウンさんが二本目の楔だったんだ……」
二本の楔が抜け、安定感を欠いた結界。グラウンの死からスイウが連日外出していたのは、新しい結界の張る準備のためだったのだろう。
『術が発動すれば、猶予が伸びる。その間に、君の知りたいことに何でも答えよう』
『ただし、その時は……君にも答えを出してもらう』
リルはスイウの言葉を思い出す。
本来なら九代目を継ぐ魔法使いが新たに張るはずだった結界。それを八代目は自らもう一度張り直そうとしていた。
……リルが決断する猶予を与えるために。
魔力の衰えた身体で大きな術を構築していたスイウ。疲弊していた彼の心身は、禍物の侵入を止められなかった。
(……違う)
血が滲むほど、唇を噛む。
スイウが禍物に憑かれたのは、スイウのせいじゃない。
(私のせいだ)
禍物がリルを襲ったのは、スイウをおびき寄せる罠だ。一人だったらスイウはきっと禍物なんかに引けを取らない。リルを助けるという目的の中で隙が生まれ、禍物に入りこまれてしまった。
……これは明らかにリルの責任だ。
「ヒメちゃん。貴女の能力でスイウさんの中のマガモノを追い祓える?」
祈るように訊くリルに、ヒメミナは首を振る。
「妾の浄化能力ではとてもとても。魔法使いや聖者でなければ無理だろうて」
リルにスイウの他に魔法使いの知り合いはいない。今からヒルデリカを呼んでも数日は掛かる。
それまでスイウが保つか……。
思案するリルの頭上で、軋む音が響いた。大きな枝が折れて、地面に落下したのだ。
魔法使いと命が繋がっている大樹の崩壊が近づいている。
リルは目を瞑って大きく息を吐くと……決意を固めた。
「ヒメちゃん、少しの間、スイウさんを看ていてくれるかな?」
はっと顔を上げる藍色髪の精霊に、力強く頷く。
「私、魔法使いになる」
声に出して宣言する。
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