森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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121、襲来(4)

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 ――ゆっくりと、ゆっくりと沈んでいく。

 どこまでも静かで、穏やかだ。

(私、死んだのかな?)

 ぼんやりと浮かんだ考えが、泡のように消えていく。
 闇がじわりじわりと彼女を黒く蝕んでいく。

(まあ、死んでもいいや。だって……)

『リル』
『リルちゃん』

 頭の中に懐かしい声が蘇る。

「お父さん、お母さん……」

 両親に会えるのなら、このままでも構わない。
 意識が遠のく。生への渇望も、死への恐怖も、曖昧になっていく。
 なにか大事なことを忘れている気がするけど、思い出せない。
 もう、どうだっていい。

 ……きっと私にはなにもできない。私なんか……。

 リルが思考を閉じかけた……瞬間。

「目を覚ましなさい」

 凛とした声が耳元で響いた。高く澄んでいながら揺るがない重厚感のあるその声の主は、

「ヒルデさん!」

 リルははっと目を見開いて、辺りを見回した。しかし、ヒルデリカがこんな所にいるわけがない。
 きっとこの声は、リルの生存本能が記憶の中の聖女の声を借りて危険を訴えてきたものだろう。それでも、

「闇の中でも光を探して藻掻きなさい」

 あの時の神託は、今この時の為のものだったのだと気づく。

(光を……っ)

 萎れていた心に力が湧いてくる。リルは暗闇を泳ぎ、がむしゃらに光を探して彷徨う。動くたびに思考が鈍り、投げやりな気分になっていく自分に必死で抵抗する。
 禍物は虚無に憑く。
 優柔不断なリルの心の隙間に、禍物は入り込んできたのだ。

(気をしっかり持て、リル!)

 自分を鼓舞する。大蛇のように身体を乗っ取られるのはまっぴらだ。もしリルが禍物になってしまったら……。

(スイウさんは私を討伐するのかな?)

 ……そんなことはさせたくない。
 ふるふると首を振り、嫌な妄想を追い払う。
 濃い闇が手足に纏わりつき、深い方へと引きずり込もうとしている。
 喉が締めつけられているみたいに苦しい。
 喘ぐように顎を上げたその先に……。

 光が見えた!

 リルは豆粒ほどの小さな光に向かって手を伸ばす。

(帰らなきゃ。私は森に……)

 藻掻く腕を闇が覆い始める。それでもリルは懸命に手を伸ばし――

「リル!」

 ――力強い指先が、彼女のそれを捉えた。

「……っ」

 手のひらから伝わる生命の温もりに、涙が溢れる。
 安堵に身を委ねながら、リルは明るい方へと引き上げられた。
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