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112、過ぎゆく時に(4)
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「なんだこれ、なんだこれ!? 手足が伸びたぞ! 見晴らしがいい。今の我はスイウよりおっきいんじゃないか? なぁ、じーさん。これはどういうことだ? なぁ? なぁ!?」
――かつて、死期を悟った宵朱狐の長が、独り残される我が子の身と幼さに見合わぬ高すぎる妖力の暴走を案じ、成長を抑制する術を掛けていたことを、当の本人は知らない。そして、術を解く鍵を一族の古い盟友が預かっていたことも。
ノワゼアが大興奮で振り返った先にはいつもの悠然と動かないグラウンの姿があって……地竜の頭の前には、正装の魔法使いが立っていた。
「それでは儂はそろそろ逝くとしよう。魔法使いよ、あとはよしなに」
「……永きに渡る森への貢献、感謝する」
スイウは胸の前で両手を組み、恭しく頭を下げた。魔法使いの最敬礼。旅立つ仲間への最上級の餞。
「ノワゼア」
グラウンが瞳だけを動かす。白濁した瞳に大人の宵朱狐の姿が映った。
「楽しかったのぉ」
黒甲地竜は嬉しそうに目を細めて……そのまま瞼を閉じた。
しんっと静まり返った森に、リルは息を呑んだ。自分の鼓動だけが身体の中に響いてうるさい。
見える景色は何一つ変わっていない。だけど……とてつもなく大きな存在がこの森から消えた、その事実を本能が感じ取っている。
張り詰めた空気に、ノワゼアが首を傾げた。
「おい、じーさん。眠っちまったのか?」
ぺちぺちと苔むした甲羅を気安く叩く。
「起きろよ。こんな特大の秘密を隠してやがって。父上から預かってた時ってなんだよ? カラクリを教えろよ」
岩山のような地竜を小突き回すノワゼアに、呆然としていたリルは我に返る。
「ノワ君、やめて。グラウンさんはもう目を覚まさないよ」
「はぁ? 何いってんだよ」
やんわりと手を押し留めるリルに、ノワゼアは小馬鹿にしたように笑う。
「じーさんが死ぬわけないだろ。どんだけ生きてると思ってんだ? ここに魔法使いが棲み着く前からいるんだぞ。そんなじーさんがこんなあっさりと……」
声が詰まりそうになって、ノワゼアはリルから顔を背けてグラウンの甲羅を叩き続ける。
「起きろよ、じーさん。起きろって!」
ヘラヘラと軽薄に笑う顔が歪んでいる。本当はノワゼアだって気づいているのだ。グラウンが死んだことを。……もう、ずっと前から死期が近かったことを。
ただ、受け入れられないだけ。
「じーさん、起きろ。起きろよ!」
必死に呼びかけるノワゼアの傍らで、スイウが杖を構えた。装飾のついた杖の先は、真っ直ぐグラウンの頭に向けられている。
嫌な予感に狐青年は魔法使いを睨んだ。
「何をする気だ?」
「竜ほど強大な霊獣の亡骸を放っておけば必ず禍物に憑かれる。その前に土に還す」
――かつて、死期を悟った宵朱狐の長が、独り残される我が子の身と幼さに見合わぬ高すぎる妖力の暴走を案じ、成長を抑制する術を掛けていたことを、当の本人は知らない。そして、術を解く鍵を一族の古い盟友が預かっていたことも。
ノワゼアが大興奮で振り返った先にはいつもの悠然と動かないグラウンの姿があって……地竜の頭の前には、正装の魔法使いが立っていた。
「それでは儂はそろそろ逝くとしよう。魔法使いよ、あとはよしなに」
「……永きに渡る森への貢献、感謝する」
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グラウンが瞳だけを動かす。白濁した瞳に大人の宵朱狐の姿が映った。
「楽しかったのぉ」
黒甲地竜は嬉しそうに目を細めて……そのまま瞼を閉じた。
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見える景色は何一つ変わっていない。だけど……とてつもなく大きな存在がこの森から消えた、その事実を本能が感じ取っている。
張り詰めた空気に、ノワゼアが首を傾げた。
「おい、じーさん。眠っちまったのか?」
ぺちぺちと苔むした甲羅を気安く叩く。
「起きろよ。こんな特大の秘密を隠してやがって。父上から預かってた時ってなんだよ? カラクリを教えろよ」
岩山のような地竜を小突き回すノワゼアに、呆然としていたリルは我に返る。
「ノワ君、やめて。グラウンさんはもう目を覚まさないよ」
「はぁ? 何いってんだよ」
やんわりと手を押し留めるリルに、ノワゼアは小馬鹿にしたように笑う。
「じーさんが死ぬわけないだろ。どんだけ生きてると思ってんだ? ここに魔法使いが棲み着く前からいるんだぞ。そんなじーさんがこんなあっさりと……」
声が詰まりそうになって、ノワゼアはリルから顔を背けてグラウンの甲羅を叩き続ける。
「起きろよ、じーさん。起きろって!」
ヘラヘラと軽薄に笑う顔が歪んでいる。本当はノワゼアだって気づいているのだ。グラウンが死んだことを。……もう、ずっと前から死期が近かったことを。
ただ、受け入れられないだけ。
「じーさん、起きろ。起きろよ!」
必死に呼びかけるノワゼアの傍らで、スイウが杖を構えた。装飾のついた杖の先は、真っ直ぐグラウンの頭に向けられている。
嫌な予感に狐青年は魔法使いを睨んだ。
「何をする気だ?」
「竜ほど強大な霊獣の亡骸を放っておけば必ず禍物に憑かれる。その前に土に還す」
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