森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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110、過ぎゆく時に(2)

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 大樹の家を出て北東方向に一直線。
 スイウと一緒だと木々が避けて道を作ってくれるので、歩きやすいことこの上ない。

(魔法使いは森に愛されているんだな)

 優遇されない一般人リルはしみじみと実感する。
 たった独りで広大な碧謐の森を管理している魔法使い。リルは彼の仕事をほとんど知らない。唯一まともにできるのは、想織茶を淹れることくらい。
 でも……。

(大切な用事に同行させてくれるってことは、少しは私を必要としてくれてるってことかしら?)

 リルは次代の魔法使いにと見込まれて森に連れてこられたはずなのに、スイウは継がなくてもいいと言う。そしてリルも……魔法使いになる決心がついていない。

(だって、私が九代目を継いだら、スイウさんは森から出てっちゃうんでしょう?)

 そうなったら……リルは独りで森で暮らす自信がない。
 リルはなんとなく現状を理解している。リルの決心がつかないから、スイウは魔法使いの仕事を進んで教えてくれないのだと。聞けば答えてくれるが、聞かなければ放ったらかし。
 五百年前の悲劇を繰り返さないために、次代を継ぐ者にしか技術を伝えない。
 そうやって碧謐の森の魔法使いは、この場所を護ってきた。

(私は……どうしたいんだろ?)

 森での暮らしは楽しい。住人達との交流も不思議で面白いし、簡単な魔法を覚えて、畑も作ったお陰で生活がしやすくなった。

(このまま魔法使い見習いの一般人として、スイウさんと暮らしていくのが一番なのだけど)

 虫のいい話だが、リルにとっては現状維持が最良だ。

(まだ時間はあるはず。すぐに決めずに、ゆっくり考えればいいよね)

 問題を先送りにしながら歩いていると、不意に視界に眩しい光が飛び込んだ。木々が拓け、目の前に草原が広がる。

「ここは……」

 見覚えがある。以前、ノワゼアに連れてきてもらった場所だ。

「おっ、リルだー!」

 思い出しているそばから、黒い三角耳とふさふさ尻尾を生やした少年がこちらに駆けてくるのが見えた。

「ノワ君、どうしてここに?」

 勢いよく飛びついてくるノワゼアの頭を撫でながら訊くと、狐耳少年は真っ赤な瞳を上目遣いに笑顔する。

「じーさんに呼ばれたんだ。お前らもか?」

「ああ」

 こともなく頷いたのはスイウで、事情を知らないのはリルだけのようだ。

「じーさんって……」

 リルは草原の中央に鎮座する小山に目を向ける。
 小山はぶるりと山肌を震わせると……のそりと鎌首をもたげた。

「よう来た、ノワゼア。そして……森の魔法使い達よ」

 岩の割れ目のような嘴から、嗄れた声が紡がれる。
 この場所は地属性の植物の群生地。

 ――黒甲地竜グラウンの棲み処だ。
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