森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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106、森の魔法使いのこと(6)

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『ねぇ、スイウ。あたし、そろそろダメかも』

 ディセイラがそう言ったのは、色づいた木々の葉が落ちる季節のことだった。

『今のあたしの能力ではこれ以上森の結界を維持できない。スイウに次の魔法使いになって碧謐の森を護って欲しいな』

 弱々しく笑う恩師の頼みを、スイウが断れるわけがなかった。
 スイウは四人の楔と森の王の承認を得て新たな結界を張り、八代目碧謐の森の魔法使いに就任した。

『スイウを森で見つけた時、確信したの。あなたが次の魔法使いだって。魔法使いは絶えない。あなたにもきっとあなたの全てを託せる誰かが現れるわ。信じて』

 出会った時と同じ笑顔で、ディセイラは森を去った。
 それから百四十年。スイウは独りで森で暮らしていた。
 結界を維持し、森を見回り、訪れる住人にお茶を振る舞い、時々街に茶葉を卸す。
 単調で穏やかな日々。
 それが変わり始めたのは……楔が一本欠けた頃からだ。


「楔が、欠けた?」

 聞き返すリルに、スイウは頷く。

「結界の要となる森の住人の一人が亡くなったんだ。それは兆しではないかと思った」

「兆し?」

 スイウは伏し目がちにお茶を啜る。

「世代交代は近づいているのだと」

 ……だから彼は、アトリ亭で目眩ましの術を掛けた彼を認識できる者を待っていた。

「現在、楔は三本なんですよね? 一本欠けたままでいいんですか?」

「多少禍物が出現する頻度が増えてはいるが、今のままでも結界は十分機能している」

「新しい楔は作らないんですか?」

「新しい楔と契約する際は、古い結界を解いて新しい結界を張り直さなければならない。下手に均衡を崩すより、三つの楔で安定している現状を維持する方が得策だ。九代目の魔法使いが新しい結界を張るまでは」

 スイウは着実に次世代へバトンを渡す準備を始めているのだ。……準備が出来ていないのは、将来を決めかねているリルの方。

「ええと、楔って森の住人なんですよね? 誰なんですか? どうやって選ぶんですか?」

 リルはずっと疑問だったことを口にするが、

「誰かは言えない。結界の維持に関わることだから」

 にべもない答えが返ってきた。確かに、誰だか知られてしまっては、結界を壊そうとする者に楔が狙われる可能性がある。

「森の魔法使いは、代替わりの際に自分で楔となる住人を選び、契約する。自身が信頼できる者であれば、実体のない精霊でも、受肉した霊獣でも構わない。先代が契約していた楔とも契約できる」

「前の魔法使いと契約していた住人と、次の魔法使いが契約していいんですか? でも、楔の正体は秘密なんでしょう?」

「強い力を持つ住人は限られているから、候補が重複してもおかしくはない。新しい結界が張られれば古い結界は解かれる。楔は新しい契約者に以前の契約者の情報を伝えても構わない」

 つまり、契約して初めて、新しい魔法使いはその楔が先代の楔だったか否かを知れるのだ。
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