森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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101、森の魔法使いのこと(1)

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「スイウさーん。今、いいですか?」

 ノックをしながら呼び掛けると、ドア越しにすぐに「どうぞ」の声が返ってくる。

「お邪魔しまぁす」

 儀礼的なやり取りの後、リルは遠慮がちにドアを開け、スイウの部屋に滑り込んだ。本棚に囲まれた室内はちょっとした図書館みたいで、不思議な懐かしさがある。

「紙を何枚かもらえませんか? ヒルデリカさんに手紙を書きたくて」

 部屋を訪ねても目的を訊いてこない家主に、リルは自分から先に来訪理由を伝える癖がついた。スイウは無言で抽斗を引くと、数枚の紙を取り出した。

「ありがとうございます。……あれ!?」

 いつも使っているゴワゴワの羊皮紙ではなく、押し花の封じ込められた滑らかな植物繊維の紙を渡され、リルは目を見張った。

「わっ、綺麗! こんな素敵な紙がこの家にあったんですね」

「先代が作った物だ」

 大喜びなリルに、スイウはさらりと言う。先代とは、七代目碧謐の森の魔法使いで彼の師匠だ。女性と聞いていたが、相当の洒落者だったらしい。

「先代さんって百五十年近く前の方でしょう? 今まで残してあった貴重な物を私がもらっていいんですか?」

 恐れ慄いて確認する少女に、現役魔法使いは淡々と返す。

「物は使うためにある。使わなければ意味がない」

「……そーですね」

 リルはあまりの淡白さに引いてしまうけれど……、

(でも、私が「手紙を書く」って言ったから、綺麗な紙を渡してくれたんだよね)

 ……時折見え隠れする彼の気遣いに、顔がニヤけてしまう。

「スイウさんの部屋で書いていっていいですか? ここのテーブル、平らで書き物しやすいから」

「好きにしろ」

 許可をもらって、リルは部屋の中央の作業机に紙を置く。
 スイウの部屋には小さな読書用と大きな作業用の二つの机があるが、両方とも無垢の一枚板で出来ている。これは大樹が内側から形を変えて作った物だ。実はリルも大樹に頼んで自室に勉強机を作ってもらったのだが……天板は節だらけでゴツゴツで、とても字を書ける状態ではなかった。

(どこまで家と仲良くなれば思い通りの模様替えができるんだろ?)

 大樹からのリルへの好感度はまだまだ低いままだ。
 椅子に浅く腰掛け、リルは青黒色のインクにペンを浸し、文章を綴っていく。

「ヒルデリカさんが、この前来た時のお茶のお礼にと絹の反物を贈ってくれたんです。それのお礼を書こうかと」

 問われてもいないのに、リルはスイウに手紙の相手の話をする。

「手紙にはまた新しい茶葉を添えようと思うんです。お返しのお返しってどこで止めればいいのか解らなくて困っちゃうんですけど、やっぱり喜んでもらいたいから贈っちゃうんですよね。手紙はジェレマイヤーさんが神殿を通して送ってくれるそうです」

 シルウァの街に赴任したジェレマイヤーはなにかと理由をつけて週一回は森に通って来ている。

「シルウァから聖域までだと手紙が届くのに数週間掛かるみたいですが、待つのも楽しいですよね」

 一字一字丁寧に書き勧めながら、リルはふと思い出した。

「そういえば、スイウさんもヒルデさんにお手紙出したんですよね?」

 あの禍物事件から早二ヶ月。リルがヒルデリカからの荷物を受け取ったのはつい先日のことだ。

「ジェレマイヤーさんが怪我してからヒルデさんが迎えに来るまで、一週間ほどしか掛かってませんでしたよね? スイウさんはどうやってそんなに早く聖域に手紙を届けたんですか?」

 その時は驚きが勝って何も考えられなかったが、冷静になると謎が深まる。リルの疑問に、スイウはあっさり答えを与えた。

「陸路での配達ではなく、空路を使ったんだ」
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