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99、来訪(7)
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木洩れ日の降り注ぐ小径を、軽やかな足取りで進んでいく。
魔法使い達と別れた聖域の二人はシルウァの街に向かう為、森の中を歩いていた。
「緑の香りが濃い。聖域も木が多いけど、この森はもっと原初的で猛獣が息を潜めているような緊張感がある。たまには自分の足で外界を歩かなきゃダメね。頭の中の知識と実際に物事に触れる経験とでは大違いだわ」
上機嫌な聖女に、守護騎士は困った顔でついていく。
「だからって、聖女様が自らお越しになるなんて。よく神官長が許可しましたね」
「あら、神殿で一番偉いのは私よ。他の誰の許可が必要なの?」
悪びれないヒルデリカにジェレマイヤーは頭を抱える。
……きっと、神殿に帰ったらジェレマイヤーが一番怒られるのだろうなぁ……。
心の中でぼやいでも仕方がない。そもそも彼が任務中に負傷したのが原因なのだから。
「それに、今代の魔法使いにも会っておきたかったしね。いい機会だったわ」
ヒルデリカは小鳥の囀りに耳を澄ませ、歌うように言う。
「八代目碧謐の森の魔法使い。魔法界隈だと殆ど噂にも上らない人だけど、この森を見れば判るわ。優秀な人だったのね」
今、聖女が歩いている道は魔法使いが客人の為に拓いた『道』なので地面はなだらかで歩きやすいが、実際は一般人が深部に入れぬよう巧妙な術が幾重にも施されている。
「……だった?」
言葉尻を捉えて聞き返すジェレマイヤー。その問いには答えず、ヒルデリカは意味深に口角を上げた。
「ところで。あのリルってお嬢さん、可愛かったわね」
いきなり変えられた話題に、騎士はビクリと肩を跳ねさせる。
「人の多い場所で育ったのかしら? 朗らかで人当たりが良くて親しみのある子。魔法使いの森でお茶の味のリクエストを聞かれたのなんて、永い記憶の中で初めてだわ」
クスクス思い出し笑いするヒルデリカに、
「ぼ……僕は、リルさんの治癒能力と薬草で命を救われました」
ジェレマイヤーは頬を赤らめながら精一杯話し出す。
「聖域にもリルさんほどの治癒術師は稀でしょう。それに彼女は精霊とも対話ができる、素晴らしい才能の持ち主です。だからどうでしょう? 彼女を神官として聖域に迎え入れたら!」
いきなりの部下の提案に、聖域の主は上目遣いに考えて、
「そうねぇ。リルが聖域に来たら、きっとすぐに私の右腕になって目覚ましい功績を上げるでしょう」
ヒルデリカの言葉に、ジェレマイヤーは瞳を輝かせた。
「でしたら……!」
「でも、無理ね」
喜びに駆け出しそうな騎士に、聖女は冷たく水を差す。
「あの子は森に愛されている。私達が引き離すことはできないわ」
「そんなぁ……」
ジェレマイヤーはがっくりと肩を落とす。聖女との問答は抽象的で難解だが、結論が出た答えは決して覆らないのだ。
落ち込む騎士に、聖女はにんまり微笑んだ。
「貴方、リルが好きなのね?」
「……そうですけど」
聖女にはどんな嘘も通じない。素直に頷くジェレマイヤーの顔を見上げ、ヒルデリカは眩しげに目を細めた。
「それなら、足掻いてみるのもいいんじゃない?」
「は?」
視界の先が明るくなって来る。森の出口はもうすぐだ。
聞き返す彼に、彼女はいたずらっぽくウインクした。
「守護騎士ジェレマイヤー。聖女を愉快な場所に連れてきてくれた貴方に、ご褒美を上げましょう」
魔法使い達と別れた聖域の二人はシルウァの街に向かう為、森の中を歩いていた。
「緑の香りが濃い。聖域も木が多いけど、この森はもっと原初的で猛獣が息を潜めているような緊張感がある。たまには自分の足で外界を歩かなきゃダメね。頭の中の知識と実際に物事に触れる経験とでは大違いだわ」
上機嫌な聖女に、守護騎士は困った顔でついていく。
「だからって、聖女様が自らお越しになるなんて。よく神官長が許可しましたね」
「あら、神殿で一番偉いのは私よ。他の誰の許可が必要なの?」
悪びれないヒルデリカにジェレマイヤーは頭を抱える。
……きっと、神殿に帰ったらジェレマイヤーが一番怒られるのだろうなぁ……。
心の中でぼやいでも仕方がない。そもそも彼が任務中に負傷したのが原因なのだから。
「それに、今代の魔法使いにも会っておきたかったしね。いい機会だったわ」
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「八代目碧謐の森の魔法使い。魔法界隈だと殆ど噂にも上らない人だけど、この森を見れば判るわ。優秀な人だったのね」
今、聖女が歩いている道は魔法使いが客人の為に拓いた『道』なので地面はなだらかで歩きやすいが、実際は一般人が深部に入れぬよう巧妙な術が幾重にも施されている。
「……だった?」
言葉尻を捉えて聞き返すジェレマイヤー。その問いには答えず、ヒルデリカは意味深に口角を上げた。
「ところで。あのリルってお嬢さん、可愛かったわね」
いきなり変えられた話題に、騎士はビクリと肩を跳ねさせる。
「人の多い場所で育ったのかしら? 朗らかで人当たりが良くて親しみのある子。魔法使いの森でお茶の味のリクエストを聞かれたのなんて、永い記憶の中で初めてだわ」
クスクス思い出し笑いするヒルデリカに、
「ぼ……僕は、リルさんの治癒能力と薬草で命を救われました」
ジェレマイヤーは頬を赤らめながら精一杯話し出す。
「聖域にもリルさんほどの治癒術師は稀でしょう。それに彼女は精霊とも対話ができる、素晴らしい才能の持ち主です。だからどうでしょう? 彼女を神官として聖域に迎え入れたら!」
いきなりの部下の提案に、聖域の主は上目遣いに考えて、
「そうねぇ。リルが聖域に来たら、きっとすぐに私の右腕になって目覚ましい功績を上げるでしょう」
ヒルデリカの言葉に、ジェレマイヤーは瞳を輝かせた。
「でしたら……!」
「でも、無理ね」
喜びに駆け出しそうな騎士に、聖女は冷たく水を差す。
「あの子は森に愛されている。私達が引き離すことはできないわ」
「そんなぁ……」
ジェレマイヤーはがっくりと肩を落とす。聖女との問答は抽象的で難解だが、結論が出た答えは決して覆らないのだ。
落ち込む騎士に、聖女はにんまり微笑んだ。
「貴方、リルが好きなのね?」
「……そうですけど」
聖女にはどんな嘘も通じない。素直に頷くジェレマイヤーの顔を見上げ、ヒルデリカは眩しげに目を細めた。
「それなら、足掻いてみるのもいいんじゃない?」
「は?」
視界の先が明るくなって来る。森の出口はもうすぐだ。
聞き返す彼に、彼女はいたずらっぽくウインクした。
「守護騎士ジェレマイヤー。聖女を愉快な場所に連れてきてくれた貴方に、ご褒美を上げましょう」
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