森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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98、来訪(6)

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 大樹の前に並んで、最後の挨拶。

「魔法使い殿、お世話になりました」

 深々と頭を下げるジェレマイヤーに、スイウは淡々と返す。

「私は何もしていない」

 ジェレマイヤーは苦笑すると、今度はリルに目を向けた。

「リルさん、本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません」

 魔法使いとのそれとは熱量が違う。瞳を潤ませ頭を垂れる騎士に、森の少女はちょっぴりたじろぎながらも微笑む。

「元気になって良かったです。どうぞ息災で」

「二度と来んなよ!」

 子狐に戻ったノワゼアがリルの肩によじ登って悪態を放つ。

「さようなら、魔法使い達。またどこかの時代で会いましょう」

 記憶を遺伝する聖女らしい台詞を残し踵を返すヒルデリカ。彼女の背中を、リルが「待ってください!」と呼び止めた。

「これ、よかったらお土産に」

 渡したのは、小振りのガラス瓶。蓋には柄付きの布とリボンが掛けられている。

「これは?」

「ヒルデさんにお出しした茶葉の残りです」

 瓶の中には宝石の欠片のような想織茶の茶葉が詰まっている。量にするとスプーン十杯分ほどだろうか。ヒルデリカは瓶を木漏れ日に翳して煌めきを堪能すると嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう、リル。大切に飲むわね」

 それからリルの耳に唇を寄せて囁く。

「試練の刻は迫っている。闇の中でも光を探して藻掻きなさい」

「……え?」

 聞き返しても、ヒルデリカは笑うだけ。聖女の神託は難解でリルには意味不明だったが……その言葉は、妙に心に残った。
 名残惜しそうに何度も振り返るジェレマイヤーと真っ直ぐ前だけ向いて歩いていくヒルデリカの後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、リル達は家に入った。
 耳鳴りがするほど静かな室内に、リルは大きなため息をついた。

「なんだか寂しくなっちゃいましたね」

 ジェレマイヤーが滞在したのはほんの半月ほどだったが、毎日顔を合わせていた存在がいなくなるのは不思議な気分だ。しかし、感傷に浸っているのはリルだけのようで、

「別に普段と変わらない」

 家主の魔法使いは相変わらずな態度だし、

「我は邪魔者が消えて清々したぞ!」

 騒がしい存在はもう一匹いた。

「リル、腹減ったー! 飯食わせろー!」

「はいはい。じゃあ畑からお芋掘ってきて」

「まかせろ!」

 暴れ出した幼獣に苦笑して、リルはエプロン片手に炊事場へ向かう。スイウは自室に籠もって本を読むつもりだろう。
 戻ってきた日常。変わらない風景。
 そよ風にポニーテールが揺れる。井戸水を汲みながら、リルはふと聖女の言葉を思い出した。

(結局、『答え』とか『試練』とかってなんだろ?)

 ……を知るのは、もう少し後の話。
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