森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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90、帰宅

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 しばらくの遊覧飛行を堪能した後、森の中心にある一際大きな樹をめがけて降下する。着地の足元は妙に重く感じて、リルはよろけてしまった。自分の重さから解放された、不思議で充実した体験だった。

「送ってくれてありがとう、レオンソードさん。楽しかったです!」

「それはよかった。またね、リルちゃん」

 ヒラヒラと手を振って翼を広げる彼を、リルは躊躇いがちに引き止める。

「やっぱり大樹の家うちに寄りたくないですか? 私、うんと美味しいお茶淹れますよ」

 精一杯のお誘いに、レオンソードは苦笑を返す。

「じゃあ今度会った時に外で淹れてよ。約束ね」

 冗談の口調でウインクして、翼の人外は飛び立った。

「……はぐらかされちゃった」

 レオンソードと大樹の家には、どんな因縁があるのだろう?
 小首を傾げつつ、リルは家に入った。
 広いリビングでは真ん中のテーブルではスイウが分厚い魔導書を捲っていて、部屋の端のベッドでは横たわったジェレマイヤーがぼんやり窓の外を眺めていた。

「ただいま帰りました」

 リルが声を掛けると、

「やあ、おかえりなさい、リルさん」

 ジェレマイヤーがあからさまに安堵の声を上げた。
 リルのお願い通り、魔法使いは彼女が帰るまで傷病者を看ていてくれたらしいが……密室で二人きりで無言で長時間過ごすのはジェレマイヤーには辛かったらしい。

(あとで大樹に仕切りを作ってくれるように頼んでみよう)

 こういう時、他人の動向に無頓着なスイウが羨ましい。

「傷薬の原料を採って来たので、お茶を淹れますね。効能的に問題ないので、私達の分も一緒に。スイウさん、火吠花の下処理の方法を教えてください」

「ああ」

 テーブルに摘んだばかりの赤い花を並べて、茶葉を作る。

「火吠花は燃える寸前まで熱を加え、瞬時に冷ますと毒が無効化され味が良くなる。生花には強心の効果がある」

「ふむふむ」

 掌から熱風を出すスイウを熱心に見守っていたリルは、ふと彼の以前の言葉を思い出した。

『今から五百余年前、街を災禍が襲った。嵐に川の氾濫に魔物の襲来、それにより生じた怪我と病の蔓延。当時の森の魔法使いは、疲弊した街の住人の心身を癒やすために想織茶を使った』

(あの災禍は、三代目の森の魔法使いが引き起こした悲劇のことだったんだ)

 それならば想織茶は……魔法使いが街に捧げた懺悔の証ではないか。
 人里から離れる約束をしながら、人の為に薬湯を運んだ。同胞の罪の後始末は当然だったのかもしれないが……責任を取らされた四代目の魔法使いの心情を思うと居た堪れない。
 目を上げると、銀の髪が落ちかかる整った白皙の横顔が映る。

(スイウさんは嘘は言ってないけど、全部を話してくれない)

 真実を少しずつ小出しにするような会話が多い。
 きっとそれは、リルを騙しているのではなくて……。

(私を推し量っているのかな)

 ――リルが魔法使いにふさわしいかどうかを。

 不意に吹いた冷風に、リルは我に返る。気がつくとテーブルの生花は、見慣れた火吠花の茶葉に変貌していた。

「君もやってみるか?」

「はい!」

 スイウに促されて、リルは新しい生花を並べて掌を翳し、火魔法を操る。

(スイウさんは私に魔法使いになることを強要しないと言ってた。だから時間を掛けて選ばせる気だ)

 ――リルが魔法使いになるかどうかを。

 チリリと花びらの端がくすぶるのを察知し、リルは火魔法を止めた。すかさず風魔法で冷風を生み出し、花を冷ます。

「どうですか?」

 乾燥した茶葉を前に振り返って評価を求める生徒に、師匠はわずかに口角を上げた。

「上出来だ」

 その声だけで、心がぽかぽかしてしまう。

 ――たった一人の魔法使い、四本の楔、森の王。
 多分、そう遠くないうちにリルは何かを選ぶことになるだろう。
 それでも……。

(ずっと『今』が続けばいいのに)

 そう願わずにはいられなかった。
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