90 / 140
90、帰宅
しおりを挟む
しばらくの遊覧飛行を堪能した後、森の中心にある一際大きな樹をめがけて降下する。着地の足元は妙に重く感じて、リルはよろけてしまった。自分の重さから解放された、不思議で充実した体験だった。
「送ってくれてありがとう、レオンソードさん。楽しかったです!」
「それはよかった。またね、リルちゃん」
ヒラヒラと手を振って翼を広げる彼を、リルは躊躇いがちに引き止める。
「やっぱり大樹の家に寄りたくないですか? 私、うんと美味しいお茶淹れますよ」
精一杯のお誘いに、レオンソードは苦笑を返す。
「じゃあ今度会った時に外で淹れてよ。約束ね」
冗談の口調でウインクして、翼の人外は飛び立った。
「……はぐらかされちゃった」
レオンソードと大樹の家には、どんな因縁があるのだろう?
小首を傾げつつ、リルは家に入った。
広いリビングでは真ん中のテーブルではスイウが分厚い魔導書を捲っていて、部屋の端のベッドでは横たわったジェレマイヤーがぼんやり窓の外を眺めていた。
「ただいま帰りました」
リルが声を掛けると、
「やあ、おかえりなさい、リルさん」
ジェレマイヤーがあからさまに安堵の声を上げた。
リルのお願い通り、魔法使いは彼女が帰るまで傷病者を看ていてくれたらしいが……密室で二人きりで無言で長時間過ごすのはジェレマイヤーには辛かったらしい。
(あとで大樹に仕切りを作ってくれるように頼んでみよう)
こういう時、他人の動向に無頓着なスイウが羨ましい。
「傷薬の原料を採って来たので、お茶を淹れますね。効能的に問題ないので、私達の分も一緒に。スイウさん、火吠花の下処理の方法を教えてください」
「ああ」
テーブルに摘んだばかりの赤い花を並べて、茶葉を作る。
「火吠花は燃える寸前まで熱を加え、瞬時に冷ますと毒が無効化され味が良くなる。生花には強心の効果がある」
「ふむふむ」
掌から熱風を出すスイウを熱心に見守っていたリルは、ふと彼の以前の言葉を思い出した。
『今から五百余年前、街を災禍が襲った。嵐に川の氾濫に魔物の襲来、それにより生じた怪我と病の蔓延。当時の森の魔法使いは、疲弊した街の住人の心身を癒やすために想織茶を使った』
(あの災禍は、三代目の森の魔法使いが引き起こした悲劇のことだったんだ)
それならば想織茶は……魔法使いが街に捧げた懺悔の証ではないか。
人里から離れる約束をしながら、人の為に薬湯を運んだ。同胞の罪の後始末は当然だったのかもしれないが……責任を取らされた四代目の魔法使いの心情を思うと居た堪れない。
目を上げると、銀の髪が落ちかかる整った白皙の横顔が映る。
(スイウさんは嘘は言ってないけど、全部を話してくれない)
真実を少しずつ小出しにするような会話が多い。
きっとそれは、リルを騙しているのではなくて……。
(私を推し量っているのかな)
――リルが魔法使いにふさわしいかどうかを。
不意に吹いた冷風に、リルは我に返る。気がつくとテーブルの生花は、見慣れた火吠花の茶葉に変貌していた。
「君もやってみるか?」
「はい!」
スイウに促されて、リルは新しい生花を並べて掌を翳し、火魔法を操る。
(スイウさんは私に魔法使いになることを強要しないと言ってた。だから時間を掛けて選ばせる気だ)
――リルが魔法使いになるかどうかを。
チリリと花びらの端がくすぶるのを察知し、リルは火魔法を止めた。すかさず風魔法で冷風を生み出し、花を冷ます。
「どうですか?」
乾燥した茶葉を前に振り返って評価を求める生徒に、師匠はわずかに口角を上げた。
「上出来だ」
その声だけで、心がぽかぽかしてしまう。
――たった一人の魔法使い、四本の楔、森の王。
多分、そう遠くないうちにリルは何かを選ぶことになるだろう。
それでも……。
(ずっと『今』が続けばいいのに)
そう願わずにはいられなかった。
「送ってくれてありがとう、レオンソードさん。楽しかったです!」
「それはよかった。またね、リルちゃん」
ヒラヒラと手を振って翼を広げる彼を、リルは躊躇いがちに引き止める。
「やっぱり大樹の家に寄りたくないですか? 私、うんと美味しいお茶淹れますよ」
精一杯のお誘いに、レオンソードは苦笑を返す。
「じゃあ今度会った時に外で淹れてよ。約束ね」
冗談の口調でウインクして、翼の人外は飛び立った。
「……はぐらかされちゃった」
レオンソードと大樹の家には、どんな因縁があるのだろう?
小首を傾げつつ、リルは家に入った。
広いリビングでは真ん中のテーブルではスイウが分厚い魔導書を捲っていて、部屋の端のベッドでは横たわったジェレマイヤーがぼんやり窓の外を眺めていた。
「ただいま帰りました」
リルが声を掛けると、
「やあ、おかえりなさい、リルさん」
ジェレマイヤーがあからさまに安堵の声を上げた。
リルのお願い通り、魔法使いは彼女が帰るまで傷病者を看ていてくれたらしいが……密室で二人きりで無言で長時間過ごすのはジェレマイヤーには辛かったらしい。
(あとで大樹に仕切りを作ってくれるように頼んでみよう)
こういう時、他人の動向に無頓着なスイウが羨ましい。
「傷薬の原料を採って来たので、お茶を淹れますね。効能的に問題ないので、私達の分も一緒に。スイウさん、火吠花の下処理の方法を教えてください」
「ああ」
テーブルに摘んだばかりの赤い花を並べて、茶葉を作る。
「火吠花は燃える寸前まで熱を加え、瞬時に冷ますと毒が無効化され味が良くなる。生花には強心の効果がある」
「ふむふむ」
掌から熱風を出すスイウを熱心に見守っていたリルは、ふと彼の以前の言葉を思い出した。
『今から五百余年前、街を災禍が襲った。嵐に川の氾濫に魔物の襲来、それにより生じた怪我と病の蔓延。当時の森の魔法使いは、疲弊した街の住人の心身を癒やすために想織茶を使った』
(あの災禍は、三代目の森の魔法使いが引き起こした悲劇のことだったんだ)
それならば想織茶は……魔法使いが街に捧げた懺悔の証ではないか。
人里から離れる約束をしながら、人の為に薬湯を運んだ。同胞の罪の後始末は当然だったのかもしれないが……責任を取らされた四代目の魔法使いの心情を思うと居た堪れない。
目を上げると、銀の髪が落ちかかる整った白皙の横顔が映る。
(スイウさんは嘘は言ってないけど、全部を話してくれない)
真実を少しずつ小出しにするような会話が多い。
きっとそれは、リルを騙しているのではなくて……。
(私を推し量っているのかな)
――リルが魔法使いにふさわしいかどうかを。
不意に吹いた冷風に、リルは我に返る。気がつくとテーブルの生花は、見慣れた火吠花の茶葉に変貌していた。
「君もやってみるか?」
「はい!」
スイウに促されて、リルは新しい生花を並べて掌を翳し、火魔法を操る。
(スイウさんは私に魔法使いになることを強要しないと言ってた。だから時間を掛けて選ばせる気だ)
――リルが魔法使いになるかどうかを。
チリリと花びらの端がくすぶるのを察知し、リルは火魔法を止めた。すかさず風魔法で冷風を生み出し、花を冷ます。
「どうですか?」
乾燥した茶葉を前に振り返って評価を求める生徒に、師匠はわずかに口角を上げた。
「上出来だ」
その声だけで、心がぽかぽかしてしまう。
――たった一人の魔法使い、四本の楔、森の王。
多分、そう遠くないうちにリルは何かを選ぶことになるだろう。
それでも……。
(ずっと『今』が続けばいいのに)
そう願わずにはいられなかった。
6
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
呪いを受けて醜くなっても、婚約者は変わらず愛してくれました
しろねこ。
恋愛
婚約者が倒れた。
そんな連絡を受け、ティタンは急いで彼女の元へと向かう。
そこで見たのはあれほどまでに美しかった彼女の変わり果てた姿だ。
全身包帯で覆われ、顔も見えない。
所々見える皮膚は赤や黒といった色をしている。
「なぜこのようなことに…」
愛する人のこのような姿にティタンはただただ悲しむばかりだ。
同名キャラで複数の話を書いています。
作品により立場や地位、性格が多少変わっていますので、アナザーワールド的に読んで頂ければありがたいです。
この作品は少し古く、設定がまだ凝り固まって無い頃のものです。
皆ちょっと性格違いますが、これもこれでいいかなと載せてみます。
短めの話なのですが、重めな愛です。
お楽しみいただければと思います。
小説家になろうさん、カクヨムさんでもアップしてます!
【完結】断罪ざまぁも冴えない王子もお断り!~せっかく公爵令嬢に生まれ変わったので、自分好みのイケメン見つけて幸せ目指すことにしました~
古堂 素央
恋愛
【完結】
「なんでわたしを突き落とさないのよ」
学園の廊下で、見知らぬ女生徒に声をかけられた公爵令嬢ハナコ。
階段から転げ落ちたことをきっかけに、ハナコは自分が乙女ゲームの世界に生まれ変わったことを知る。しかもハナコは悪役令嬢のポジションで。
しかしなぜかヒロインそっちのけでぐいぐいハナコに迫ってくる攻略対象の王子。その上、王子は前世でハナコがこっぴどく振った瓶底眼鏡の山田そっくりで。
ギロチンエンドか瓶底眼鏡とゴールインするか。選択を迫られる中、他の攻略対象の好感度まで上がっていって!?
悪役令嬢? 断罪ざまぁ? いいえ、冴えない王子と結ばれるくらいなら、ノシつけてヒロインに押しつけます!
黒ヒロインの陰謀を交わしつつ、無事ハナコは王子の魔の手から逃げ切ることはできるのか!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です
渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。
愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。
そんな生活に耐えかねたマーガレットは…
結末は見方によって色々系だと思います。
なろうにも同じものを掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる