森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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89、昔話(4)

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「ししし死んだって、大変じゃないですか。楔が無きゃ結界が壊れちゃう!」

 大騒ぎなリルに、レオンソードは飄々と、

「まあ、まだあと三本あるから、今のうちに修復すればなんとかなるんじゃない? ……もう一本抜けたらまずいけど」

 楽観的に見せかけつつ、不安を煽ってくる。

「……それが、スイウさんとジェレマイヤーさんが話していたことなのね」

 リルはため息をついて膝を抱える。結界に綻びが生じて禍物が出没した。つまり、聖域が碧謐の森を合理的に併合する口実を与えてしまったわけだ。

「ね、あの手負いの甲冑を殺して埋めちゃった方が良かったでしょ?」

「良くないです」

 愉快そうに顔を覗き込んでくるレオンソードを、ピシャリと撥ねつける。
 これで玻璃神殿の騎士が遥々辺境の森まで来た理由が分かったが……。

(スイウさんは対処できるって言ってたから、きっと大丈夫だよ)

 心の中で自分を励ます。リルが悩んで落ち込んでも仕方がない。今はできることを精一杯やるだけだ。

「よしっ」

 リルは両頬を叩いて気合を入れると、すっくと立ち上がった。

「色々教えてくれてありがとう、レオンソードさん。私、帰りますね」

 晴れやかな表情の彼女を、座ったままの彼が見上げて、

「聖域の騎士を埋めに戻るの?」

「埋めません」

 ……この優男、見た目によらず好戦的だ。
 冗談だよと嘯きながら、レオンソードも立ち上がる。

「こちらこそ、長話に付き合ってくれてありがとう。お礼に大樹の家まで送ってあげよう」

 そう言うと彼は、さりげない仕草でリルの腰を引き寄せた。

「危ないから暴れないでね」

「へ? ……みゃっ!?」

 素っ頓狂な悲鳴を上げるリルを無視して、レオンソードはダンスホールへといざなう優雅さで一歩踏み出し……崖から落ちた。

「うわあああ……って?」

 ガクンッと下がる衝撃は一瞬だけ。次に感じたのは引っ張られるような浮遊感。
 断崖の強風に煽られながら、人間の少女を抱えた人外は猛禽の羽を揚々と広げた。
翼が風を孕み急上昇し、地上がぐんぐん遠ざかる。

「ふぁ……」

 揺れるショートブーツのつま先の下に、どこまでも続く緑の絨毯が見える。

「森があんな小さく……」

 呆然と呟いたリルは、はっと夢から覚めたように顔を上げた。

「すごい! 飛んでる! レオンソードさん、私、空の上にいますよ!!」

「うんうん、俺のお陰だからね。あんまり動くと落っことすよ?」

 大興奮でジタバタはしゃぐリルを小脇に抱えたレオンソードは苦笑する。

「空は翼のあるものの特権だ。世界を独り占めした気分にならない?」

 眼下に広がるミニチュアの景色に、リルは深呼吸する。

「最っ高!」

 小さな悩みなど一瞬で吹き飛んでしまう光景だ。

「いいな~。私も飛べるようになりたいなぁ」

 思わず零れ出た純粋な感想を、翼の人外が拾い上げる。

「空を飛ぶ魔法もあるみたいだよ。リルちゃんも習得してみれば?」

「うん! スイウさんに聞いてみよう!」

 躊躇いなく頷いてから……ふっと心が翳る。

 ――碧謐の森に魔法使いは一人だけ。

(じゃあ、私が魔法使いになったら、スイウさんはどうなるの?)
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