森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

文字の大きさ
上 下
81 / 140

81、井戸端会議

しおりを挟む
 騎士の手が少女の腕を引き寄せる。

「あっ」

 よろけてベッドに近づいたリルに、ジェレマイヤーは顔を近づける。

「どうか、僕のことを真剣に考えてください」

 吐息がかかる距離で囁かれる。

「ジェ……」

 真っ赤になったリルが何か言おうとした瞬間、彼は長い睫毛を臥せて顎を上げ、開きかけたリルの唇を塞ぐように自らの唇を重ね――

「……っ!」

 ――る寸前、リルに肩を押し戻された。

「……リルさん?」

 空振った唇にキョトンとするジェレマイヤーから目を逸らし、リルは一気に捲し立てる。

「ご飯作ってきます。あと、飲み物も。人間、お腹が空くと正常な判断ができなくなりますから!」

 言うが早いか、玄関のドアを駆け出していく。
 残されたジェレマイヤーは、

「ちょっと焦りすぎたかな?」

 包帯の巻かれたこめかみを掻いて反省した。


◆ ◇ ◆ ◇


(なんなの? なんなの? なんなの!?)

 大樹の裏手に駆け込んだリルは、混乱しっぱなしのまま井戸につるべを投げ込んだ。それから引き上げた桶に満ちた冷水で乱暴に顔を洗う。

(いきなり『好き』って? それにキ……)

 あとちょっとでくっつきそうだった唇を思い出し、ジタバタしてしまう。突き飛ばさなかったのは、怪我人に対するリルの精一杯の配慮だ。

「聖域って、初対面でプロポーズしちゃう文化があるの? でも、ノワ君もおんなじことしてたし……」

 だとしたら、リルの出身地シルウァの常識がズレているのだろうか?

「もう、わけわかんない……」

 びしょ濡れの前髪から雫を垂らしながらリルがぼやいた、その時。

「何がわからないのかえ?」

「わぁ!?」

 井戸の縁からひょっこり藍色頭が飛び出した!

「ひっヒメちゃん。脅かさないでよ」

 驚きにその場にへたり込んだリルを前に、井戸の精霊は涼しい顔で地上に降り立った。

「リルが一人で騒いでおるから心配して様子を見に来たのに、随分ご挨拶よのぉ」

 はんなりと抗議されて、リルは「うぐっ」と凹む。

わらわの水で頭は冷えたかえ? どれ、何があったか話してみるがよい」

 見た目五歳の年長者に促されて、十七歳の人間の少女は躊躇いながらも「実は……」と事情を話してみる。

「ほうほう、あの手負いの騎士に再度告白されたと。それまた愉快じゃな」

「……全然愉快じゃない」

 困ってるのにと頬を膨らますリルに、ヒメミナはコロコロ笑う。

「黒狐の子にも言い寄られているのじゃろう? リルはアレじゃな、モテ期というやつじゃ」

「……なんで精霊がそんな俗世の言葉知ってるのよ?」

「年の功というやつじゃよ」

 似つかわしくない台詞が幼女の口から転がり出す。

「リルはまだ若いのじゃ。そう思い詰めずに気軽に恋愛を楽しめば良かろうて」

 ……想い人柳の木を喪って水源を枯らした支流とは思えない発言だ。

「そうできればいいんだけど……」

 リルは膝を抱えてため息をつく。リルだって年頃の娘だ。恋に興味がないわけではない。でも……、

(……肝心な人には見向きもされてないんだよね)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です

渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。 愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。 そんな生活に耐えかねたマーガレットは… 結末は見方によって色々系だと思います。 なろうにも同じものを掲載しています。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完

瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。 夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。 *五話でさくっと読めます。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!

楠ノ木雫
恋愛
 貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?  貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。  けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?  ※他サイトにも投稿しています。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...