森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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81、井戸端会議

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 騎士の手が少女の腕を引き寄せる。

「あっ」

 よろけてベッドに近づいたリルに、ジェレマイヤーは顔を近づける。

「どうか、僕のことを真剣に考えてください」

 吐息がかかる距離で囁かれる。

「ジェ……」

 真っ赤になったリルが何か言おうとした瞬間、彼は長い睫毛を臥せて顎を上げ、開きかけたリルの唇を塞ぐように自らの唇を重ね――

「……っ!」

 ――る寸前、リルに肩を押し戻された。

「……リルさん?」

 空振った唇にキョトンとするジェレマイヤーから目を逸らし、リルは一気に捲し立てる。

「ご飯作ってきます。あと、飲み物も。人間、お腹が空くと正常な判断ができなくなりますから!」

 言うが早いか、玄関のドアを駆け出していく。
 残されたジェレマイヤーは、

「ちょっと焦りすぎたかな?」

 包帯の巻かれたこめかみを掻いて反省した。


◆ ◇ ◆ ◇


(なんなの? なんなの? なんなの!?)

 大樹の裏手に駆け込んだリルは、混乱しっぱなしのまま井戸につるべを投げ込んだ。それから引き上げた桶に満ちた冷水で乱暴に顔を洗う。

(いきなり『好き』って? それにキ……)

 あとちょっとでくっつきそうだった唇を思い出し、ジタバタしてしまう。突き飛ばさなかったのは、怪我人に対するリルの精一杯の配慮だ。

「聖域って、初対面でプロポーズしちゃう文化があるの? でも、ノワ君もおんなじことしてたし……」

 だとしたら、リルの出身地シルウァの常識がズレているのだろうか?

「もう、わけわかんない……」

 びしょ濡れの前髪から雫を垂らしながらリルがぼやいた、その時。

「何がわからないのかえ?」

「わぁ!?」

 井戸の縁からひょっこり藍色頭が飛び出した!

「ひっヒメちゃん。脅かさないでよ」

 驚きにその場にへたり込んだリルを前に、井戸の精霊は涼しい顔で地上に降り立った。

「リルが一人で騒いでおるから心配して様子を見に来たのに、随分ご挨拶よのぉ」

 はんなりと抗議されて、リルは「うぐっ」と凹む。

わらわの水で頭は冷えたかえ? どれ、何があったか話してみるがよい」

 見た目五歳の年長者に促されて、十七歳の人間の少女は躊躇いながらも「実は……」と事情を話してみる。

「ほうほう、あの手負いの騎士に再度告白されたと。それまた愉快じゃな」

「……全然愉快じゃない」

 困ってるのにと頬を膨らますリルに、ヒメミナはコロコロ笑う。

「黒狐の子にも言い寄られているのじゃろう? リルはアレじゃな、モテ期というやつじゃ」

「……なんで精霊がそんな俗世の言葉知ってるのよ?」

「年の功というやつじゃよ」

 似つかわしくない台詞が幼女の口から転がり出す。

「リルはまだ若いのじゃ。そう思い詰めずに気軽に恋愛を楽しめば良かろうて」

 ……想い人柳の木を喪って水源を枯らした支流とは思えない発言だ。

「そうできればいいんだけど……」

 リルは膝を抱えてため息をつく。リルだって年頃の娘だ。恋に興味がないわけではない。でも……、

(……肝心な人には見向きもされてないんだよね)
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