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80、神殿の使者(3)
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魔法使いの去ったリビング兼病室には、街の少女と神殿騎士の二人きり。
「わ……私、何か食べ物を持ってきますね」
気まずさに堪えきれず、炊事場へと逃げ出そうとする彼女を、
「リルさん」
ジェレマイヤーが呼び止めた。
「貴女はこの森でどういう役割を担っている方なのですか?」
訊かれて戸惑う。どういうといわれても……。
「私はスイウさんのお茶汲み係というか、魔法の勉強をしている一般人といいますか……」
しどろもどろなリルに、ジェレマイヤーは小首を傾げる。
「魔法使い殿とは親密な間柄ではないのですか?」
「親密?」
「配偶者や情を交わす関係とか」
「違います違います!」
リルは両手を突き出し首をブンブン振って否定する。
「一緒の家に住んでて魔法を教えてもらってますが、私とスイウさんは一切やましい関係じゃありません! ちょっと借金のカタになりましたが、至って健全です!」
「借金のカタ?」
「解決済みのこっちの話です!」
……余計なことを言った。
「とにかく、私とスイウさんは店子と大家さんってだけでだけですよ!」
必死で言い募るリルに、ジェレマイヤーは口元に手を当ててクスリと笑った。
「そんなに精一杯否定しなくても。……でも、安心しました」
榛色の目を細め、穏やかに微笑む。
「リルさん、貴女に特定の相手がいないのなら、僕が立候補してもいいですか?」
「……へ?」
きょとんと瞳を見開くリルに、彼は真摯な眼差しで、
「僕は貴女が好きです。どうか僕の伴侶になってください」
「……!」
途端に体中の血液が顔に上る。湯気が出るほど真っ赤になったリルは、震える手を握りしめ――
「ごめんなさいっ!!」
――床に着くんじゃないかというほど、全力で頭を下げた。
「違うんです。それ、ジェレマイヤーさんの本心じゃなくて、私のせいなんですっ」
「ど、どうしたんですか? リルさん……」
突然謝りだした少女に狼狽える怪我人に、リルは涙声で事情を話す。
「私がジェレマイヤーさんに飲ませた薬湯に魅了の効果が入ってて、それでジェレマイヤーさんは私を好きだと思い込んじゃってるんです。本当にごめんなさい。暫くすると薬が抜けると思うので、それまで辛抱してください」
赤毛のポニーテールがひっくり返るまで深く頭を垂れるリルに目をぱちくりさせていたジェレマイヤーだったが……、
「ふっ、ふふっ」
堪えきれずに噴き出した。
「……ジェレマイヤーさん?」
場違いに笑い続ける騎士をリルが呆然と見つめていると、彼は目尻に浮かぶ涙を拭いながら笑い収める。
「勘違いしているのは僕ではなく貴女の方ですよ、リルさん」
「……はい?」
事情の飲み込めないリルに、ジェレマイヤーは諭すように言う。
「僕は訓練を受けた神殿の守護騎士です。魔法で心を操られることはありません」
「でも……」
戸惑うリルの左手を、ジェレマイヤーの右手が握る。
「僕の治療をしている時、リルさんは祈ってくれていましたね。『死なないで』『元気になって』と」
「それは……」
……確かに祈った。名も知らぬ青年を助けたい一心で。
「貴女の僕を心配する気持ちが、僕の中に流れてきました。貴女の温かい心に触れたからこそ、僕は貴女に恋をした」
ジェレマイヤーの手のひらの熱が、リルに伝わる。
「だから僕は、リルさんと生涯を共にしたいと思ったのです」
「わ……私、何か食べ物を持ってきますね」
気まずさに堪えきれず、炊事場へと逃げ出そうとする彼女を、
「リルさん」
ジェレマイヤーが呼び止めた。
「貴女はこの森でどういう役割を担っている方なのですか?」
訊かれて戸惑う。どういうといわれても……。
「私はスイウさんのお茶汲み係というか、魔法の勉強をしている一般人といいますか……」
しどろもどろなリルに、ジェレマイヤーは小首を傾げる。
「魔法使い殿とは親密な間柄ではないのですか?」
「親密?」
「配偶者や情を交わす関係とか」
「違います違います!」
リルは両手を突き出し首をブンブン振って否定する。
「一緒の家に住んでて魔法を教えてもらってますが、私とスイウさんは一切やましい関係じゃありません! ちょっと借金のカタになりましたが、至って健全です!」
「借金のカタ?」
「解決済みのこっちの話です!」
……余計なことを言った。
「とにかく、私とスイウさんは店子と大家さんってだけでだけですよ!」
必死で言い募るリルに、ジェレマイヤーは口元に手を当ててクスリと笑った。
「そんなに精一杯否定しなくても。……でも、安心しました」
榛色の目を細め、穏やかに微笑む。
「リルさん、貴女に特定の相手がいないのなら、僕が立候補してもいいですか?」
「……へ?」
きょとんと瞳を見開くリルに、彼は真摯な眼差しで、
「僕は貴女が好きです。どうか僕の伴侶になってください」
「……!」
途端に体中の血液が顔に上る。湯気が出るほど真っ赤になったリルは、震える手を握りしめ――
「ごめんなさいっ!!」
――床に着くんじゃないかというほど、全力で頭を下げた。
「違うんです。それ、ジェレマイヤーさんの本心じゃなくて、私のせいなんですっ」
「ど、どうしたんですか? リルさん……」
突然謝りだした少女に狼狽える怪我人に、リルは涙声で事情を話す。
「私がジェレマイヤーさんに飲ませた薬湯に魅了の効果が入ってて、それでジェレマイヤーさんは私を好きだと思い込んじゃってるんです。本当にごめんなさい。暫くすると薬が抜けると思うので、それまで辛抱してください」
赤毛のポニーテールがひっくり返るまで深く頭を垂れるリルに目をぱちくりさせていたジェレマイヤーだったが……、
「ふっ、ふふっ」
堪えきれずに噴き出した。
「……ジェレマイヤーさん?」
場違いに笑い続ける騎士をリルが呆然と見つめていると、彼は目尻に浮かぶ涙を拭いながら笑い収める。
「勘違いしているのは僕ではなく貴女の方ですよ、リルさん」
「……はい?」
事情の飲み込めないリルに、ジェレマイヤーは諭すように言う。
「僕は訓練を受けた神殿の守護騎士です。魔法で心を操られることはありません」
「でも……」
戸惑うリルの左手を、ジェレマイヤーの右手が握る。
「僕の治療をしている時、リルさんは祈ってくれていましたね。『死なないで』『元気になって』と」
「それは……」
……確かに祈った。名も知らぬ青年を助けたい一心で。
「貴女の僕を心配する気持ちが、僕の中に流れてきました。貴女の温かい心に触れたからこそ、僕は貴女に恋をした」
ジェレマイヤーの手のひらの熱が、リルに伝わる。
「だから僕は、リルさんと生涯を共にしたいと思ったのです」
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