森の大樹の魔法使い茶寮

灯倉日鈴(合歓鈴)

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79、神殿の使者(2)

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「用件を聞こう、神殿の使者よ」

 スイウの淡々とした問いに、ジェレマイヤーは包帯だらけの上半身を魔法使いに向けた。

「私も詳しいことは聞かされずにここに来ました。しかし、禍物と遭遇したことで事態の深刻さを理解しました」

 負傷騎士はくすんだ茶髪を揺らし、榛色の瞳で魔法使いを射抜く。

「碧謐の森の結界にほころびが出ていますよね?」

 無表情で目を合わせるスイウに、ジェレマイヤーは詰問口調で、

「神殿の記録に因ると、ここ百三十年は碧謐の森で大きな禍物の被害は出ていませんでした。しかし今回あれほど育った禍物が出現したことと、聖女の神託により神殿騎士が派遣されたことを鑑みると、自ずと答えは導き出されます。……この森の結界の崩壊が近いということです」

 ……睨み合う人間達の間に沈黙が訪れる。風が木の葉を揺らす音が静かな響くと、先に視線を外したのはスイウの方だった。

「確かに最近結界の楔の一つが欠けたが、こちらで対処できる問題だ。君が禍物に遭遇したのは不運だったが、大蛇あれには森の外にまで出る力はなかった」

 暗にジェレマイヤーが勝手に森の深部に踏み込んだから怪異に見舞われたと言われ、彼はムッと眉根を寄せた。

「何にせよ、このことは神殿に報告します。五百年前の悲劇を繰り返さないためにも、早々に結界を修復していただきたい」

「承知している。森のことは森で収める。聖域の干渉は不要と聖女殿にもお伝え願いたい」

 二人の間に見えない火花が飛ぶ。会話の内容がこれっぽっちも理解できないリルは、張り詰めた雰囲気におろおろするばかりだ。
 ジェレマイヤーはまだ何か言いたげに口を開いたが……結局何も言わずに口を閉じた。その代わり、ベッドの上で深々と頭を下げた。

「この度は命を助けていただきありがとうございました。この怪我は許可なく森に足を踏み入れた私の不手際、捨て置かれても仕方がないところを手厚い看護までしていただき、お礼の申しようもありません」

「礼なら私ではなく彼女に。君の手当てをしたのは彼女だ」

 突然スイウに目を向けられ、リルはビクッと居住まいを正す。そんな彼女に、ジェレマイヤーは柔らかく微笑んだ。

「ありがとうございます、リルさん」

「いえ、大したことはしてませんが……」

 真っ直ぐな瞳に恐縮し、リルはキュッとスカートの裾を握った。

「怪我が治るまではここにいて構わない。出ていくのも自由だ」

「感謝します」

 また頭を下げるジェレマイヤーに背を向け、スイウは自室へと戻っていった。
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