79 / 140
79、神殿の使者(2)
しおりを挟む
「用件を聞こう、神殿の使者よ」
スイウの淡々とした問いに、ジェレマイヤーは包帯だらけの上半身を魔法使いに向けた。
「私も詳しいことは聞かされずにここに来ました。しかし、禍物と遭遇したことで事態の深刻さを理解しました」
負傷騎士はくすんだ茶髪を揺らし、榛色の瞳で魔法使いを射抜く。
「碧謐の森の結界に綻びが出ていますよね?」
無表情で目を合わせるスイウに、ジェレマイヤーは詰問口調で、
「神殿の記録に因ると、ここ百三十年は碧謐の森で大きな禍物の被害は出ていませんでした。しかし今回あれほど育った禍物が出現したことと、聖女の神託により神殿騎士が派遣されたことを鑑みると、自ずと答えは導き出されます。……この森の結界の崩壊が近いということです」
……睨み合う人間達の間に沈黙が訪れる。風が木の葉を揺らす音が静かな響くと、先に視線を外したのはスイウの方だった。
「確かに最近結界の楔の一つが欠けたが、こちらで対処できる問題だ。君が禍物に遭遇したのは不運だったが、大蛇には森の外にまで出る力はなかった」
暗にジェレマイヤーが勝手に森の深部に踏み込んだから怪異に見舞われたと言われ、彼はムッと眉根を寄せた。
「何にせよ、このことは神殿に報告します。五百年前の悲劇を繰り返さないためにも、早々に結界を修復していただきたい」
「承知している。森のことは森で収める。聖域の干渉は不要と聖女殿にもお伝え願いたい」
二人の間に見えない火花が飛ぶ。会話の内容がこれっぽっちも理解できないリルは、張り詰めた雰囲気におろおろするばかりだ。
ジェレマイヤーはまだ何か言いたげに口を開いたが……結局何も言わずに口を閉じた。その代わり、ベッドの上で深々と頭を下げた。
「この度は命を助けていただきありがとうございました。この怪我は許可なく森に足を踏み入れた私の不手際、捨て置かれても仕方がないところを手厚い看護までしていただき、お礼の申しようもありません」
「礼なら私ではなく彼女に。君の手当てをしたのは彼女だ」
突然スイウに目を向けられ、リルはビクッと居住まいを正す。そんな彼女に、ジェレマイヤーは柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます、リルさん」
「いえ、大したことはしてませんが……」
真っ直ぐな瞳に恐縮し、リルはキュッとスカートの裾を握った。
「怪我が治るまでは家にいて構わない。出ていくのも自由だ」
「感謝します」
また頭を下げるジェレマイヤーに背を向け、スイウは自室へと戻っていった。
スイウの淡々とした問いに、ジェレマイヤーは包帯だらけの上半身を魔法使いに向けた。
「私も詳しいことは聞かされずにここに来ました。しかし、禍物と遭遇したことで事態の深刻さを理解しました」
負傷騎士はくすんだ茶髪を揺らし、榛色の瞳で魔法使いを射抜く。
「碧謐の森の結界に綻びが出ていますよね?」
無表情で目を合わせるスイウに、ジェレマイヤーは詰問口調で、
「神殿の記録に因ると、ここ百三十年は碧謐の森で大きな禍物の被害は出ていませんでした。しかし今回あれほど育った禍物が出現したことと、聖女の神託により神殿騎士が派遣されたことを鑑みると、自ずと答えは導き出されます。……この森の結界の崩壊が近いということです」
……睨み合う人間達の間に沈黙が訪れる。風が木の葉を揺らす音が静かな響くと、先に視線を外したのはスイウの方だった。
「確かに最近結界の楔の一つが欠けたが、こちらで対処できる問題だ。君が禍物に遭遇したのは不運だったが、大蛇には森の外にまで出る力はなかった」
暗にジェレマイヤーが勝手に森の深部に踏み込んだから怪異に見舞われたと言われ、彼はムッと眉根を寄せた。
「何にせよ、このことは神殿に報告します。五百年前の悲劇を繰り返さないためにも、早々に結界を修復していただきたい」
「承知している。森のことは森で収める。聖域の干渉は不要と聖女殿にもお伝え願いたい」
二人の間に見えない火花が飛ぶ。会話の内容がこれっぽっちも理解できないリルは、張り詰めた雰囲気におろおろするばかりだ。
ジェレマイヤーはまだ何か言いたげに口を開いたが……結局何も言わずに口を閉じた。その代わり、ベッドの上で深々と頭を下げた。
「この度は命を助けていただきありがとうございました。この怪我は許可なく森に足を踏み入れた私の不手際、捨て置かれても仕方がないところを手厚い看護までしていただき、お礼の申しようもありません」
「礼なら私ではなく彼女に。君の手当てをしたのは彼女だ」
突然スイウに目を向けられ、リルはビクッと居住まいを正す。そんな彼女に、ジェレマイヤーは柔らかく微笑んだ。
「ありがとうございます、リルさん」
「いえ、大したことはしてませんが……」
真っ直ぐな瞳に恐縮し、リルはキュッとスカートの裾を握った。
「怪我が治るまでは家にいて構わない。出ていくのも自由だ」
「感謝します」
また頭を下げるジェレマイヤーに背を向け、スイウは自室へと戻っていった。
4
お気に入りに追加
114
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
義理姉がかわいそうと言われましても、私には関係の無い事です
渡辺 佐倉
恋愛
マーガレットは政略で伯爵家に嫁いだ。
愛の無い結婚であったがお互いに尊重し合って結婚生活をおくっていければいいと思っていたが、伯爵である夫はことあるごとに、離婚して実家である伯爵家に帰ってきているマーガレットにとっての義姉達を優先ばかりする。
そんな生活に耐えかねたマーガレットは…
結末は見方によって色々系だと思います。
なろうにも同じものを掲載しています。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
魅了の魔法を使っているのは義妹のほうでした・完
瀬名 翠
恋愛
”魅了の魔法”を使っている悪女として国外追放されるアンネリーゼ。実際は義妹・ビアンカのしわざであり、アンネリーゼは潔白であった。断罪後、親しくしていた、隣国・魔法王国出身の後輩に、声をかけられ、連れ去られ。
夢も叶えて恋も叶える、絶世の美女の話。
*五話でさくっと読めます。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
父が転勤中に突如現れた継母子に婚約者も家も王家!?も乗っ取られそうになったので、屋敷ごとさよならすることにしました。どうぞご勝手に。
青の雀
恋愛
何でも欲しがり屋の自称病弱な義妹は、公爵家当主の座も王子様の婚約者も狙う。と似たような話になる予定。ちょっと、違うけど、発想は同じ。
公爵令嬢のジュリアスティは、幼い時から精霊の申し子で、聖女様ではないか?と噂があった令嬢。
父が長期出張中に、なぜか新しい後妻と連れ子の娘が転がり込んできたのだ。
そして、継母と義姉妹はやりたい放題をして、王子様からも婚約破棄されてしまいます。
3人がお出かけした隙に、屋根裏部屋に閉じ込められたジュリアスティは、精霊の手を借り、使用人と屋敷ごと家出を試みます。
長期出張中の父の赴任先に、無事着くと聖女覚醒して、他国の王子様と幸せになるという話ができれば、イイなぁと思って書き始めます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる